8.親友
俺の親友、健治はよく生き霊を飛ばす。
そもそも生き霊を『飛ばす』という表現が正確なのか分からないが、そうとしか言いようがないだろう。健治は自分の意思で生き霊となって、しばしば俺の目の前に現れるのだ。
「よっ! 圭人、調子どうだ?」
今日だって午前8時前に、健治は現れた。俺の部屋の真ん中、ベッドの真ん前に。
ヤツの身体は半透明で、いつも通りうっすらと向こう側が透けて見える。紛うことなき生き霊だ。
「健治……また来たのか」
俺は出かかっていたあくびを噛み殺し、目を擦った。
健治は殊勝な笑みを浮かべる。霊体だってのに、実にはつらつとした表情だ。
「辛気臭い顔してんなって。
おれ昨日、海に行ったんだ! 白い砂浜、青い海。そしてナイスバディーの水着の姉ちゃん達!
最高だったぜ!」
健治はVサインを掲げてにかっと白い歯を見せた。そう言えば今の健治の肌は夏休みの学生らしく日焼けしている。
俺はといえば、そもそもここしばらく陽の下に肌を晒した覚えもないし、この部屋の外に出てすらいなかった。夏を迎えたとは思えないような真っ白な腕。
自分でも情けなくなってくるな……。
俺はベッドの上であぐらをかいて、
「立派にリア充生活送ってんな。
稲城と行ったのか?」
すると健治の顔がみるみる間に朱に変わっていく。
分かりやすいヤツだ。
健治が同じクラスの稲城薫に告ってから三ヶ月経ったが、二人の交際ぶりを俺は知らない。
健治達が付き合い始めた頃には、俺はもう学校には通っていなかったからだ。
健治のヤツ、その辺りのことを俺に言おうとしないから気になっていたが──この分だと交際は順調らしい。
健治は慌てて話題を変えた。
「おれの事はどうでも良いんだよ!
それよりお前はどうなんだよ、最近なにか変わったことあったか?」
「変わったことも何もあるはずないだろ。朝昼晩変わらず部屋の中に引きこもってんだからよ」
そりゃあそうか、と健治は声を上げて笑った。
つられて俺も笑ってしまう。
それから三十分ほど下らない雑談を交わした後、健治は「あ、おれそろそろ帰るわ。今日朝から夏期講習入ってんだよ」と言い残して姿を消した。
理屈はよくわからないが、どうやら健治は寝ている間に魂だけで俺の部屋に来ているらしい。起きなければいけない時間が近づくと、こうして別れを告げて去って行く。
話し声のしなくなった室内は一気に湿っぽくなった。俺は暗い部屋の中に、ひとりっきりでベッドに腰掛けている。
電気を付けようにも、俺にはそれも叶わない。
物に触れることが出来ないからだ。
俺は三ヶ月前に死んだ。この部屋の中で。
それ以来、俺は成仏することもできず、ここに留まり続けている。
そんな中、健治だけは俺の姿が見え、話し相手になってくれるのだった──否、正しくいえば、"生き霊になった健治だけ"が、だが。
わざわざ生き霊になってまで会いに来てくれる親友には、感謝してもしきれない。
俺は再び目頭に溜まった涙を拭おうと、目を擦った。
お題 『生き霊』『ベッド』『夏休み』
久しぶりの投稿です。
幽霊ネタのなんと扱いやすいことか……!