6,ライブ
「みんな、今日はありがとう!」
昂った感情のまま、バンドのボーカルは叫んだ。
ライブも佳境に入り、会場のボルテージは最高潮だ。ボーカルはスタンドマイクから手を離し、両手を振り上げた。天井を抉る勢いで指先を天に向ける。
わああああ……。
歓声は鳴り止まない。どこからか悲鳴が聞こえてきた。
狭いライブハウス内に飽和する、すさまじいほどの熱気。ギシギシと建物が軋む音がなった。
ここ、『ミュージッククランブル』は去年まで閉店の危機を迎えていた弱小ライブハウスだった。しかし今演奏を披露している彼ら、『ギガンツ』が前代未聞のパフォーマンスでその危機を救ったのだ。
彗星の如く現れた『ギガンツ』。彼らの迫力満点の演奏スタイルは若者に受けに受け、デビューライブを『ミュージッククランブル』で行うとあっという間にファンを増やした。それに伴って『ミュージッククランブル』の集客率は桁を変え、今や有名ライブハウスの仲間入りだ。
『ギガンツ』のライブは『ミュージッククランブル』でしか行われない為、毎日ギガンツファンの長蛇の列が建物の前に出来上がっている。
そんな景気のいいはずの『ミュージッククランブル』だったが、ライブハウス店長の鈴木は、浮かない顔で『ギガンツ』の演奏を舞台袖から見ていた。
「それでは次でラストです。聴いてください!
『手のひらの君』」
ボーカルの曲紹介ののち、ギターの鼓膜を削るようなサウンドがステージから轟く。観客は更に浮き足立った。手拍子でメンバー達の演奏に応えている。
前方のファンなど、その大音量のボイスに耳をやられたのか、卒倒している者までいる始末。しかし演奏中に気を失う客が現れるのは『ギガンツ』のライブの日常光景なので、誰一人慌てるそぶりもなく、耳栓をしたスタッフによって救護室に運ばれていった。
バンドのメンバー達が足でリズムを刻み始める。
文字通り会場が一体となって、音楽を作り上げていた。
そんな中、鈴木だけは泣きそうな顔で演奏に励む彼らを見つめている。
もはや気のせいではなく、会場全体が大きく揺れ始めた。
震度四くらいはありそうだ。
天井にはヒビが入り、時折砂埃が降ってきては鈴木や観客達の頭に積もっていった。しかし、客達は気にする風もなくヘッドバンギングでそれを払う。
「こ、これ以上はやめてくれ……」
思わず、鈴木の心の声が溢れた。
しかし鈴木の願い虚しく、曲が終盤を迎えてボーカルのテンションもマックスに上がると、「あ〜もう我慢出来ねえ‼︎」と一言声をあげ、彼は天井に向けて力いっぱい跳び上がった。
「ああ!」
鈴木の悲鳴は、突如ライブハウスに響いた破壊音に掻き消され、観客たちの喝采がそれに彩りを添えた。
「やはり今日も壊すか……」
鈴木はがっくりと肩を落とす。舞台上の天井には大きな穴が空き、メンバー達の頭上から綺麗な月が覗いている。
ボーカルは「しまった」とでも言うように頭を掻き、鈴木にアイコンタクトを送ったが、もう遅い。
──『ギガンツ』はメンバー全員体長五メートル越えの巨人であるという特性を活かし、テンションが上がると比喩でなく会場をぶち壊す程の荒っぽい演奏をする、という他に類を見ないパフォーマンスが人気のアマチュアバンドだ。
彼らのライブが『ミュージッククランブル』でしか開かれない理由は、ライブの度に会場が半壊状態してしまうため、他に受け入れ先のライブハウスが無いから。
客入りは伸び収入もうなぎ登りだが、比例するように会場の修理費がかさんでいく。
雑誌で特集が組まれるほどの人気のライブハウスになったにも関わらず、改善しない『ミュージッククランブル』の経営状況に、鈴木は頭を悩ませる毎日であった。
お題:『ライブハウス』『巨人』『再生後』
最近バンドのゲームにハマっているせいか、今日のはだいぶ書きやすかったです( ´∀`)