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第1話 目覚め、そして出会い

 見渡せば、辺り一面の白い砂。

 西暦を生きる人間がこれを見ればその大半がサハラ砂漠のような砂漠、砂砂漠を思い浮かべるのではないだろうか。


 そんな広大な砂上で一人の青年は息を吹き返した。


「ぐぁっっ!」


 途端、青年の全身に激痛が走る。

 まるで剥き出しになった神経を舐られているかのような痛みだ。


 それに顔を歪め、悶えながらも彼は起き上がり、辺りを見回す。

 右を見ても左を見ても砂しかない。


「どこだ……ここは……?」


 当然のように自分が今いる場所が何処なのか分かるわけもなく、こうなった経緯にも覚えがない。


 と、いうよりも。


「おかしいぞ。何もだ。何一つ思い出せねぇ……」


 そう、記憶喪失なのだ。


 自分が何故このような事態に陥っているのか思い出せないだけならまだいい。

 しかしながら、彼の場合はそんな生半可な記憶の欠乏ではなかった。

 自分に関係することは職業、年齢、住所、生い立ち、家族の有無すら思い出せない。

 辛うじて大脳の奥、海馬から引っ張ってこれた自分を自分たらしめる情報はただ一つ。


 己の名前が三条(さんじょう)悠斗(ゆうと)であることのみ。


(くそっ、必死になって記憶を引っ張りだそうとしても頭が痛くなるだけで何も思い出せやしねぇが、ここにいた所で木乃伊(ミイラ)になっちまうだけだな……)


 三条はこれ以上記憶を探ることに意味はないと判断し、とりあえず移動することを決意する。

 自分がいる場所が砂漠であるのならば、どこかにオアシスの一つや二つくらいあってもおかしくはない。

 これからのことはそこに着いてからでも考えよう。このままでは死んでしまうこと間違いなしだ。


 そう思い、立ち上がろうとして手でサラサラの砂を掴み、痛みに耐えながらも腕と足に力を入れた時だった。


 シャリ、シャリ。と。

 三条の背後、遠くから靴が砂を噛むような音がした。


 人だ。

 直感がそう判断している。

 自分の存在を示せば助けてもらえるかもしれない。


(いや、ちょっと待てよ……)


 三条が今いる場所はどこだ?


 辺り一面の砂、全くもって未知の世界。

 オマケに三条には記憶もない。


 果たして言語は通じるのか?


 全ての人間が皆、誰にでも親切に、友好的に接する訳ではない。

 もし、”奴”がこちらに敵意を持っているような存在だったら?


 瞬間、三条の全身から嫌な汗が滲み出る。


「もしかしなくても人生最大のピンチってやつかっ!?」


 焦っていたからか。

 小声で呟く程度の声量で言ったはずが、明らかに声が大きすぎた。

 ”奴”に聞こえなかった訳がない。


(しまった!)


 今更口を両手で塞いでも後の祭り。

 三条の背後、遠くで鳴っている足音が少し速まった気がした。


 どうやら難聴持ちだったとか、偶然にも耳あてをしていて音が聞こえにくい状態にあったとかいう軌跡が起きることもなく、三条の声は”奴”に無事届いていたようだ。


「くそっ、ここまでなのか……」


 三条は死を覚悟した。


 厳密に言うと、”奴”が善人であるかもしれない、という少しの希望は”一応”捨ててはいなかった。


 しかしながら、結論から言うと、三条の心持は杞憂に終わった。


「良かった、目が覚めたんだね」


 三条の背後から声がした。


 相手が何を言ったのか容易に理解できたということは、すくなくとも言語は同じであり、また、内容からして敵意を持っている気配はしない。

 少し胸を撫で下ろした三条は、強ばっていた筋肉を解きながらゆっくりと後ろを振り返った。


「でも、身体中ボロボロなんだから無理に動いちゃダメじゃない」


 そこに居たのは、一人の女の子であった。


 肩の辺りまで伸びた薄いシアンの綺麗な髪。

 その髪よりは少し濃いライトブルーの瞳。

 歳は十七、八歳であろうか、大人びている容貌の中にどこかあどけなさが見え隠れしている。

 肩の辺りに花の蕾を形取った文様が刻まれている白を基調とした制服のようなものに身を包んでおり、照りつける太陽を反射している。


 そして、腰には護身用だろうか、レイピアのような片手剣をぶら下げている。

 武器こそ携帯してはいるが、紛うことなき美少女である。


「あっ、えっと、これ言葉通じてるのかなぁ?」


 少女は首を傾げ、呆然と自分を見つめる三条の方へと近づいてくる。


「ああ、ああ、大丈夫。通じてるぞ。」


 三条は座ったまま足の位置を百八十度回転させることで少女の方へと体を向け、彼女の問いに応答した。


「それは良かった!言葉が通じなかったら身振り手振りで意志を通わさなきゃだもんね。私にはちょっと厳しいかなぁ……」


 少女はよほど自分のジェスチャーに自信がないらしく、笑いながら頬を掻く。


「というか、どうして君はこんな誰も立ち入らないような場所で寝ていたの?」


「それが分かったら今頃苦労してないさ……」


 少女の問いに三条は肩をすくめて返答した。


「そんなことよりも俺はあんたを信用してもいいのか? ……全身ボロボロの見知らぬ奴を前にして武器を持っているのにも関わらず一切攻撃しようとしてこないということは」


「さっきのは”そんなこと”で流すことなのかが気になるけど、信用してもらっても構わないよ。なんならこれ、信用に値する証拠としてあげるね!」


 少女はレイピアとは逆の側の腰に取り付けてあるウエストポーチから掌サイズの小瓶を取り出し、三条に放り投げた。


「なんだこれは……毒か?」


 小瓶に入っていたのはライトグリーンの透明な液体。


「失敬なっ! それはマタマワリソウを絞って得られたエキスを濾過して作ったれっきとしたヒール・ポーションだよ!」


「マタマワリソウ?」


「うん、家の近くにいっぱい生えてる草だよ」


「雑草じゃねーかっ!!」


「あはははっ、いいからいいからっ、騙されたと思って飲んでみなよ!」


「ちなみに飲まないという選択肢はあるのか?」


「うん、ないよ!君にはそれを飲む権利しかないのっ!」


(それを権利とは言わねぇよ……)


 少女は三条の反応を楽しみつつも、ひたすらにヒール・ポーションを飲むことを勧めてくる。

 あまりにも往生際の悪い少女に諦めた三条は一つ深いため息をつき、


「わかったよ…………んっ……」


「わぁ。グイッといくねぇ」


 少女は感心した顔で三条がヒール・ポーションを飲むところを見つめている。

 一方、三条は。


(まっっっっじぃぃぃぃィィィぇ!!)


 三条の顔が徐々に青ざめていく。あまりの衝撃に悶えることすら忘れて。


 彼が飲んだポーション。

 不味い。ただ、ひたすらに、不味かった。


 人間が感じる味の大部分は嗅覚が感じ取った匂いによるものと言われているが、このヒール・ポーションは独特の匂いを発しており、その匂いは原料となったマタマワリソウを感じさせるものとは程遠く(といっても、三条はそもそもマタマワリソウがどんな草なのか知らないのだが)、むしろ、カメムシが放つ異臭にすら感じさせられるものであった。

 加えて、ポーションに触れた舌が感じ取るエグ味。この二つの要素が織り成すハーモニーに三条の味覚がどうなったかは言うまでもない。


「はぁ、、はぁ、、、ふざけんなよまじで……不味すぎんだろっ!?」


 暫くして味覚を僅かに取り戻した三条は、悪態をつきながら怪訝な目で激マズポーション押し付け少女を見上げた。


「おっと、君、自分の体を見てもまだ同じことがいえるのかにゃ?」


 少女はニヨニヨと笑みを浮かべながら三条を見下ろす。


「一体何のことを言ってやがるん……うぉっ!? なんだこりゃ。傷が治ってやがるじゃねぇか!!」


 三条の全身を余す所なく覆っていた数多の傷が、まるで元から存在していなかったかのように痕すら残さず消えていたのだ。


「良薬は口に苦しって、よく言うよね。……まさかこんなに効くとは思ってもみなかったけど」


「苦いんじゃねぇ、不味いんだよっ!! あと、最後の方何て言った?声が小さくてよく聞こえなかったわ」


「細かいことは気にしな~い」


 どこか間延びした喋り方をしているが、常に気配りを忘れていないような様子の彼女にペースを持っていかれている三条は、内心少し不本意であるがポーションの礼を言おうと口を開いた。


「まあ、なんだ。一応ありがとな……えーと、、、」


 ここで問題が一つ。


「あんた、何て名前だっけ?」


 この二人、ポーションの押し付け合いなんかをしておきながら、お互いに自己紹介すらしていないのだ。


「あははははははっっ、、、はぁ、はぁ、、そういえば自己紹介がまだだったね。私はマリン!よろしくねっ!」


 真っ白な歯を見せ十二分に笑った後、笑顔が似合う美少女-マリンはその白い手を三条へと差し伸べそう言った。


 手を差し伸べられた少年はその手を固く握り、引っ張られるように立ちながら己の名前を少女に告げる。


「俺は三条悠斗だ。こちらこそよろしくな」

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