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第16話 討伐戦に向けて

 ガタゴトと音を鳴らしながら何も無い荒野で直進を続ける馬車の荷台の上で、三条は積荷を背もたれにして座っていた。


「あのぉ、そろそろ見張り代わってもらってもいいですかぁ?」


 荷台の尻で双眼鏡片手にそう言ったのは『リハビリの鬼』という異名を持つセレナ。

 懐中時計を見ると、事前に決めておいた見張り交代の時間まで残り二分を過ぎている。


「もうそんな時間か。……分かった、交代するよ」


 彼女の手から放り投げられて宙を舞った双眼鏡を受け取り、荷台の一番後ろへと場所を移す。

 時折、車輪が小石を踏むことで襲ってくる下から突き上げるような衝撃に顔をしかめつつも何気なく空を眺める。

 今日はいつにも増して空が青い。


 現在、三条やセレナを含む五-三支部のメンバーは数台の馬車に分乗して支部がある街、エスカから北東に向かっている途中である。

 目的は第三級指名手配を受けている犯罪魔道士集団、『ニオファイト』の討伐。

 といっても今回ばかりは五-三支部の面々だけで片付けられるような事案ではなく、目的地に向かう道中で『瑠璃色の魂』の他の支部から派遣された団員とも合流する予定となっている。


「あ~そうそう、ユウトさん。身体の調子はどうですかぁ? 出発前日だと言うのに昨日まで組手を続けてましたけど。もしどこか痛んだりしてても私は何の責任も取りませんからぁ」


「いや、大丈夫だ。心配ありがとな。……それと、見張りの意味ってあったんだな」


「と、言いますとぉ?」


「五時の方向からミュルが来ている。数は三体だな。このまま放置していても流石に追いつかれるようなことはないとは思うけど、どうする?」


「放置するのも選択肢としてはありだけど、かといって近くの集落とかを襲われて死傷者がでるのは避けたいところよね。……いいわ、あたしが仕留める」


 そう言って銀髪をたなびかせたシエルが三条の隣に座り、彼の手から双眼鏡をぶんどった。

 彼女の魔魂(アルマ)、《世界の改変者(ザ・モディファイア)》の射程距離は目の届く範囲内。

 つまり、双眼鏡やら望遠鏡やらを通して世界を見るだけでいとも容易くその射程を何倍にも拡張することができるのだ。

 それでもって加えて高出力。

 これほどまでの能力を有する華章(フィオーレ)である彼女がたった三体のミュルを屠るなど造作もないことだろう。

 そんな馬鹿げている能力が遠方で炸裂するのを眺めながら、三条はふとここ最近のことを思い出す。


 ”地獄のリハビリ”と銘打たれた過酷な訓練は彼の想像を遥かに超えたものであった。

 最初の一週間はずっと基礎体力と筋力を取り戻すためのトレーニングを、死ぬ寸前まで心身を追い込みながらするだけ。

 正直言って、もう二度と受けたくない。

 というか、例えプロのアスリートであったとしてももう一度同じメニューをしたいかと聞かれたら頑なに首を横に振るだろう。と、そう断言できるほどのハードさ。

 三条が途中で病んで命を絶たなかったのが不思議なくらいだ。

 この類のトレーニングは二週間目に入った頃には徐々に回数が減っていき、代わりに導入されたのが鬼ごっこだった。

 勿論、子どもが昼の公園で遊んでいるようなものではない。

 体育館のように広々とした空間のあちこちに設置された鉄パイプと鉄板を適当に組み合わせただけのジャングルジムやトランポリン、張り巡らされたロープなどを利用したパルクール形式のもの。

 鬼は常に三条で、予め設定された制限時間内に軽々とした身のこなしで障害物を跳び越えて逃げるセレナを捕まえるのがゴールだ。

 それで、二週間のリハビリ期間も終盤に差し掛かった頃に始まったのが、セレナとの組手。

 どうやら『ニオファイト』との戦いは対人戦闘となるから少しでも経験しておいた方が良いというシエルからの配慮らしい。

 これについては、初めこそいくら組手とはいえ結果的に女の子を傷つけることとなるという理由で気が引けていた三条であったのだが、そんな心配をする前にまずは自分の心配をするべきだったと直ぐに思い知らさることとなった。

 結論から言うと、彼が白星をあげることは無かったのだ。

 まず、攻撃を一発当てることすら叶わないまま二十連敗。

 次いで対人戦闘を基礎から教えこまれて行った十数戦では何発か捉えたと思えるような攻撃を放つことはできたが、全部受け止められた。

 三条用に特注で改良された身体能力強化用のスニーカー型魔道具、タラリアを土産代わりに持って特訓を覗きに来たハスターが、魔法を使わない単純な対人戦闘においてはセレナの右に出る者を見たことがないという旨の話をした時の驚愕は忘れられない。


「ところで、なんでセレナがこの馬車に乗り合わせているんだ?」


 三条の記憶が正しければ彼女は芽章(ジェンマ)で、非戦闘員だったはず。


「さぁ、どうしてなんでしょうねぇ?」


「いやいや、自分のことだろうが。……なんで分からねぇんだよ」


「誰も私に作戦の詳細を教えてくれないんですよぉ」


「……お前、もしかして、ハブられてんの?」


「そうなんですかね。これでも一応五-三支部の創設メンバーの一人である筈なんですけどぉ」


「創設メンバー!? ……ってことはセレナはいつから『瑠璃色の魂』で働いてる大先輩ってことになるんだ?」


 これには三体のミュルを瞬殺したシエルが代わりに答える。


「支部長が丁度二十歳の時だからだいたい八年くらい前ね。……あと、私たちが伝えてないんじゃなくてセレナが訳の分からない薬品弄りに夢中になって会議に出席しないだけだから」


「あれれぇ、そうなんですかぁ?」


 初めて知ったと言わんばかしにセレナは首を傾げた。


(駄目だこの組織、ろくな奴がいねぇ……)


「あんたねぇ……。その暇さえあれば薬品作りか解剖に没頭する癖どうにかしなさいよ。てか、気味の悪い薬を生み出したりカエルのお腹を切り裂くくらいならもっと魔法の鍛錬をしなさいっての。あたし程まで多彩な魔法を使えるようになれとは言わないからせめて身体強化系の一つや二つくらいは使えるようになってもらわないと」


「でも、私の魔魂(アルマ)は起きているだけで魔素を消費しちゃいますしぃ。これに加えて単純魔法まで使うようになったら直ぐに魔素欠を起こしちゃいますよぉ」


「単純魔法を一切使えない俺が言うのもなんだけど、話を聞いている限りセレナって本当に身体強化を使えずにあの戦闘力なんだな。正直勿体ないだろ、身体強化を使えないのも非戦闘員でいるのも」


 ただでさえ純粋な対人戦闘では右に出る者はいないと支部長、つまりは五-三支部の長であるハスターに言わせた程の実力者だ。

 身体強化の魔法をかけた後の人外ぶりはわざわざ想像するまでもないだろう。

 それよりもいくら芽章(ジェンマ)とはいえ、何故これほどまでの実力者が非戦闘員という立場に留まっているのかが不思議でならない。


「私が自分から望んで今のままでいいって言ってるんですよぉ」


「でもほら、折角の戦闘技術を放ったらかしにしときたくないだろ? そうだ、セレナも俺みたいにタラリアを履けばいいんじゃ」


「いいんですよ。さっきも言ったように私が持つ魔魂(アルマ)の能力では単純魔法とは上手く噛み合いませんし。それにぶっちゃけると、できることなら私はこれ以上人を殺めたくないですし。……そう考えると、今医務室を管理する立場に落ち着いているのも罪滅ぼしの一環なのかもしれませんねぇ」


「それって……」


 虚空を見つめながら過去を思い出し、真剣な声音で現在の心境を吐露するセレナの姿はどこか物憂げで。

 仲間になったばかりの自分がこれ以上深く聞いてもいいものなのかと三条は逡巡する。

 しかし、本人の了承も無しにまるで注を付け加えるかのように彼女の過去について語ったのはシエルであった。


「例えば九年前、僅か八年しか生きていないいたいけな少女が、自分の愛する母親を殺されたことに対する憎悪と復讐心からたった一人で、しかも一夜にして当時幅を利かせていた犯罪集団を皆殺しにしたと言ってユウト、あなたは信じることができるかしら?」


「恐らく事実なんだろうが、すまねぇ。正直なところ百パーセント信じれるかと言われると嘘になるな……」


 何せ想像できないのだ。

 いくら現在が対人戦闘のプロフェッショナルとはいえ、八歳の頃からそうだったとは到底思えない。

 かといってこの空気感の中、シエルが冗談や嘘を言うとも思えないわけで。

 何とも言えない微妙な空気の漂う静寂が胸を締め付けてくる。


 そんな中、重たい沈黙を破ったのは荷台の外を流れゆく景色を眺めていたシエルであった。


「そろそろ目的地に着くわ。警戒を強めて頂戴。……それとセレナ、あなたの仕事は馬車番よ」


 今回はいきなり『ニオファイト』の出城を叩くのではなく、一旦最寄りの集落に立ち寄って他の支部のメンバーと作戦の最終確認を取って統率を図った後一斉に叩くという流れであるため、彼女が言った目的地とはマールイという小さな集落のことだろう。


「分かった」


 尻を襲っていた衝撃が徐々に小さくなっていき、やがてしなくなった。

 それを合図として荷台から飛び降りる三条。

 辺りを見回すと、そこかしこに似たような荷馬車が停められてあり、同じようにして降りてきた見知らぬ魔道士達が散らばって何やら魔法陣を描いている。


「なんだありゃ?」


「あれはここまで私たちが来ているってことを敵に知られなくするための認識阻害用結界を起動するための魔法陣を描いてるんだって。あくまで聞いた話によると、なんだけどね」


「うおっ、マリンじゃねぇか!」


「やっほー、久しぶりだねユウト。二週間半ぶりかな?」


「そうだな。ああそういえば、先週あった作戦の概略を伝える会議に悩みの種であるお前が来てないってイレーネが怒ってたぞ」


 三条が目覚めてから約三週間後に五-三支部の談話室で開かれたその会議であったが、マリンは来ないわシーラは遅刻して来るわで座長を務めていたイレーネが常にピリピリしているのを肌で感じ取りながらのものとなったのは記憶に新しい。


「あはは……。後でちゃんと謝っとこ」


「そうしとけ、おっと何か始まるみたいだぞ」


 次々と姿を現す多彩な格好をした魔道士達が一箇所に集まり、隊列を組み始めた。

 彼らが見つめる方向には木箱を並べただけの簡易的な台が置かれており、そのすぐ側で何人かが輪を作っている。

 その中には三条のよく見知ったシエルの姿もあり、他の支部の代表たちと話し合っている様子だ。

 他の代表者たちが、いかにも豪傑といった逞しい体つきをしている者や数多の激戦を潜り抜けてきた経験を持っていそうな堂々とした態度の者であるのに対して、一人だけ甚だ場違いな感じが滲み出ている少女。

 それでも時折彼女が他の手練れの背中を叩いていたり上から物を言ったりしているのを見ている限りでは、彼女の方が立場が上に見えるのが不思議でならない。


(年功や業績よりも実力重視の世の中なのか?)


 三条がそんな事を考えていると、一人の男が代表者の輪から外れて木箱で作られた簡易的な舞台の上へと上がった。

 どうやら作戦の最終確認が始まるらしい。

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