りゅうごろし
「うんまうんま。リンゴが美味いのだー!」
シグが騒ぐ。まぁ、これはいつもの事だ。
「さてはお前さん方、冒険者じゃな? ちょっと頼まれてくれんかの?」
見れば、よぼよぼのお爺さん。
シチューを掻き込みつつ、俺たちは揃って顔を上げる。
「実は、最近この辺りは凶悪な山賊に狙われておってな」
「凶悪な山賊?」
「お主たちも聞いた事があるじゃろう。王国騎士団長を一騎打ちで破り、闘技場のチャンピオンを一撃で打ち負かし、恐るべきドラゴンを素手で倒した英雄の事を」
「……」
「英雄は黒く染まったのじゃ。民に牙を剥き、こうして今も我らを苦しめておる。その名も──」
◇
「アレフ君。『竜殺し』のアレフって山賊がこの辺りの村々を襲っているらしいわね」
「え、ええ……。そうですね、ファラエルさん」
「アレフも有名になったね」
「人事みたいに言うなよジュリア!?」
「アレフは山賊なのか!?」
「だから違うってシグ!?」
あああああああああああ!
どうしてくれよう、どうしよう!
なんだかモヤモヤする!
「下手に有名になるとこうして騙りが出てくるのよね」
「ファラエルさんも気をつけましょうね?」
「名前が売れるのも考え物ですね」
「ジュリアも気をつけような?」
「アレフは人気者なのか?」
「俺はダメ人間だったんだよ!」
ううううううううううう!
悔しい、悔しいぞこの気持ち!
このどうしようもない怒りを俺はどこにぶつけたら良い!?
いや、俺の名前を騙るその『アレフ』とかい山賊をしばく!
それしかない、それしか!
「で、地元の猟師さんに聞いたんだけど、たぶんこの辺りがその『竜殺し』のアレフのアジト……」
「ねぇ!? やめてよ、その言い方止めようよねぇ!? ねぇファラエルさん!?」
「ほら、見えてきたわ。洞窟の前に見張りが二人。ああ、なんて小汚い装備……『竜殺し』のアレフって貧乏なのね」
「ファラエルさん!? だから止めてよ止めようよ、その言い方!?」
ファラエルさんの薄ら笑い。
どこまでが本気か冗談なのかは分からない。
「ああ、きっとあの人たちも女神ライア様の信仰を知らないんだわ。かわいそう。正しい信仰に目覚めていさえすれば、あんな山賊みたいな生活を送る事もなかったでしょうに」
「おい、ジュリア……」
「……そうよ! 今からでも遅くないわ! 宣教師となったこの私があの人たちを正しい道に導くの! 素晴らしい事だと思わない!? ねぇアレフ!!」
「いや、あの、その……」
ジュリアの目がキラキラと輝いている。
ううう、ちょっとアレ過ぎて直視できない。
「なーなーアレフ、リンゴ無いか? リンゴくれ!」
「シグ……お前だけだ、お前だけだよいつもと同じなのは……!」
「『竜殺し』のアレフをやっつける前に腹ごしらえがしたいのだ!」
「シグゥウウウウウウウウ!?」
ダメだダメだダメだダメだ!
必要以上に俺、意識している。
相手は山賊、俺の偽者『竜殺し』のアレフ!
許さん、ここまで俺に精神ダメージを負わせるとは……恐ろしい強敵!
まだ刃を交えてもいないというのに、既に俺の闘志はボロボロだ。
◇
「敵襲、敵襲!!」
「アレフの兄貴に知らせるんだ!」
「そうだ、お頭ぁ! 変な敵が殴りこんで来やしたぜ!」
「変な敵とは失礼ね……アイスアロー!」
「ぐぁあっ、痛ぇ、痛ぇ!?」
山賊がファラエルさんの氷の矢を受けて転がり回る。
先を急ぐ俺とシグ。
「なぁなぁアレフー。アレフも何か言え? な? 何か言え?」
「シグ……ナニをだよ?」
「『「竜殺し」のアレフ! 出て来い! 俺が相手だ!!』とかな! はっはっは! そのくらいの度胸を見せてみろアレフ!」
「恥ずかしいわ! そんな事言えるか!!」
「そうか? そんなに恥ずかしい事か?」
「当たり前だそんな事!」
◇
「出てきなさい『竜殺し』のアレフ! ここに本物があなたを倒しに来てやったわ!」
「おい、止めろジュリア」
「え!? アレフ、自分の名前を山賊に使われて悔しくないの!? だって『竜殺し』のアレフだよ!?」
「いや、だからそう何度も何度も繰り返さないでお願い!?」
「出てきなさい『竜殺し』のアレフ! あなたが本物だというのなら出てこれるでしょう! 手下は全て倒したわ! 後はあなただけよ『竜殺し』のアレフ!」
お、おおうファラエルさん……お願いだからそう『アレフアレフ』って連呼しないで……。
「変ねぇ……ここまで煽って出てこないなんて。山賊の首領はどこにいるのよ」
「そうですよねファラエルさん。『竜殺し』のアレフ、どこにいるんでしょうね」
だからその名前で呼ぶなぁ!!
「なぁなぁアレフー。風が奥から流れて来てるのだ」
「え?」
「あ……察し……。これは逃げられたわね」
「え? ファラエルさん?」
「逃げたのよ『竜殺し』のアレフは部下を見捨てて。とんだチキンね」
「根性無しだったの!?」
「そういう事ね、ジュリアちゃん」
おかしい。
なんだか自分自身が根性無しの臆病者と言われているみたいで……うわわ、過去の黒い記憶が……!
「アレフー。『竜殺し』のアレフはどこだ? 逃げたのか? さすがアレフ。逃げ足が速いな」




