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第11話 隻腕の騎士と彼の死

 イレーネの放った一撃は灼熱の火の粉を撒き散らしながらも標的──数体纏まって移動しているミュルへと突き進む。

 但し、彼女の一撃は爆炎を纏った飛ぶ斬撃には留まらない。

 進めば進むほど。つまりは放たれてから時が経つほど、その進行速度を上げていくのだ。

 やがて空気中の物質との間に生じる強烈な摩擦とそれによって生じる熱によって臨界を超えた斬撃は、纏う焔を太陽のごとき緋炎から透き通った蒼炎へと変化させた。

 蒼い狼という形容が実によく当てはまる亜音速の斬撃は、アセチレンバーナーが薄い鉄板を溶断するかのように次々とミュルの胴体を食い千切っていく。


 何体ものミュルを蹂躙したのにも関わらず、イレーネの口から漏れたのは明らかに不満足そうな舌打ち。


「八体。くそっ、三体撃ち漏らした!」


「先制攻撃でそれだけ潰すことができたのなら上出来よ。残りの三体は任せなさいな!」


 パンッと。

 シエルの大きな拍手がすぐ近くの建物の屋上から鳴り響いたと同時に他の建物が急激な変貌を遂げ、巨大な三叉激となってイレーネの撃ち漏らした三体のミュルを穿つ。


「すげぇ、一方的じゃねぇか。……って、おい、あんた大丈夫か!?」


 三条が見つけたのは苦しそうに下腹部を押さえながら石レンガで造られた営造物にもたれ掛かるようにして座り込んでいる騎士のような男性。

 身に纏ったサーコートは所々破れて下に着た鎖帷子が露わになっており、右手で抑えた下腹部には戦闘で負った傷でもあるのか血が滲み出ている。

 そして何よりも目を疑うのは、左腕が肩から抉り取られたかのように欠損していること。


 放っておくことはできない。

 とそう思った三条は、出発前に支給された通信用の魔道具を使ってシーラに来るよう伝えた後、屋根から飛び降りてその騎士のもとへと向かって行った。


「おい、しっかりしろ! 失った体の一部でも修復できるような回復魔法を使える凄い奴がすぐに来てくれるからそれまで意識を保て!」


 単純魔法は一切使えず、唯一使える魔法も他人の物を強奪することしか能のないものである三条には、この死に逝こうとしている騎士を救う引き戻すなんてものは微塵もない。

 それでもシーラがこの場に到着するまでの間呼び掛け続けることで意識を繋ぎ止め、僅かにでも延命することならできるかもしれないのだ。


「ぐっ、が……はぁ、はぁ……あんた、見ない、はぁ、顔だが、第三地区の魔術師……か?」


「おいバカ、喋って体力を消耗するな!」


 しかし、気息奄奄たる状態だというのに左腕を失った騎士は三条の言葉を無視して再び口を開く。


あいつ(・・・)には、気をつけろ。……あれは他のミュルとは、比べ物にならねぇ化け物だ……。はぁ、はぁ、もし遭遇したと、しても、だ。絶対に一対一で、戦っちゃいけねぇ……!」


「あいつって一体なんな「ユウくんっ!」」


 死にかけの騎士があいつ(・・・)と言った存在について三条が問いただそうとした時、後ろから調子が高い声が聞こえてきた。

 声の主はわざわざ振り返るまでもなく、シーラだ。


「こいつは、この騎士はまだ生きてる。シーラ、治してやってくれ!」


「分かったので……」


 不意にシーラの声が途切れた。

 彼女の方を見ると、ここまで急いで来てくれたからか、それとも既に何人も治してきたからなのか、肩で息をしながら片腕の騎士が負った傷を深刻そうな表情で睨んでいる。


「シーラ?」


「……りなのです」


「何だって?」


「無理なのです。……この方はもう絶対に助からないのです」


「は? どうしてだよ。確かにこの騎士は左肩から先を失っていて助かるのは絶望的かもしれない。でも、それは魔法が無かったらの話だろ? シーラ、あんたなら治せるじゃないか。牢屋で俺の腕が吹き飛んだ時だって何事も無かったかのように治したのはあんただろ!? ふざけたこと言ってないでこいつの息がまだある内に早く!」


 そう言って三条が騎士の方へと手を伸ばした時、


「触らないで!」


 シーラの声が轟いた。


「重要なのは私が魔魂(アルマ)を使って彼の傷を治せるのか否かじゃない。彼がどのようにしてその大怪我を負ったのかなのです。……傷口を見るに彼の腕はミュルに食いちぎられたと考えるのが妥当なのです。そして、ミュルの犬歯には一体の例外もなく毒──それも現代の技術力では解毒は疎か緩和すらできない即効性のものが含まれているのです。死にたくないならその手を引っ込めるのが吉なのですよ?」


「お、おう……すまねぇ」


「分かってくれたら良いのです。それと、さっきはいきなり大声出してごめんなさい」


 ぺこりと軽く小さな頭を下げたシーラは肩から下ろしたポーチバッグから解剖用の薄いゴム手袋を取り出すと、それを両手につけ、慣れた手つきで騎士の右肩に付けられた個人識別用のプレートを取り外す。

 これまで何人もの相手に同じことを繰り返してきたのだろう。


「王国第五都市第二地区防衛線第五部隊隊員、エドマンドさん。あなたの雄姿と奮闘、王国への忠誠は未来永劫受け継がれていくことでしょう。我々が貴方のことを忘れることはありません。なのでどうか安らかにお眠り下さい」


 彼女は幾度となく言う内にテンプレート化された文言を騎士へと語りかけるように述べる。

 しかしそれは機械が発する形式化されたものとは大きく異なり、隣で聞いている三条ですら胸が温かくなるものであった。


「……ありがと、な」


 こうして最期に一言、感謝の言葉を残して一人の騎士が息を引き取ったのだ。



 一方、三条が瀕死の騎士を見つけ、シーラがそこに駆けつけていた頃。

 イレーネとシエルは街を背にして最前線でうじゃうじゃと犇めく大量のミュルと相対していた。


「一体何がどうなったらこんな数が一挙に押し寄せてくるなんて事態になるのよ」


「潰しても潰してもキリがないわね」


 そう愚痴を零しながらも、一撃である程度纏まった数を屠っていくイレーネとシエル。

 だが、たった二人で大量のミュルを完全に処理しきれるはずもなく。

 時折数体の個体が二人の攻撃を躱して街の中へと入っていこうとしている。

 それでも、例えその事に気付いていたとしても、二人の少女はそいつらに一瞥もくれない。

 なぜなら。

 そいつらが街の中へ辿り着く前に、目にも留まらぬ速さで飛来してくる物体がやつらの脳天に風穴を開けてくれるからだ。


『ちょっとお二人さん、さっきから段々と取り零した数が多くなってきてないかい?』


 二人の少女の耳に取り付けられた通信用の魔道具越しにカインの声が聞こえてくる。


「あら、これくらい行かせないと暇でしょうがなくなるでしょ?」


 と、シエル。


『疲れてきている訳ではないんだね?』


「当たり前でしょうがっ!」


 と、炎の大剣を振り回すイレーネ。


『なら良いんだけど。……少しでも疲れたらすぐに下がることを忘れないようにね』


 と、ここまで一人だけ通信用の魔道具越しに連絡を取っていたカインが居るのは、二人の少女からおおよそ二キロメートルほど離れた、周りよりも少しだけ小高い建物の屋上。

 彼はスナイパーライフルのような外見をした狙撃用の魔道具──ゲイボルグで二人が撃ち漏らしたミュルをまるでピアノでも弾くかのように鮮やかに撃滅していく。


(……そろそろかな、彼女が到着するのは)


 彼がそう考えて再び通信用の魔道具に手をかけようとした矢先、ゲイボルグの射線上を高速で移動する影が横切った。


「ごめんね、待った? 応援に来たよ!」


 声の主は綺麗なシアンの髪をたなびかせながらミュルの集団のド真ん中へと突っ込んでいく。

 そしてそのまま、腰に携えた純白のレイピアを抜きはなって、


「凍てつけ、無慈悲なる凍結(アブソリュート・ゼロ)!」


 まさに一瞬の出来事。

 数多犇めくミュルの内、半数以上が氷漬けの彫刻と化し、活動を停止した。


「マリン!? どうしてあなたがここにいるのよ、あなたは第四地区の五-四支部まで出張してたはずでしょ!?」


「そうだったんだけど、思ってたより用事が早く済んじゃって。それで暇してたら支部長から皆がピンチかもしれないって連絡が来たから飛んできちゃった」


 もちろん、普通の人ならそんなことは不可能である。

 どれだけ速く移動しようと思っても到着が一時間ほど遅れることは避けられない。

 しかし、彼女とその魔魂(アルマ)──《雪の女王(ザ・スノークイーン)》はそれを可能にするのだ。

 建物の屋根を凍らせて簡易的なスケートリンクへとし、靴底にそれよりも硬質な氷で創った刃を取り付けることで極限まで摩擦を減らし、さらに身体強化の単純魔法を自身に付与することで見た目こそスピードスケートのようではあるが、音速に極限まで近づけた速度で移動することができるのである。


「よーし、このまま四人で一気に押し切るわよ。燃え盛れ、災厄の炎剣(レーバテイン)!」


「うん! 貫け、氷の穿槍(アイス・ランツェ)!」


 二人の相反する属性を持つ技が交錯した丁度その時。


 ドゴンッッッッ!と。

 凄まじい衝撃音が彼女たちの後方、街の中から鳴り響いた。

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