スマホを持って
そうだよ。どうせあと二日なんだ。ちょっとアウラの姿を覗いてみたっていいじゃないか。むしろ、それが目の前にあるというのに、それを実現しないで引き返したら一生後悔する。
でも、その姿を見たら、帰りたくなくなる思いに駆られ、別れがつらくなる。正直に認める。アウラに恋をしている。それは男ならみんなそうだろう。あんなに美しくて可愛いのだから。
所詮、おれの恋など見た目だけなのだ。しかし、恋心に見た目も中身もあるのだろうか。
やめよう。今まで真面目に生きてきた。あと二日だからいいとか、恋しているから許されるとか、そういう問題ではない。人間としてどうなのかという問題である。館に戻ろうと一歩歩み出したその時、後頭部に烈しい鈍痛を感じ、おれはその場にうずくまった。
地面にカラコロンと太い枝が転がった。こいつを投げつけられたらしい。誰の仕業だ……。チカチカする目を開けると、アウラが仁王立ちしていた。
「お、おまえの仕業か……」
「なんであんたが兄の服着てるの?」
「な、なんでいきなり頭に枝を投げつけた?」
「だって、兄の服に当てるわけにはいかないでしょ」
なんて女だ。こんなやつに少しでも恋心を抱いてしまったことが悔しい。痛いのと悔しいので涙が出てくる。
「で、なんで兄の服を着てるわけ?」
おれはイリスさんから借りた説明をした。痛みでうずくまったまま。
アウラは全く納得した様子はなかったが、舌打ちをひとつして泉の方へ去った。
おれは起き上がって、後頭部をさすってみた。ぷっくりと腫れている。あり得ない。もといた社会ならパワハラ、いや、立派すぎる傷害罪だろう。
美少女じゃなかったらなます切りにしてくれるわ、などと脳内悪態をつきながら館に戻ると、朝食はほとんど出来上がっていた。
イリスさんは布巾で手を拭いながら、
「ヒサヤさん、アウラ見ませんでした?」
「ええ、泉の方へ行きましたけど」
「ほんとですか? 困った子。食事だって言ったのに。ヒサヤさん、申し訳ないのですが、なるべく早く戻るよう伝えてくれませんか」
「……もちろん、構いませんが」
あんなに悩んだ挙げ句、枝をぶつけられたのは何だったのだろうか。こうして、おれは図らずもアウラの水浴びの現場へ足を運ぶことになってしまった。携帯携帯、といつものようにスマホをポケット……は付いていないので、帯の間に挟んで。
まさか、撮ろうだなんて、そんな疾しいこと考えるはずもない。ただ、スマホを持って行くだけだ。だって、出かけるときはみんなスマホを持ってくだろ?




