4,手作り
「ああもう間に合わないいぃい‼︎」
夕焼けを映す窓ガラスの茜に髪を染められた少女が、突然何かが切れたように奇声をあげる。
「美波、落ち着きなって。そんなにヤバイの?」
「早苗ちゃん助けて! 編み目間違えてホルンが小ちゃくなっちゃった!」
「助けてって言われても……あたし、編み物出来ないし」
前の席の椅子を拝借して机の向かい側に座った友人、早苗に泣きついた美波だったが、にべもなく断られてしまった。
「大体ねえ、無謀だったんじゃないの。『卒業しちゃう先輩達の為に、それぞれの顔と担当楽器を編み込んだ絨毯をプレゼントする』だなんて」
早苗の言葉に美波はぎくりとする。それは、自分の弱い本音とよく似た呟きだったからだ。
「絨毯じゃなくって、毛糸ラグ。さすがに絨毯なんて作れないって……。
でも私、先輩達に形に残るものを渡したくて。合奏だって全然いいと思うんだけど、私みんなより演奏下手くそで迷惑たくさんかけたから。
それに、永瀬先輩ので最後だし、もうちょっとだから頑張る」
美波は少し目線を伏せて、編みかけていた毛糸をするすると解き始めた。
「真面目だねえ」と美波に感心したような目を向ける早苗だったが、少しして彼女の視線が鋭くなり、
「んん?」
「な、なに?」
訝しがるような声を上げた友人に、美波は不安になり手を止めた。
「美波! ……永瀬先輩の鼻の下に黒子出来てるよ!?」
「ええ!」
美波が慌てて確認すると、既に出来上がっていた顔部分に、黒い点が浮かび上がっていた。
うそ。なんで? 美波の頭が真っ白に染まる。
なぜ、今の今まで気が付かなかったのか。
これだけには、こんな失敗は許されないのだ。これだけは。
美波は断腸の思いで順調に編めていた部分を解いていく。
「あっ」
早苗が怪しい声を漏らす。と、同時に半分ほどほつれた毛糸化した永瀬先輩の顔の上から、黒い点が消えた。
「美波……ごめん。それ、虫だったみたい」
「嘘でしょ……卒業式まであと五日なのに」
美波はがっくりと肩を落とす。
「ホントにごめんね……間に合いそう?」
早苗に悪気はないのは明らかだったから、美波は泣きたい気持ちをこらえて答える。
「多分、ものすごく頑張れば……。ううん、大丈夫だから!」
「美波、あのさ……無理そうだったら、もっと他の簡単のを作れば?」
早苗の提案に、美波は固まる。
それは絶対に嫌、永瀬先輩にだけ手を抜いたものを渡すなんて出来ない──、と美波が言う前に、早苗の口が動いた。
「マフラーとか。五日でできるよね?」
「作れると思う、けど……」
マフラー。しかも手作りの。
多くの場合、それは恋人に贈るものだ。あるいは、想いを伝える意味を込めて。
「だったらそうした方がいいよ。マフラー渡して気持ち伝えなきゃダメだって。一生後悔するよ」
早苗の真剣な言葉に、美波は顔を上げた。
お題:『虫 』『絨毯 』『最高の高校』
ほぼ虫しか使ってませんね。最高の高校に至っては単語すら出てこない。
実は疲労困憊で、眠気と闘いながらの執筆です。ほとんど無理矢理書いたので、ツッコミどころが多いです。明日は頑張る!!