そして夜が明ける
アウラはおれの即答に呆れたように、
「不用心なただの旅人かも知れない」
そりゃ、夜盗と戦うなどという冒険も、あっていいかもしれないが、目の前にそれがあると、やっぱり怖じ気づいてしまうのは現代人のならいであろう。
「でも、盗賊とか、そういう可能性もあるんだろう? なら、迂回一択だろが」
「ふん。夜盗を怖れて迂回したとあっては貴族の名が廃れるが、今日のところは従者の意見を聞くことにしよう」
いつの間にか、おれは従者になっていた。
街道を脇に逸れて、向こうの灯りを迂回するように小道に入る。深い森の小道は、先ほどよりもさらに視界を悪くする。しかも、おれは背負った荷物が木々にぶつかり、なかなか思ったように歩けない。
「もう少し、静かに歩けない?」
アウラは遠慮もなにもなしに言う。
「静かに歩けって、しょうがないだろ、荷物がでかいんだから」
アウラは動こうとしない。二人の声と足音が消えれば、夜の森は耳も目も意味をなさないような、闇と静けさに包まれた。
そんな静寂の中でアウラはひと言、
「囲まれた」
その台詞は背中に冷や汗を流すのに十分過ぎた。
「ヒサヤ、あんたはどうせ戦っても勝てないから、そこでわたしの荷物を死守してなさい」
アウラは静かに剣を抜いた。
耳を澄ます。確かに、気配は感じる。だが、音はしない。
おれもアウラもその場でしゃがみ込んで姿をとりあえず隠す。
どのくらいそうしていただろうか。段々、怪しげな気配の代わりに、森の音が聞こえだし、虫や動物の声、動きがしみ出してきた。
そして、気配はふっと消えた。
「行ったみたい」
なっとくが出来ないような声で、アウラは言った。
おれはなんとなく理由がわかった。イリスさんの送ったもの立ちが、おれたちを囲んだやつらをさらに囲んだ。それで、怪しげな連中は退散したに違いない。違うかも知れないが。
剣を納めると、アウラはさらに歩き始めた。ここで三十分くらいは足止めをくらっていただろうか。
その後は特になにごともなく、ひたすら歩き続けた。段々足の付け根が痛くなってくる。万歩計、付けておけば良かった。きっと三万歩以上歩いているのではなかろうか。今日は大丈夫だとして、これと同じような感じで明日も歩けと言われたら、それはちょっと無理っぽい。
現代人は歩くようには設計されていないのである。というより、江戸京都を歩くなどという技は、火興しの技同様失われて久しい。
やっと、空に色がつき始めた。
「夜が明ける」
呟いてみた。夜が明ける、彼女にとっては当たり前のことなのかも知れない。でも、現代人は夜が明ける瞬間に立ち会うことなど滅多にないのである。