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スマホとはなにか

 泉の近くまで来て、おれはスマホを取り出す。


「ああ、なんていい景色なんだろう。そうだ、写真撮っとこ」


 とスマホのカメラを立ち上げて、辺りの景色を撮り始めた。その写真にアウラがもし写ってたら、それは不可抗力というものである。


 そろそろ泉が画角に入ろうかというその時、いきなり後ろ首を捕まれて、草むらに引きずり込まれた。驚いて、声を上げようにも、口を固く押さえられている。


「馬鹿たれ。そんなうろちょろしてたら、見つかっちまうべが」


 中年の男が耳元にささやく。野良という姿をしていた。恰好からしてアウラが言っていた使用人たちだろう。


「すみません」


「あんた、昨日館にやってきたどこぞのもんだろうが。アウラ様の裸を覗いたとあっては、良くて死罪だべ」


 辺りを見回すと、他にも数人、草むらの陰から泉を覗いていた。


「でも、みんな覗いてるんじゃないんですか?」


「あほう。山菜を採りに来てるんだべが。間違えても覗くようなことはせん」


 というものの、みんな視線は泉に注がれて、その鼻息は荒い。覗いているのは明白である。中にはズボンの中に手を突っ込んで、なにやら小刻みに動かしているものもいる。


 ダメだ。こんなふうになってはダメだ。人間、欲望に打ち勝つからこそ人間たるのである。欲望に負けていては、それは人の格好をした獣に過ぎぬではないか。おれは一気に冷めた。


「おい、終わった、そろそろずらかるべ 」


 一人がそう言うと、森が一瞬ざわざわとうごめき、さっと静けさが戻った。おそらく、十人以上いたのではなかろうか。


 おれはしばらく草むらにしゃがんだまま、アウラが服を纏う気配に耳を澄ませていた。充分時間をおいて立ち上がると、泉のほとりで、アウラはリボンの片方を口にくわえ、髪を束ねていた。


 袖口から覗く二の腕、まだ乾かない金髪、潤いを持った肌が、陽の光を柔らかく遮った木陰の下に浮かんでいた。妖精のようである。背中には羽根でも生えているのではなかろうか。


 おれは衝動的に写真を撮ってしまった。


 シャッター音に気がついたアウラがこちらを振り向いた。


「イリスさんが、ごはんできたって」


 彼女は髪を結わき終え、


「なにそれ?」


 とスマホをあごで指す。


「ああ、これ、スマホ。なんて説明したらいいかな。でも、電波ないからカメラにしかならない」


「でんぱ? かめら?」


 彼女はキョトンとしていた。


 なにも知らない人間に、どうやってスマホを説明していいのか、なかなか簡単ではない。というよりも、不可能ではなかろうか。

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