風呂はどうする
イリスさんは本当にご馳走を作ってくれた。あのあと、アウラも何事もなかったかのように現れて料理を手伝ってくれた。八品も並んだ。これだけの料理をほとんど二人で作ってしまった。彼女らの女子力は相当なものだ。
食事中はたわいもない話をしていた。それこそ、天気の話、季節の移ろいの話、食べ物の話。おれは本当は戦争の話とか、この国の話とか、そういうのが聞きたかった。が、あと三日で消える身なら、あまり深い話は聞かない方が後味が悪くないだろう。
ところで、食事の後といえば風呂である。おれも妙な冷や汗をたくさんかいたので風呂に入りたい気分だった。浴槽に浸かる、などということは出来ないまでも、せめて水浴びくらいは出来るのだろうか。
彼女たちは風呂に入るのだろうか。この家に風呂がついている感じはしないし、水道もないので、もし浴槽を作るとなったら相当の水を運んでくるしかない。
陽気はいい。からっとした五月くらいの陽気だろうか。これならば、川などで水浴びも可能だろう。
「どうかしましたか?」
イリスさんが不思議そうにおれの顔をのぞき込んだ。
「ヒサヤ、大丈夫?」
アウラまで心配そうに眺めてきた。
「ああ。なんでもない。大丈夫だよ」
「なら、いいんだけど」
まさか、本当のことは言えない。二人が裸で水浴びをしている姿を想像していた、なんて。
デザート的な果物も出てきて、平和な食事は終了した。さて、この食器はどこへ運べばいいんだろう。
「あ、おれ、食器洗いますよ」
「気にしないで下さい。わたしたちでやりますから」
イリスさんはテーブルの一隅に食器をまとめた。
「ヒサヤ。あなたの部屋へ案内するから」
アウラに手招きされたのでついて行く。
「とりあえず、ちょっとかたしただけだけど、ここ使って」
示された部屋は随分生活感に溢れていた。元の主がおれを容易に部屋に入り込ませなかった。
「でも、ここって……」
「そう。お兄さんの部屋。あんまりいじくっちゃダメだからね」
あと三日なら、ベッドとか箪笥とか、わざわざおれの為にしつらえるよりは、ベッドも最初からある使っていない既存の部屋を使った方が合理的だ。
なかなか良い部屋だった。壁にびっしりと並んだ書架。机の上には無駄なものがひとつもない。主の几帳面さがうかがい知れる。
アウラはすぐに扉を閉めて出て行ってしまった。
おれは書架から一冊の本を取り出してページを繰ってみた。見たことのない文字がびっしりと埋まっている。これは、写本ではない。印刷だ。ということは、印刷技術がある程度の文明は発達している。
ベッドは、固い。まだスプリングとかはないのかも知れない。ふと気になった。戦争と一口で言うが、どういう戦争なのだろうか。槍で戦うか、それとも、すでに鉄砲や大砲が出回っているのだろうか。