第12話 新種
「まさか、街の中に入られた!? カイン、狙撃はどうなってるのよ!」
爆発音のごとき音圧を持つ轟音を耳にしたシエルが叫ぶ。
『違う、僕は一体たりとも撃ち漏らしてなんかない。……僕らが到着するよりも前に既に侵攻を許してしまっていたんだ!』
「街に近づいていたのは上から確認した十一体だけじゃなかった……?」
「今はどうしてこうなったかの原因を探るよりも、先に対処を優先すべきでしょうが! クソ女、さっさと指示を出しなさい。さもないと私たちと別行動をとって街の中にいるシーラたちが危ないわ!」
と、マリンに背を任せて火炎を宿した大剣を振り回すイレーネが、シエルの方に一瞥もくれないまま言い放つ。
「……誰がクソ女よ」
ぼそりと一言。
「いいわ。マリン、スイッチ! あたしがイレーネの背中をカバーするから、あなたは街の中に侵入したミュルを撃滅して頂戴!」
「でも、シエルの魔魂は標的となる対象が多ければ多いほど脳への負担が大きくなるから対多数戦には向かないって言ってたけど、大丈夫なの!?」
自分に変わって前線に出ると言ったシエルを心配そうな目で見つめるマリン。
対して少女は滅多に見せることがない歳相応の柔和な笑みを浮かべてマリンを安心させようとする。
「大丈夫だから心配しないで、マリン。それに私たちの中じゃあなたが一番市街戦に向いているでしょ?」
「そうだけど……絶対に無理しないでね?」
そう言い残してマリンは不安そうな顔のまま踵を返し、建造物が密集する街の中へと駆けて行った。
残ったシエルは攻撃が当たらない絶妙な距離を保ちつつ、魔魂──《世界の改変者》を以てして迫り来るミュルの内部構造を組み替えることで一体ずつ確実に相手取っていく。
彼女が自身の背を護る形で戦っているイレーネの方に目をやると、彼女は彼女で額に汗を滲ませ肩で息をしており、どことなく大剣を覆っている炎の出力も落ちてきている。
一番槍として街へと近づいていたミュルに必殺の一撃を放ってから休みなく魔法を使い続けているのだ。魔力・体力ともに限界が近づいていても何ら不思議でない。
「イレーネ、後ろに下がってあたしの援護に回って頂戴。……重要な戦力であるあなたを巻き込むわけにはいかないわ」
「もしかしてあれを使うつもりなの!?」
イレーネがバックステップを踏んで後ろ、つまりは街がある側へと飛び退いた瞬間。
目を瞑り深い深呼吸を一つ。
たったそれだけで小さな銀髪碧眼少女の纏う空気が変わる。
「副支部長の本気を久々に見せてあげるから刮目しなさい。《世界の改変者》第一制限、ディスチャージ!──人類に仇なす白き獣たちよ、あたしに恐れ戦きそしてひれ伏しなさい!」
少女の透き通るような右眼がルビーのように透き通った赤色へと変化し、赤と青のオッドアイが眩い輝きを放つ。
そこから先、膨大な数いるミュルたちに待っていたのは圧倒的な力による一方的な蹂躙であった。
たった一度少女がフィンガースナップをパチンと鳴らすだけで、あちこちで地面が迫り上がり無数の槍となって敵を穿つ。
「さっさとこいつらを一匹残らず潰しきってシーラとユウトを助けに行くわよ!」
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時は少し遡り、三条とシーラが片腕の騎士、エドマンドの最期を見送った頃。
二人がその場を後にして他の負傷者を探しに行こうとした丁度その時。
三条はどこかそれ程遠くはない場所でジャリッという音がしたような気がした。
それと同時に理由は分からないが謎の悪寒が彼の体を一直線に駆け抜けた。
「シーラっ!」
「ふぇっ!?」
三条はすぐ側にいたシーラを抱き寄せ、足に装備した身体能力強化用魔道具、タラリアの最大出力でもって勢いよく後ろに飛び退く。
ドゴンッッッッッ!!と。
コンマ数秒遅れて彼らが立っていた周囲の建物が轟音と共に跡形もなく崩れ去り、その爆風を受けて煽られた三条は吹き飛ばされて煉瓦造りの牆壁へと背中を打ちつけた。
「かはっっ、」
肺の中の空気が残らず吐き出され意識までも持ってかれそうになるが、何とか飛ばないように持ちこたえる。
が、三条が状況を確認しようと爆発のごとき轟音が鳴り響き建物が一切合切破壊された方を見た瞬間。
彼の目と鼻の先にまでのっぺりとした白い顔が迫っていた。
「っ!?」
全身が鞭で打たれたみたいに痛い。
地面でワンバウンドして初めて自分が蹴り飛ばされたことに気付く。
激痛で動きが鈍る身体を無理やり動かして受け身をとり、体勢を立て直すと、いかに強烈な蹴りを食らったのかがよくわかる。
三条が背中を打ち付けた煉瓦製の壁は言うまでもなく、間に石造りの建物を三件噛ましても蹴り飛ばされた彼の身体を止めることは出来なかったのだ。
「くそっ、さっきの奴は!?」
追い討ちをかけてくるかと思って建物に空いた風穴越しに元いた場所を見るが、敵の姿が見当たらない。
「ユウくん、上なのです!」
どこからともなく聞こえてきたシーラの甲高い声と共に、空から白い体躯の敵が降って来た。
身体を反転させながらバックステップを踏むことで辛うじて直撃を避けることはできたが、衝撃波と飛び散った石礫による追撃は避けきれず全身に被弾する。
「がっ、ぐあぁぁぁぁぁぁ!」
それでも鈍痛が全身をくまなくひた走り視界が明滅する中、三条はしっかりと視野の中央に敵影を捉えていた。
ぬめりのある光沢に包まれた白いボディ。
筋骨隆々という言葉がこの上なく似合う、逞しく隆起した筋肉。
パッと見は明らかにミュルである。
……ミュルではあるのだが、彼がこれまで見てきたミュル(といっても高々数体ではあるのだが)とは大きく異なる点が二つ。
一つは直立二足歩行。
他のミュルは二足歩行すらすれど不釣り合いに発達した頭部や両腕のせいでやや前傾姿勢になっているのだが、こいつは明らかに二本の足で直立している。シルエットだけ見せられたら人間と間違われても誰も疑問を持たないだろう。
もう一つは腰に携えている獲物。
敵はあくまでミュル。人間ではない。
なのに一メートル弱の長さを誇る野太刀のような長剣を腰にぶら下げているのだ!
「シーラ、こいつもあいつらと同じミュルなのか!?」
「分からないのです。ただ一つだけ言えるのはこれが仮にミュルの一種だとしても明らかに従来のものとは全く異なる完全な新種なのです!」
近くの建造物の陰に身を潜めていたシーラが新種を少しでも観察しようと顔を出す。
しかし、新種はそれを待ってましたと言わんばかしにターゲットをシーラへと変え、距離を詰めようと地を蹴った。
「そっち行くぞ、シーラ!」
「言われなくても分かってるのです。我が身を護る盾となれ、《神より賜りし埴土》!」
彼女が吼えるのと同時に両掌を地に叩きつけると、地中から勢いよく粘土の壁が彼女と新種との間に迫り上がる。
新種はその壁を破ろうと渾身の蹴りを放つが、硬質な音が返ってくるだけでシーラの築いた壁が破られる気配はない。
「私の粘土はあなたの蹴りごときで貫けるほどヤワじゃないのですよ」
シーラが新種のターゲットをとっている間、近くに何か使えるものが無いかを探す三条であったが、遠くで光っているある物に目がとまった。
戦いの最中に負傷した誰かが落としたのであろう一振りの片手剣だ。
(あれなら有効な攻撃手段となる魔法が使えない俺でもあいつに太刀打ちできるかもしれねぇ……!)
「我が手に移れ、具物奪取!」
三条が魔法を唱えたと同時に彼の視界から一振りの片手剣が消失し、代わりに右手にずっしりとした重みを感じる。
右手に片手剣が移動したのだ。
そのこと、と言うよりは背後での魔法の行使を良しとしなかったのは勿論のことだが、新種。
身を翻すとシーラの創った粘土の壁を蹴った反作用で三条の下へと突っ込んでくる。
「来い、ぶった切ってやる!」
しかし、新種がすんでのところまで近づいた時、三条はある異変に気付いた。
手に取り寄せた片手剣が動かないのだ。
「なっ、どうして剣が壁に埋まってるんだよ!? っ!」
腹を鈍い衝撃が襲い、バキバキと骨の砕ける音がする。
内臓が傷ついたのか、口から血が垂れて鉄臭い。
それでも地面を転がるようにバウンドしながら三条は笑っていた。
(そうか、俺の魔魂はそういうことなのか……それならまだ活路を開くことができるかもしれねぇ!)
三条が勢いの止んだ身体を引き摺るようにして近くの壁に背を預けると、彼の頬に少量の血しぶきが飛んできた。
見ると、シーラの背中から血が溢れている。
どうやら新種が太刀を抜いて、三条を助けようとして走る彼女の背を切りつけたのだろう。
「大丈夫か、シーラ!?」
「くっ……ギリギリのとこ、ろで致命傷は避け、たので大丈、ぶなの、です……。ぐっ……」
新種は息も絶え絶えで地べたを這うことしかできない彼女の首を掴んで宙吊りにし、徐々にその手に込めた力を強くしていく。
「ぐっ……が、ぁ、かはっ」
涙や唾液で顔中をドロドロにしながらも、シーラは必死にもがき続ける。
そして、彼女がその抵抗虚しく意識を手放しかけた時。
一振りの片手剣が新種の胴体に突き刺さった。
「シーラを放せ。……お前の相手はこの俺だクソ野郎っ!」
言葉が通じるわけではない。
それでも、新種が何を思ったのかシーラの首から手を放したことは三条にとって僥倖であった。
新種が三条との間合いを詰めんとこれまでよりも強力に地を蹴る。
(まだだ……もう少し、あと少し。よし、今だ!)
すぐ側約一メートル弱、つまりは新種の持つ獲物が届く間合いに奴が近付くまで引き付けた三条は腹の底から吼える。
「貫入せよ、不可防の一矢!!」
新種の手に握られていた野太刀が三条の手に移り、新種の胸部を穿いた。
「……はぁ、はぁ、チェックメイトだクソ野郎、シーラを泣かせたことを地獄に落ちて永遠に悔やめ……!」
それでも。
「ぐっ……ぁ、、ユウ、く、ん……。まだなの、です」
新種は止まることを知らなかったのだ。
胸部にあるはずのコアを破壊されたにも関わらず、全身をギチギチと鳴らしながら最後の足掻きとでも言わんばかしに三条の頭へとその強靭な腕を伸ばす。
が、その腕が三条の頭へと到達することはなかった。
「射抜け、氷結の楔!」
氷で造形された弓によって射出された、どこまでも美しい純白の氷に包まれたレイピアが新種の脳天をぶち抜いたのだ。




