5,つかれてる?
「実は今、悩んでることがあってさ……」
喫茶店の窓際の席に腰掛け、男はこわごわと話し始める。
「女か? 女だな」
その向かいに座った彼の友人が茶化すように言う。
「そうなの? 女なの!?」
男の横の女がヒステリックな声を出した。
「女じゃねえって。まあ、当たらずも遠からずではあるか……。
ほら、言わなかったか。俺、この前首吊り死体を発見しちまったんだよ」
「ああ、言ってたな。お前ついてないよな」
うんうん、と友人は何度も首を縦に振った。
と、そこで男と友人が注文したコーヒーがテーブルに到着する。
友人はカップの取っ手に指を掛け、「でもまあ」と言葉を繋げた。
「死体を見つけるなんてこと一生に一度あるかないかだからな。貴重な体験と言えなくもない。
それに、見つけてもらったその相手はお前に恩を感じてるだろうさ。早めに発見されてよかった、ってな。女だったんなら尚更だ。
ずっと誰にも見つけてもらえずに、腐っていくなんて、俺だったらまっぴらごめんだね」
「そうよ、感謝してるわよ」
妙に楽観的な友人の言葉に、男はため息をつきながら、熱々のコーヒーカップにミルクを注いだ。
「あら、ブラックじゃ飲めないの? 可愛い」
くすっ、と女がはにかんで見せる。
男は、まだ一口も飲んでいないコーヒーをテーブルの中央辺りに押しやった。
「なんだ、飲まないのか? ははーん、さてはまだ猫舌直ってないのか」
友人は見当違いなことを言いながら、ブラックコーヒーに口をつける。
男は空いたスペースに両肘を置き、頭を抱え始めた。
「そんなことより、あの日以来俺は困ったことになってるんだ……」
「なあに、困ったことって!? 私に何でも話して!
あなたの為ならなんでもする。私、あなたに感謝してるの。恩返しがしたいのよ!」
「あの日って、死体を見つけてから、ってことか?
悪夢を見て眠れないとか?」
男は首を横に振る。
「信じられない話だとは思うが……どうやらつかれたらしいんだ」
「疲れた?」
怪訝な顔をする友人に、男は言葉を付け足す。
「"幽霊に憑かれる"の憑かれた、だよ」
「なんだって。じゃあ、お前は何かに憑かれてるのか?」
友人は男と距離を取るように、大袈裟に体を後ろに退いてみせた。
「そうだ──多分、俺が見つけた遺体の霊に。
お前は信じないだろうがな、その霊は今もここにいるんだぜ」
「そんな馬鹿な!」
友人は大きな笑い声を立てる。
「俺とお前の他にもう一人いるって言うのか?」
「もう、つれないのね。あの日以来、ずーっと一緒にいるのに」
男の耳には、友人と女の声が重なって聞こえた。
お題:『コーヒーカップ』『風』『危ない恩返し』
なんだか創作意欲がわかず、短めのお話で。
書き終えてから風要素を入れ忘れたことに気付きましたw……
無理をせずマイペースにやってきたいと思います!