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もっと気楽な世界がよかった

 そう訊ねると、彼女の表情がにわかに険しくなった。


「なんか、当てとか、あるんじゃないのか?」


 さらに険しくなる。これはひょっとして、


「まさか、なんにもないとか?」


「うるさいわね。向こうに行けばなにか手がかりがあるかも知れないでしょ。ほら、わたし忙しいから、早く出てって」


 せき立てられて追い出される。そりゃ確かにあるかも知れないが、いくらなんでもこの広い世界、なにも手がかりなしで探すというのは無謀ではなかろうか。ドラえもんの道具がある訳でもなしに。


 アウラの部屋から居間に戻ると、イリスさんが心配そうな表情で立っていた。


「アウラ、なにか言ってましたか?」


 アウラには言わないと言ったが、おれでも簡単にわかってしまうくらいだ。とうに見透かされているのではなかろうか。おれは困ったように笑って見せた。


「あの子のことです。あの知らせを受けて、おとなしくここに止まっているとは思えません。わたしも使いを出して調べるつもりでした。後を追わせることにします」


 この人にしてみれば、息子と娘を失うかも知れない、非常に苦しい時なのだ。眉を顰むその表情から悲痛が伝わってくる。なのに、おれと来たら異世界を旅出来るだなどと浮かれていて、ほんと、しょうもない人間だ。とっとと帰った方がいいのかもしれない。


 もしおれが凄まじい剣の使い手だったり、魔法が使えたりしたら、この人たちの役に立てただろうに。だが、現実世界でも、とくに取り柄はなく、社会に埋もれるだけ。社会から落っこちないだけで精一杯。


 なにを夢見ているのだろうか。そう思うと、こっちも悲しくなってきた。早く帰りたくなってきた。


「すみません。なにもお役に立てなくて」


「あなたが謝るようなことではありませんよ。これも、わたしたちの運命ですから。夫も戦争で死に、そしてあの子も戦場で行き方知れず。いえ、むしろ戦場で死ぬるは騎士の誉れでもありましょう。なにを……、なにを悲しむことがありましょう」


 イリスさんは声を詰まらせ、その顔をおれに見られぬように背けうつむいた。気丈に振る舞う彼女の頬に、一条の涙が流れているのかも知れないと考えると、いたたまれない気持ちになる。


 おれは辞して表へ出た。外では信じられないくらいの青空が、どこまでも透き通った風を運ぶ。元居た世界なら、最高のピクニック日和とでも言えるかも知れないが、この世界では、こんな素晴らしい陽気の下に、子を失ったかも知れない悲嘆に暮れる人がいる。


 もっと気楽な世界に来たかったというのが本音だ。 

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