さいきょうのきし
「掟による決闘なのだー!」
「そうだシグルデよ、可愛い娘とはいえ、手加減などせんぞ!」
「そうよシグルデ! あなたがどのぐらい成長したか、見せてもらうわ!」
「望むところなのだお父さん、お母さん!」
親子の対決の火蓋が、今この熱砂の砂漠に切って落とされようとしていた。
「さぁ行け! 吾が騎士アレフよ!」
え? 俺? やっぱり俺なんだ!?
仕方ないな……。
「今こそお前の<<竜殺し>>の力を見せるとき! 期待しているぞアレフ!!」
「シグ、お前は変身して戦わないのか?」
「掟だ! あくまで吾の成長を見守る試練! 吾はお前を、アレフを見つけた! お前こそ吾の最強の騎士!!」
掟って……この期に及んでドラゴン二匹……。
おおう、ドラゴン二匹を相手か。
手の震えが止まらない。
脚の震えが止まらない。
だけど、それでも俺は!
「アレフ! 吾が騎士アレフよ! お前なら出来る!!」
そうとも、俺は!!
「さぁ来い少年! 我が娘の選んだ騎士よ!」
「来なさい少年! 私たちにその力、示して見せて!」
ドラゴンが長大な翼を広げた。
ドラゴンが吼える。
俺は駆ける。砂地に脚を取られつつ。
ファラエルさんの言葉が木霊する。
「アイスジャベリン!」
黄金のドラゴンの胸でそれは弾ける。
「アイスジャベリン! ギガンティックアイスジャベリン!!」
怒涛の連続攻撃!
二匹のドラゴンはそれが煩わしいのか、腕を振り回して氷の槍をその都度叩き落す。
だが、せっかくのファラエルさんの氷の魔術もドラゴンの鱗の一枚すら傷付いていない。
やっぱりこのドラゴン、その強さハンパない!
ファラエルさんの渾身の魔術が足止め程度にしかならないなんて!!
その時だ。
二匹のドラゴンが同時に弓なりに体を反らせる。
ヤバイ!
と、思ったときにはそれが来た。
炎の息が吹き荒れる。
炎のブレスだ。
俺を中心に二重の火炎地獄が吹き荒れる。
「ぐああぁあああああああ!?」
「ヒール! ヒール!!」
途端に焼け付く肌。焦げ付く肉。
物凄い痛みが俺を襲う。
「ヒール! ヒール! リフレッシュ!!」
だがそれも見る間に再生して行く。
ありがとう、ジュリア。
俺は辿りついた黄金竜の足先で──<<竜殺し>>発動!!
俺は跳ぶ。
太い脚をたどり、腹を蹴り、一気にドラゴンの顔面へ!
ドラゴンの腕が俺を払い落とそうと迫るが、俺はそれを剣でしたたかに弾く!
「バカな、これが我が娘が選んだ<<竜殺し>>!」
「あなた!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は構わず叩き込む!
「アレフ! 吾が騎士よ!」
背中にシグの、あのお子ちゃまの声援を受けながら。
そのお子ちゃまは父親の足元に張り付いて駄々っ子パンチの最中だ。
「アレフを苛めるな、苛めるなぁ!!」
黄金竜の眉間目掛けて振り下ろされる俺の剣。
刃が陽光を受けて煌く。
鱗を砕く感触、
俺の体内で弾ける<<竜殺し>>!
肉を抉る、骨まで達する!!
「ぐあぁあああああああああ!? これ程までとは我が娘よ!!」
「あなた、ちょっと大丈夫!?」
突き刺さるのは俺の剣。
ドラゴンの拳が俺の胴を激しく殴り打つ。
すさまじい痛み。
俺は砂丘に転がった。
「お前アレフ!」
「アレフ!」
「アレフ君!?」
照り付けるのは太陽と、
響き渡る親ドラゴンの絶叫。
「ぐおおおおおおおおおおおお!!」
◇
オアシスの街に月が出ていた。
鼻を怪我した若いお父さん。そして隣に綺麗な女性。
シグのお父さんとお母さんだ。
「お父さん、お母さん……吾は合格か!? アレフは合格か!?」
「少年、いや、竜騎士アレフ」
「竜騎士!」
シグの大声が静かな街に、静かな夜に木霊する。
そしてざわめく黒ずくめの集団。竜の教団の人々。
「竜騎士……」
「竜騎士だと……?」
「なんという偉業……」
「ここ千年、誰一人として届かなかった高み……」
ひそひそ声、そして小声、続く囁き。
そのどれもが、俺を称えていた。
俺たちを称えていた。
「<<竜殺し>>のアレフ、いや、<<竜騎士>>アレフとその一行……確かに我らは英雄の誕生を見届けた」
「左様。竜人族の掟の結末、確かに我らは見届けた」
「英雄よ。彼を支えるもの達よ。今まで姫を見守ってくださり、感謝する」
「お父さん! お母さん!」
シグは両親に抱きついている。
「アレフは凄いのだ。本当に凄いのだ! 吾が、吾が見出した騎士なのだ!!」
「アレフ、あの炎のブレスによく耐えたわね?」
「ジュリアの癒しのおかげだよ」
「いえ、アレフ君のその後の闘志。良く挫けなかった。良く諦めなかったわね?」
「だって、俺が抜かれるとジュリアやファラエルさんが前に出ることになるから。俺が出来ること、できそうな事を精一杯頑張っただけだよ」
「ふふふ、アレフ君も言うようになったわね。お姉さん、感心しちゃうわ~?」
◇
月がきれいだ。
そして、時間がやってくる。
別れの時間だ。
「シグ、今までありがとうな?」
「そうね、シグちゃん。良かった。お父さんとお母さんに会えて」
「シグルデちゃん、お姉さんね、あなたの事は忘れないわ。もう貴女は立派なレディよ」
別れを交わす。
涙は見せない。
名残惜しいけど……シグはお子ちゃま。
シグをここで両親に返す。はぐれたであろう、両親に。
湖面に映った月が、砂漠の冷たい風に揺れる。
「何を言っているのだ吾が騎士アレフよ」
「え? シグ?」
「お前は我に冒険の仲間になれと言った! 冒険はむしろこれからだ! これは掟だ! 吾はお前の最期を見届けるまで共にある!」
「シグちゃん……」
「シグルデちゃん?」
俺はシグの両親に眼を向ける。
眩しいほどの美男美女。
シグが成長すれば、きっと物凄い美人になるだろう。
両親が静かに頷く。
「シグの事をを宜しく頼む<<竜騎士>>アレフ。我に傷を負わせた偉大なる英雄よ」
と、お父さん。
「シグはこんな子ですが、可愛がってくださいね?」
と、お母さん。
「だー! お父さんもお母さんも恥ずかしいのだ!!」
ん? と、言う事は……!
シグがひとしきり両親に喚いた後、俺に笑顔で振り返る。
「なにをしているアレフ! 吾が騎士アレフよ! 命果てるまで冒険だ!」
「お、おう」
俺は頷くしかない。
勢いに押されたとも言う。
「吾を楽しませろ! もっとリンゴを食わせろ! 吾と共にあれ! <<竜騎士>>アレフ!!」
シグが睨む。
「わかったなアレフ! ……で、リンゴはあるか?」
俺は溜息をつくと、シグの頭をゴシゴシ撫でつつリンゴを一つ取り出した。
<完>
=あとがき
これにて彼らの物語はひとまず終了です。
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。読者の皆さんに感謝します。




