それでも俺は
それからの毎日は地獄だった。
友達と思っていた人間が皆離れて行った。
全部、俺にスキルが無いから。
将来性が無いから。
自分たちと違うから。劣っているから。
低く見る事が出来るから。
俺はみんなからバカにされた。
「アレフ、この役立たず」
「無能のアレフ」
こう蔑まれて二年が過ぎた。
「なんとかなるよ」
こういってくれるジュリアの声も今では弱いものだ。
その目に浮かぶのは哀れみの視線。
孤児院で声を掛けられるたびに俺は逃げた。逃げ続けた。
会わせる顔が無い。
<<戦士>>持ちのガイムは王都の闘技場関係者からスカウトされた。
同じく<<戦士>>持ちのラルスは士官学校に推薦された。
そして<<僧侶>>持ちのジュリアは神父様に導かれ、今や教会でしっかりと修行を積んでいる。
未だに神様の声は聞こえないそうだけれど、回復魔術を使える実力を身につけたという。
それに比べて、俺は──。
十四歳になったその日、俺は孤児院を飛び出した。
みんなに蔑まれるのが辛い。
なによりジュリアと目を合わせられない。
冒険者なら。
一人で生きる冒険者なら、何とかなると思った。
俺でも生き抜く事ができる場所があると思った。
だから俺は、冒険者ギルドの門を叩いたんだ。
◇
「よう、無能」
「おー、スキル無し。なんだ、今日も生きてたか」
俺は酒場の笑い者だ。
短剣を振るう俺はみんなの足手まとい。
時々練習しているものの、ちっとも上手くなる気がしない。
才能が無いのだろう。そう、俺にはスキルなんて無いのだから。
いくら努力を重ねたって、無理なものは無理なんだ。
心の底では分かってる。努力なんて無駄だって。
でも、この頃の俺は諦めたくなかったんだ。
冒険者ギルドでも、孤児院と同じく誰からも相手にされなかった。
パーティを組んでくれる者など一人もいない。
荷物持ちとしてさえ使ってもらえない下働き。
今はお情けで酒場の下働きをさせてもらっている。
足を引っ掛けられ、頭の上から酒をかけられて。
だからこうして、同じ冒険者からも街の人からもバカにされる。
もうこんな人生、生きていても辛い。
死んでも良いと思っていた。
「ねえボク、ボクはスキルが一つも使えないんだって?」
「言うなよ。可哀想だろ?」
「あは、ごめんごめん」
「なぁ、坊主?」
「あなたこそ止めなさいよ」
「いや、悪い悪い。つい……な!」
こんな日々が続くある日、俺は薬草採取の仕事を請けた。
受付のお姉さん、美人のサンディさんが選びに選んで回してくれた、ごく簡単な依頼だ。
「銅級、それもEランクの仕事よ? やってみる?」
俺の目の前に突きつけられた依頼の紙。
ひらひらとゆれる、救いの一枚。
俺に断れるわけが無い。
「やる」
「アレフ君も冒険者を名乗るならこの位こなさないとね! アレフ君がギルドにやってきてもう一年。そろそろ頑張ってみようよ!」
サンディさんはウィンク。
ウェーブのかかった金髪が揺れる。
俺は思う。
サンディさんは優しく微笑んでくれているけれど、恐らくこの仕事をしくじったら終わり。
もうギルドにも出入り出来ない。
きっとこの冒険者ギルドからも放り出される。
十五歳になった俺に下された最終試験。
それが森での薬草取りだ。
少なくとも俺はそう信じた。
しくじったなら、死ぬしかない。
◇
革鎧をチェックする。良し。ほつれは無い。
短剣をチェックする。良し。刃こぼれは無い。
周りに気を配る……気配は何も感じない。
良し! モンスターの気配もなし!
街から程近い、森の中。
モンスターも少なく、いたとしても弱いものしかいないはずの森。
俺は指定された場所に行く。
サンディさんから貰った地図。その通りに進む。
森の浅い場所。何も人に頼む必要があるのかどうかすら怪しい場所だ。
それでも、立派な仕事。
冒険者らしいクエストだった。
魔王討伐?
竜退治?
確かに憧れる。だけど、そんな事はとても俺には無理だと分かっていて。
俺には俺の、「才能なし」には「才能なし」にふさわしい仕事があるのだ。
それに、せっかくサンディさんが仕事を回してくれたのだから。
俺は森に分け入る。
モンスターに出会わないことを祈りつつ。
──そして、あっさりと地図の場所に着く。
◇
そしてそこに見たもの。
俺は目を疑った。
吊り上った眼、鋭くズラリと並んだ歯、土色の鱗に覆われた硬そうな皮膚。
広い翼。たくましい腕。ごつい足。太い尻尾……。
どう見てもドラゴンだった。
そして最悪なことに、このドラゴンの足元にお目当ての薬草が生えている。
「ああ、あああ……」
ドラゴンと眼が合う。
俺は固まる。もう一歩も動けない。
逃げろ。
逃げろ逃げろ逃げろ!
頭の中ではそう命令するのだけれど、足がガクガク震えて動かない。
のっしのっしとドラゴンが近づいてくる。
小山のようなドラゴンだ。
それが赤く暗い口を大きく開けて。
どうしてこんなところにドラゴンが。
いや、どうして俺の目の前にドラゴンが。
どうしてこうなった!? 何が悪かった!?
わからない。わからない。わからない!!
俺は震える足を大地に縫い付けられていた。
足を動かそうにも動かないのだ。
俺はその場で短剣を振り回す。
喚いた。
叫んだ。
でも、ドラゴンの歩みは止まらない。
近づいてくるドラゴン。
それは見る見る大きくなって。
短剣がドラゴンの顔に当たる。
あっさりと鱗で弾かれた。
ドラゴンは黄色く濁った眼で俺を見る。
俺にはドラゴンが笑ったような気がした。
限界だった。
俺は狂ったように短剣を振り回す。
「うわぁあああああああああああああ!」
赤い闇が迫る!
もう、何も考えられない。
俺は短剣をただ滅茶苦茶に振り回す!
──カプ。
ヌメリ、とした感触とともに、急に辺りが真っ暗になる。
俺は一つ呑みで食われたのだった。