オーバーキル
「危なくなったからといって、おいそれとドラゴンには変身できないぞ?」
「え?」
「ドラゴンに変身するには色々と条件があるんだ」
「どんな?」
「秘密だ!」
「俺にも?」
「もちろんだとも! これも掟で決まっていることなんだ。許して欲しい」
◇
ここは街から程近い草原。
俺が一撃を振るうたび「ぷよ」と呼ばれる丸いゼリーの固まりは一撃で弾け跳ぶ飛ぶ。
オーバーキル。明らかに敵が役不足。
そして残されるのはゼリーの塊。
俺はそれを戦利品として背中の袋に詰めてゆく。
なんでも、色々な道具を作るときの接着剤になるらしい。
「ほら、吾の言ったとおりだろうアレフ。お前は強い!」
「俺が……強い?」
「そうとも! お前には<<剣士>>の才能がある。だから頑張って剣を振り続けるのだ!」
と、言われても。
俺には何が何だかわからない。
「何をしているアレフ! ぷよがそっちに行ったぞ!」
と、自らもぷよを砕きつつシグ。
シグの両手はゼリーでベチョベチョだ。
俺は短剣でぷよを突く。またしてもぷよが破裂した。
「もう良いんじゃないかな」
「まだだ! リンゴ一個三カパー!」
ああ、そうでした。
シグ、このチビッ子め。
育ちだかりなのか、コイツ結構食うんだよね……。
◇
俺は商人にぷよのゼリーを売る。
嫌な顔をしていた商人のおじさんも、ゼリーでいっぱいの袋の中身を見てニンマリ。
「ゼリー一個一カパーな?」
「二カパーが相場だろ!?」
「何言ってるんだ無能。俺しかお前からの買取には応じないぜ?」
俺は悔しさに下唇をかみ締める。
だけど仕方が無い。俺はゼリー一個を一カパーで手放した。
◇
「アレフ。どうしてあの商人をやっつけなかったのだ? えらく腹の立つ事を言われていたではないか」
シグがゼリーまみれの手で持ったリンゴに齧り付きながら聞いてくる。
「仕方が無いんだよ。それは俺が無能だから。いや、無能だったから。俺の相手をしてくれる商人を見つけるだけでも一苦労なんだ」
「しかし……それではアレフが損をするではないか!」
「今のうちだけだよ。俺はもう無能じゃないんだ。実力をつけて、もっと強いモンスターを狩って高級な素材を売るようになれば、今度は商人のほうから『売ってください!』と言ってくるようになるから!」
「そういうものなのか?」
「……たぶん」
うん。自信は無い。
だけど、そう思うことにする。
そうじゃないとまた死にたくなるから。
畜生! 今に見てろよ!?
◇
冒険者ギルドの扉を潜ると、早速哀れみの声が迎えてくれる。
「よう無能のアレフ。なんだ、今日は偉く顔色が良いな?」
「うん、俺、やって行けそうな気がして来たんだ」
「はぁ? おいおい、ついに頭まで無能が回っちまったのか?」
「スキルって凄いね?」
「おうよ。俺は万年一レベルのお前と違って<<戦士>>スキル持ち、しかもレベルは十だからな!」
「俺ももう直ぐ追いつくから」
「ははは、コイツは傑作だ。いや、ちょっと酒を飲みすぎたか?」
男は離れる。
冗談だと思ったらしい。
相手の会話が、悪意が冗談だとわかる余裕。
これがスキル持ちの安心感──俺は<<剣士>>スキル持ち。
まだまだ俺はみなんなからバカにされているけれど、今ではこの余裕がとても嬉しい。
「冒険、上手く行ったようですね」
「サンディさん!」
笑顔を隠した金髪が揺れ、俺を迎えてくれる。
「何を相手にされたのですか?」
「ぷよです!」
「ぷよですか。初心者向けの相手ですね。ゼリーはどうなさいましたか?」
「何とか買ってくれる商人を見つけて、安値ですが引き取って貰えました」
「それは……良かったですね」
「はい!」
「とりあえず、冒険者としてやっていけそうですか? 酒場の下働き、もう要りませんよね?」
「はい! 俺、冒険者として頑張れます!」
「その意気ですよ、アレフさん! 私もコッソリ応援していますから!」
「こっそりなんですね」
「そうです。コッソリです」
ウインク。
俺はサンディさんの応援が本物だとわかっただけで嬉しい。
◇
「アレフアレフ~。吾はもっとリンゴが食いたいのだ。冒険に行くぞ!」
「ちょっと待って。今日はもう遅いから」
「聞いたのだ。夜になると違うモンスターが出るというではないか! きっとそいつらの落とす素材なら、あの商人とやらも高く買ってくれるに違いない……」
「そうかもしれないけど、人間休憩が必要だよ。また明日にしよう?」
「むー。今日も馬小屋か?」
「お金が無いからね」
「吾がリンゴを食べるからか?」
「んー、それもあるけどね。ちゃんとした装備も欲しいし。お金溜めなきゃ剣も鎧も買えないし」
「ソウビ?」
「ほら、剣や鎧のことだよ」
「そうか、アレフは剣や鎧が欲しいのだな……そうだ! 吾は聞いたことがあるぞ!!」
「え?」
「デスマウント山だ!」
「そ、それって……」
「知っていたか! あの場所のダンジョンになら剣も鎧も眠っている!」
「それって確か、ラストダンジョン級の超高難易度ダンジョンだよね?」
「そうなのか?」
「そうだよ!」
「むぅ。では、コツコツやるしかないのか?」
「そうだね、少しずつ、少しずつ慌てず焦らずに……」
不満そうなシグ。
だけど、こうして先走るシグを抑える事のできる自分に俺自身がビックリだ。
そうだよ、これがスキル持ちの心の余裕。
そうさ、俺は無能じゃないんだ!




