はんたー
「トカゲ肉も美味かったがやっぱりリンゴは最高だな!」
シャリシャリとシグがリンゴを齧る。
ガンラガンラ、ゴンロゴンロとパカラパカラ。
俺たちは今日も荒地で馬車の人。
「アレフ、荒地もそろそろ飽きてきたわよね?」
「え? ジュリアは旅が面白くないのか?」
「面白い……というか、楽しいかな」
「ジュリア……」
「だって私、最近ずっとアレフと一緒だもん。それにファラエルさんは優しいし、シグちゃんは可愛いし。……これで旅が面白くないわけ無いじゃない!」
「そうだよな!」
と、笑顔で返してみたものの。
ジュリアの瞳が真っ直ぐに俺を射る。
あはは、そう見詰められると困ったな。
「あ! アレフ見て! 煙が幾つも上がってるわ!」
「ファラエルさん、先に進んで大丈夫なんです!? もしかして村が襲われているんじゃ!?」
「と、思ったでしょうアレフ君。宿場村よ。あれは炊事の煙ね」
「おおー! と、言う事はリンゴが買えるのだな!? そうなのだな!?」
「あらあらシグルデちゃん。シグルデちゃんはもうリンゴ食べちゃったの?」
「リンゴは多ければ多いほどいいのだ! 美味いリンゴは幾つでも大歓迎なのだ!!」
◇
「冒険者殿とお見受けします」
とあるメシ屋で声を掛けてきたのは弓矢を背負った緑のショートヘアの小柄な少女。
「リンゴをくれるのか!?」
身を乗り出し、眼を輝かせるシグ。
いやいやいや、そんな訳無いだろ?
「どうしたんですか?」
「お嬢ちゃん、何か用?」
「なに、明日の狩りに付き合って欲しくてね。報酬の金貨や銀貨は出せないけれど、角や爪、それに明日の晩御飯をご馳走するわ!」
びしっと指を突きつけ自信満々なところはなんだがシグそっくり。
「おおおおおお! 美味い晩御飯なのか!?」
「わたしの料理はこの村一番と評判よ!? どう、荒地の本場猟師メシ! 食べたくは無い!?」
「リザードフライの煮込みじゃないよね?」
「ふっふっふ。リザードフライですって? 村一番の猟師、このファニーを見くびってもらっちゃ困るわ剣士さん。せっかくあなた達と行くんだもの。もっと大物を仕留めて見せるわ! そして冬場の保存食を作るのよ!」
右手を握り締めるファニーにでも納得。
冬にはまだ遠いけど、冬場の保存食か。
狩人ならチョコチョコと狩りに出ればいいだけだと思っていたけれど、そん計算があったんだね。
「どうする? アレフ。ここはドラゴンでも倒して、ドラゴンステーキでも行っちゃう?」
「からかわないで下さいファラエルさん」
「アレフ! お前はまたドラゴンと戦うのか!?」
「シグちゃん、今のはファラエルさんの冗談だと思うよ?」
「なんだ、そうなのかジュリア」
「どうです? ついてきてくれますか!?」
みんなの視線が俺に集まる。
急ぐ旅ではない。俺は猟師の女の子、ファニーの話に乗る事にした。
◇
目の前には二本の角が生えた四本足の恐竜がいる。尻尾も長く、そして太い。
その体、ものすごく巨大。
「冒険者さんたち──強いのよね?」
「え?」
「あたしは最強の魔術、氷魔術を極めた魔道士よ。あんな恐竜、怖くも無いわ」
「わ、わわわわわ私は……みなさん怪我しないでくださいね、治療が大変になっちゃいますから! 今から狩りの安全をライア様に祈っておきます!」
「そして娘! お前はとても運が良い! この吾が騎士アレフは王都で競技場のチャンピオンを倒し、旅路ではブルードラゴンを倒した竜殺しの勇者! 良かったな娘! 最強の冒険者だぞ、はっはっは!」
「おお! そんな英雄様をわたしは捕まえたわけね! さすが見る目があるぅ! で、この小っちゃなお子ちゃまは?」
「お子ちゃま言うなぁ!」
「こいつはシグ。ドラゴ……じゃなかった、優秀な盗賊だよ」
「吾は立派なレディ、立派な大人なのに……ぐぬぬ!」
「わかりました。皆さん、腕は確かなわけですね? ならば、わたしが囮になってあの恐竜を釣ってきますので仕留めてください。ただ、肉を取れるように、皮をなるべく傷めないように、そして角も高く売れるので傷つけないように注意してください」
注文が多い。
だけど、俺たちならやれるはず。
「簡単ね! 氷漬けにしてやれば良いのよあんな恐竜! アレフ君は心臓に一突きお願いね!」
「大丈夫、氷漬けする前に魔術で心臓の位置を探るから」
「今はわからないんですか?」
「ちょっと距離が遠いのよね」
恐竜は俺たちの物騒な会話を知ってか知らずか、枯れ草をモリモリ食べている。
「では、行きます」
ファニーの眼から光が消え、そして体が沈むと岩陰伝いに忍び寄ってゆく。
◇
「ファラエルさん、魔術間に合うんですか? <<探知>>と<<氷結>>を使われるんでしょう?」
「大丈夫大丈夫。全くジュリアちゃんは心配性ね。相手はただの恐竜よ? そうそう失敗するわけ──」
「ひぃやぁあああああああああああああああああ」
あ。
ファニーさんの悲鳴が聞こえる。
「あー……ファニー、彼女が失敗したわけね?」
「全員突撃! 吾らの力を見せるのだ!! いざゆけ吾が精鋭たちよ!」
恐竜の顎に吊り下げられているファニーをびしっと指差すシグがいた。
◇
恐竜の頭が動く、そのたびにファニーは振り回される。
「ファニー! 大丈夫か!?」
「ふえぇえええ!?」
大丈夫じゃないみたい。
「ウィークポイントサーチ!」
恐竜の胸の一部が赤く光る。
「赤いところが弱点よ、アレフ君! 一突きで決めてね!?」
「はい、ファラエルさん!」
「おい人間、村一番の猟師が手間を取らせるな!」
シグがファニーを掬うように飛び掛る。
「ちょっと失敗したのよ!?」
引っかかっている服を角から外し掬い上げ、ファニーを抱きすくめ……あ、体格差で逆にシグが潰された。
「うにょ!?」
「ごめんなさい!」
「シグちゃんとファニーさんが危ない!」
潰されたカエルの悲鳴のような声を聞きつつジュリアが叫ぶ。言われ無くったって!
恐竜が二人を踏み潰そうと、その太い足を上げたのだ。
二人を助けなきゃ!
「ファラエルさん!」
「わかってる! アイスフリーズ!」
ピキピキと足元から忍び寄る氷。
それは途端に恐竜の動きを奪って行く。
ファニーもろともシグを踏み潰そうとしていた足も固まった。
「来いアレフ!」
シグの呼び声を聞くまでもなく、俺は大地を大きく蹴った。
剣を手に恐竜へと飛び掛る!
「もらった!」
剣の先は動きの鈍くなった恐竜の、光る胸の印に吸い込まれて……!




