伯爵令嬢は盲目です
不慣れな点もありますが、よろしくお願いします。
8月21日に改行&すこしだけ文を付け加えました。物語の進行上特に問題はありません。
パーッと鳴る大きなクラクションの音。感じる浮遊感。 そしてすぐに私を襲う痛み。
それが私の覚えている最期の記憶だ。
気が付いたら真っ暗闇の中にいた。目を凝らしてみても、真っ暗。こういうのって普通、時間がたてば見えてくるようになるのではないの?
とりあえずいろいろ考えてみよう。えーと、私は金曜日に残業していて帰るのが遅くなった。そして会社を出て、駅まで行こうとしてたら車か何かに...はねられた?
えっ、じゃあここは病院?でも病院だったらこんなに暗くないよね、うん。
じゃあ目隠しされてるとか?
そう思って、目元に手を持っていくけど何もつけられてる感じはしない。いや、顔に何も違和感を感じなかったから目隠しされてるとかはあり得ないなって思ってけど。
どれくらい時間が経っただろう。グルグル考えていると、何かがノックされる音がした。
「リディア様。失礼いたします」
ん?リディア様って誰だ?私はそんな外国人です。みたいな名前じゃないんだけど。
がちゃりと何かが開けられる音がする。多分ドアかな。
音がした方に顔を向けていると、「リディア様!お目覚めになられたのですね!」と声が聞こえる。
へー。誰か重病だったのかな。じゃあやっぱりここは病院だったってこと?
「リディア様。皆様に目が覚められたとお伝えしてきますね」
あれ、おかしいぞ。なんで私の前から声がするんだ?その"リディア様"ってのは私ではないのに。
声からして女性っぽいし、勇気を出して聞くことにする。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥って言うしね!
「あの...私は"リディア様"ではないのですが。それと、ここはどこですか?真っ暗で何も見えないんですが」
そういうと、目の前にいる?人は「えっ」と困惑したような声を出した。
そして震える声で私に問いかける。
「ほ、本当に何も見えないの、ですか…?そ、それに記憶が…?」
最後の方は聞こえなかったが、最初の方は聞こえたので、
「見えてないというか、真っ暗で見えないんです」
そういうや否やその人は「し、失礼いたします!」と言って、部屋を駆け出していった。
あの人部屋間違えちゃったとかかなあ。それにしても、リディア様ねえ。どっかで聞いたことあるんだけど思い出せないわ。んー、リディア、リディア
いろいろ考えていると、どこかからバタバタと音がする。その音はここの近くで止まった。
バターンッと効果音が付きそうなくらい大きな音がして、多分、ドアが開けられたんだと思う。なにぶん、未だに暗闇の中なので。
「リディア!!!」
誰かがそう言いながら、私に近づいてくる。見えてないから怖い。体を強ばらせているとふわりと何かに包まれるような感じがした。
「リディア、お父様だよ。わかるかい?」
この人が言うには"リディア様"が私なの?でも、どこかでしっくり来ている自分がいる。
そう思っていると、怒涛の勢いで記憶が流れてきた。
うっ、頭が割れるように痛い!やばいめちゃくちゃ痛い!
途切れそうな意識の中で思い出せたのは"リディア様"であろうこの体の主の記憶であった。
意識が浮上すると、未だに暗闇の中にいた。でも、前とは違って、いろいろ思い出している。
気配察知の能力とかないけど、この部屋には誰もいなさそうだし記憶の整理をしてみる。
えっと、まず、私は伯爵令嬢である、リディア・エゼル。んで、このリディア美少女だったはず。記憶の中を見る限り。ふわふわの金髪に瞳の色はオレンジだった気がする。そしてこの世界は魔法は存在しないけど、精霊とか加護が存在する世界。昨日抱きしめてくれたのは、お父様なはず。10歳で、確かどこかに出掛けていて……ダメだ。ここから全然思い出せない。えーとじゃあここは異世界ってことだよね。順応するのが早い気がするけど、日本にいた時の最期の記憶が車にはねられた記憶だしなあ。多分、あのまま私は死んじゃったんだろうな。あと何かあった気がするけど、何だろう。
そうしていると、コンコンとドアをノックするような音がした。そうだ、起きたこと知らせないと。
「はーい。起きてます」
そういうと、慌ただしく入ってくる音がした。えっと、二人かな?
「リディア!目を覚ましたんだね!」
「リディアちゃん!」
なんか昨日を再現しているような感じて少し笑ってしまった。多分この声はお父様だ。それにもう一人はお母様だと思う。声が記憶と一致するし。
「はい。心配をおかけして申し訳ないです。お父様、お母様」
スラスラとお嬢様のような言葉使いが出てくるのに驚く。やっぱり、体は覚えているんだろうか。
「ううん。大丈夫だよ。それに、家族を心配するのは当然のことだろう? …それで、この前のことは覚えているかい?」
やっぱり、このこと気になるよね。でも、何も覚えていないから正直に聞くことにした。この目のことも。リディアの時は見えていたはずだ。だっていろいろ私じゃ知らない建物とかが記憶にあるから。
「いえ、何も覚えていなくて…」
そういうと、お父様は詳しく説明をしてくれた。
えっと、聞いたことを整理すると、てか関係ないけど整理するのリディアになってから多くない?まあいいや。
ざっくりとまとめると、教会に行ったときに、呪い掛けみたいな儀式をやっててそこに私が来ちゃって精霊に嫌われた、というか精霊が近づけなくなったらしい。そしてそのせいで目が見えなくなってしまったということだ。
何だよ、その呪い掛けって。物騒すぎな気がする。
訝しんでる私に気付いたのか、お父様はその呪い掛けというものを教えてくれた。
「呪い掛けというのは、悪いものが体に取りつかないようにする儀式でね。ほんとは人にかけるものじゃないんだけど」
「じゃあ、それをかけられたらどうなるんですか?」
そう質問すると、お父様は少し言いにくそうにした。何か聞いちゃいかなかったのかな。
「精霊の加護が貰えなくなる」
えっそれだけ?精霊の加護がそもそもわかっていない私からすれば、小さいことのように思える。
「精霊の加護が貰えないということは病気をしても、治してもらえないんだ」
じゃあ、もう私の目は見えないってこと?
「精霊の加護が貰えることはもうないんですか?」
少し声が震える。そう聞いた私に、お父様は重々しく口を開いた。
「それは、まだわからないんだ。呪い掛けが消えれば貰えるけど呪い掛けが消えなかったら、貰えない」
それは、私に聞かせるというより、自分に言い聞かせているようだった。
あれから何日か経った。目が見えない生活にはまだ慣れないけど、この世界になじむことはできたと思う。
だって、一年の日数とか時間とか日本と同じ何だもん。しかも、リディアとしての記憶もあるし。
自室でお茶を飲んでいると、侍女のマイヤに呼ばれた。どうやら私にお客様が来たようだ。普通に歩き回れるけど一応病み上がりとなっているし、お見舞いが来てもおかしくはないだろう。
お客様は応接室に通されているようで着替えてからそこに向かう。といっても、マイヤに手を貸してもらわないとそこまでたどり着けないんだけど。
「リディア様。着きました」
「ありがとう。マイヤ」
短く言葉を交わしてドアをノックする。
「お待たせいたしました。リディアです」
「ああ、リディアか。ちょっと待ってなさい」
あれ、なぜかお父様の声がする。まあいいや。がちゃりとドアが開いて、お父様に手を取られエスコートされる。目が見えないからかわからないけど、いろいろと鋭くなっているようだ。お父様とお母様、それにマイヤの手なら判別できるようになった。
入るとお父様以外の気配がした。一応ソファに座ってからお父様を見上げると、「ローデン侯爵様だよ。君の婚約者のルーカス君もいる」と教えてくれた。あれ、手はまだ繋いだままなのね。
ん?婚約者?あーっ!誰か忘れてると思ってたら婚約者のことを忘れていた。
ルーカス・ローデン様
侯爵家の嫡男で、同い年。確か黒髪で瞳がきれいな若草色だった気がする。きれいな顔で紳士な人だ。一年前に婚約が成立してちょくちょく挨拶とかをしにいってたはず。でも、私の目が見えなくなったから、婚約は解消されるのかな。きっとそうだよね。
「今日ここに来たのは、婚約について何だが、どう思っているのか。を聞きに来たんだ」
この声は侯爵様だ。こういうのって下の身分からでも解消とかできるんだっけ。目が見えないってだけで侯爵家というか、貴族にはふさわしくないもんね。
そう思って口を開こうとすると、ここまで黙っていたルーカス様が口を開いた。
「私は…いえ、俺は家の利害を抜きに考えて話すと、せっかく好きな人と婚約を結べたのに婚約を解消したくありません」
好きな人と聞いて、私の顔に体中の血液が集まっているんじゃないかというぐらい顔が真っ赤になる。
うぅ顔が熱い。ルーカス様はどんな顔をして言ってるんだろう…あんなに堂々と言ったんだから私だけ顔が赤いんだろうなあ。
「おやおや。二人ともそんなに顔を赤くして。見ているこっちもやられそうだ」
苦笑交じりで、侯爵様が言う。お父様も多分笑っているんだろう。握られている手が少し震えている。
えっ、あんなに堂々とした声だったのに顔赤くなってるの。一人でわたわたしていると誰かが私の前に来た。ルーカス様だ。
まじめな声をしたルーカス様に倣うように、私は居住まいをただした。お父様と握っていた手は今は膝の上に置いておく。
「その、いきなりこんなことを言われても困るだけだろうが、結婚するならリディア、君がいいんだ。えっと、だから、その、婚約は解消しないでほしい」
「でも、私、目が…」
「目が見えないのなら、俺が君の目になる」
私も婚約は解消したくない。でも、いいのだろうか。
そんなことを考えていると、お父様から、提案があった。それは、18までに私の目が見えないなら婚約を解消するということ。そんな簡単に決めていいのだろうか。そんな不安が出てきたことが分かったのか、お父様は、あとは私たちに任せておきなさいと言った。多分大人たちにも考えがあるのだろう。
そんなこんなで私たちの婚約は継続となった。
そして、7年が経った。いや、時間飛び過ぎって思うかもしれないけど、目が見えないなりに礼儀作法とか頑張ったとかしかないから。あ、でもこの7年でルーカス様とは仲良くなった。月に何回かは会いに来てくれて、いろいろなことを話してくれた。庭に出るときはルーカス様がエスコートしてくださり、リディという愛称で呼ばれるようになった。でも、慣れないのが
「リディ。今日もきれいだね」や「こんなにかわいい婚約者を持てて、とても幸せだ」と言われることだ。恥ずかしがると、頭をなでたり、手を繋いだりとスキンシップが多くなる。
私はとても幸せだった。
でも、ふとした時に不安になることが多くなった。それは、あと一年と少しで目が見えるようにならないと婚約は解消されてしまうからだ。未だに私の目は見えない。それに、ここ最近ルーカス様は人気なんだそうだ。社交界には、私より素敵な人がたくさんいるのではないか、私が縛っているのではないか、いろいろな考えが頭をよぎる。あんなに甘い言葉を貰っているのに、と思うかもしれないが見えないからこそ本心なのか、私ではなく他の人を見ているのではと邪推してしまう。しかも、最近のルーカス様は話していても何か考え事をしていることが多くなった。今度ルーカス様がいらしたとき婚約について聞こう。私だけがこんなに好きな気がする。
自分から行動しないのは、怖いからだ。
「あの、ルーカス様。お話があります」
「ん?どうしたんだ?」
ルーカス様は私の横に座っている。気配で私の方を向いたのがわかった。ああ、やっぱり好きだな。
でも、好きだからこそ、言わないといけない。
私は手探りでルーカス様の手を握り、顔を見上げる。絶対に目が合わないのが寂しい。
「ルーカス様はとても素晴らしい御方です。社交界に出ていない私のところにも話が来るんですから」
そう言ってにこりとほほ笑む。
「本当?そうだったら嬉しいな。君に見合う男になれたのかな」
照れたように言うルーカス様。私の方が見合う人にならないといけないのに。だから、言わないといけないのだ。これ以上ルーカス様の迷惑にならないように。
深呼吸して、笑顔を作る。
「だから、私と婚約を解消しましょう。目が見えない私はあなたの重荷になります」
あくまで、冷静に。悲しいなんか悟らせないように。
「それ、本気で言ってる、の…?」
うなずく。
「なんで」
短く聞かれた言葉。
私の涙腺は限界だった。
ほんとは泣かない予定だったのに。最後に残る記憶は一番きれいな私でいたいのに。
だって。と泣きながら答える。
思っていたことを素直に口に出す。未だに目が見えないこと。自分だけが好きそうで怖いこと。
聞き終わったルーカス様は頭を撫でてきた。そして口を開いた。
「俺の方が好きそうで怖いよ。この国には、俺よりもっといい人がいるかもしれない。リディが俺じゃなくて他の人を好きになるんじゃないかっていつも考えてる」
そう言って、頬に手を添えられ上を向かせられる。
「でも、リディを一番好きなのは俺だし。それに昔言っただろう?結婚するならリディがいいし、好きになるのもリディだけでいいんだって」
そう言われて、何か口に柔らかいものが当たる。
これ、キスされてる…?
ルーカス様の顔はわからない。だけど、私の顔は真っ赤になっているだろう。
「リディが不安に思うなら、何回でもいうよ」
そう言って抱きしめられる。
そして耳元でささやかれた。
「君が、好きだよ。ずっとずっと」
どれくらい抱きしめられていただろう。私は少し目に違和感を覚えていた。いつもは真っ暗な視界なのにほんの少し光が見えるのだ。
「リディ、どうかした?」
そう聞かれている間にも視界の光はどんどん強くなってくる。そして、色が見えてきたのだ。
「うそ、色が見える」
独り言のようにつぶやいたけど、至近距離にいたルーカス様には聞こえていた。
「!! それ、本当!?」
だんだんと視界が開けてくる。怖くなって目を閉じてしまいそうになる。でも、目を閉じたらもう一生見えなくなるのではと思い、目を開け続けた。
どれくらい時間が経っただろう。最初に視界に入ってきたのは、きれいな男の人だった。
黒髪で、瞳はきれいな若草色。その人と目が合う。
私は困惑しながらその人の名前を呼んだ。
「ルーカス様、ですか…?」
「リディ!俺が見えるの?本当に?」
「っはいっ!見えます。私、ルーカス様が見えます!」
そこからは早かった。お父様とお母様を呼び、侯爵様も呼んだ。
教会に診せに行くと呪い掛けが消えたおかげで見えるようになったそうだ。
なんでも、有害なものにしか効かない呪い掛けは人体にはさほど影響がなく、成長するにつれて効果が消えていったそうだ。教えてくれてもよかったのに。とこぼすと
「前例がなかったから、見えるようになるという確証がなかったんだ。黙っていて、ごめんね」
と、お父様に謝られた。お父様と侯爵様だけの中でこの話は止まっていたらしい。
私の目が治ってから早一年。今、私はルーカス様と二人で伯爵家の庭に出かけている。もうすぐで結婚式を挙げる予定だ。
ベンチに座りながらしゃべっていると、不意にルーカス様に手を取られた。
最近になってようやくルーカス様の顔を見るようになったので、少し恥ずかしい。
「リディはいつも恥ずかしがってるよね。何がそんなに恥ずかしいの?」と聞かれる。
こんなイケメンが目の前にいてみろ。めちゃくちゃ恥ずかしいに決まっている。そして甘い言葉をささやかれるんだ。目もそらしたくなる。
「ルーカス様がかっこいいからいけないのです…」
こんなことしか言えない。そう言うと、きれいな顔に見惚れるような笑顔を乗せてこう言ってきた。
「リディにそんなこと言われるなんて嬉しいな。そうだ、左手を出してくれないか?」
そう言われて、私は手を差し出した。ルーカス様は差し出された手を取り、そのまま口づけた。
びっくりして手を抜こうとするけど、逆に力強い腕に引き寄せられ、腕の中にぽすんとおさまった。
そして抱きしめられた体勢で、ささやかれた。
「こんな体勢で聞くのはずるいってわかっているんだけど、言わせてほしい」
ぎゅっと体に力を入れられる。
「俺と一緒になってほしい」
そんな甘えた声で言うなんて、ずるい。
そんな声で聞かれたら、応えるしかないじゃないか。
「はい。もちろん」
そして今度はルーカス様の目としっかり合わせてこう言うのだ。
「あなただけがずっと好きです」