おれは彼女の震える肩を抱いた
ふっと身が軽くなったような気がした。しかし、しれっとあんな契約を騙して結ばすとは、恐ろしい女である。
「で、さっきのやつ、なんの知らせを持ってきたんだ?」
「あなたには関係ない」
口ではそういうものの、アウラは秘密を自らの心の内に押しとどめておくのが難しい、そんな顔をしていた。
だから、おれはあえて冷たく言い放つ。
「いいよべつに。三日後にはここからおさらば。おれはもとの世界に戻るんだから」
「そうよ。あなたに話しても意味ないし」
「でも、こうも考えられる。おれはもう三日で消えるから、そんなおれに話したところで、特に困ったりはしないだろ?」
アウラは黙って椅子に座っていた。妙に神妙な顔をしている。
「もし、おれでよければ、聞くことはできるし、それに、力には慣れないかも知れないけど、なんつうか、力になれることもあるかも知れない」
おれは彼女を励ましたいのだろうか。
アウラはどういう訳か、おれのことを睨み付けた。そして、おれの言葉に従うのが悔しいかのように、あえて刺々しく、
「兄が行方不明なんですって」
「お兄さんって、戦争に行った?」
「なんであなたが知ってるの?」
「イリスさんから聞いた」
アウラはため息をついて、
「十日前に大きな戦闘があって、敵味方入り乱れての戦いだったらしいんだけど、その戦いから、兄の行方が分からない」
彼女はそう言ってうつむいてしまった。今にも、その瞳から涙がこぼれそうな、薄い肩をふるわせていた。
かなりの一大事だ。聞かなければよかった。そして、案の定、おれはなんの力にもれない。いや、ものは試しだ、やってみるか?
どうせあと三日でおさらばだ。なら、とおれは元居た世界では間違ってもやらない大胆行動に出た。そうだ。この世界に来た、せめてもの思い出に。
おれは椅子に座っているアウラの肩を、後ろから抱きしめた。やはり、彼女は震えていた。そして、彼女の甘い香りがほのかにたつ、明るいブロンドの髪に頬を押しつけ、静かに、しかし、確信を持った声でささやいた。
「大丈夫だよ。きっと生きてる」
「適当なこと言わないで」
そう。百も承知で適当なことを言った。どうせ、三日後には消えるんだしな。
扉がガタリと音を立てた。