おばけやしき
「ジュリアをアンデッドに慣れさせる必要があるな!」
「はい?」
俺はリンゴを齧るシグを見る。
今もシグはうまうまとリンゴを食べているけれど……。
「幽霊屋敷探索の依頼など出てないのか!?」
「幽霊屋敷?」
「そうだ!」
「ちょっと待っていてくれよ? 見てくるからな?」
◇
「よう能無し。よく生き残ってるなお前。しかも、パーティメンバーまでできてるじゃないか」
「はい、おかげさまで」
「何が『おかげさまで』だ。能無しは永遠に能無しなんだよ。悪いことは言わねぇ。でかい怪我する前に冒険者から足を洗うこったな」
「いえ、冒険者は──英雄になるのは俺の夢なんで」
「はぁ。あはは! こいつは笑わせてくれる。何が英雄だ。無理に決まってるだろ!?」
「分かりませんよ? 今は無能でも、そのうち力をつけて──」
「ならないね。かけても良い。もしお前さんが英雄になるようなことになったら、俺は裸で逆立ちして街を一周してやんよ」
「いえ、ご心配には及びません。ですが、忠告ありがとうございます」
「てめぇ……ちっ、面白くない奴!」
◇
「おお、アレフ! 待っていたぞ! 幽霊屋敷の探索はあったか!? 地下墳墓の捜索依頼はあったか!?」
「シグ、とりあえず落ち着いてくれよ」
俺は身を乗り出そうとするシグを押さえつける。栗色のツインテールが揺れて、ペタンコの胸がやけに涼しそうだ。
「ゆ、幽霊屋敷の依頼はあったの? 何? 除霊? 必要ならライア様のお守り沢山持っていくけど!?」
「ジュリアも落ち着いてくれよ。そんな慌てないでさ?」
俺は冷や汗を浮かべているジュリアに優しく声を掛ける。黒髪のポニーテイルが揺れて。歳の割には、ふくよかな胸が目に眩しい。
「で、依頼の話なんだけど──」
◇
「この屋敷に幽霊が出ると言うのは本当か?」
「本当らしい。急に叫び声がしたり、食器が宙を舞ったり、突然家具がガタガタ揺れたりするんだってさ」
「アレフ。お前疲れているのではないか? そのようなことが起こるはずがない」
「いえ! シグちゃんは知らないかも知れませんが、世の中は、世界には不思議で溢れてるんです!だから、きっとそんな怖いことが突然起こったっておかしくありません!」
「そんなものか? 第一、急に叫び声がしたところで何が恐ろしいのだ? 食器が宙を舞って何が悪い。家具の話だってそうだ」
「シグ。怖いもの知らずなんだね」
「ええ、シグちゃんって実は強い子なんだね」
「子供じゃない! 立派なレディだ! もう吾は大人だ!」
と、無い胸を張る。
ストンと落ちた体型で。
ジュリアの頭二つ分低い背丈で。
「まぁ……そうかもしれないな。なぁジュリア」
「え、ええ。アレフがそう言うのなら、そうなのかも……あ、別になんとも無いの。気を悪くしないでね、シグちゃん」
「むー!お前達は酷いのだ!」
カラーン……ガシャーーーーーーーーン!
「ひっ!?」
「何か音がしなかったか?」
「あちらから聞こえたのだ!」
通路の向こう側、奥の部屋から物音がする。
「怪物か!? 怪物が現れたのか!?」
「幽霊じゃないのか?」
「ひぃいいっ!? ライア様、どうかご加護を!?」
「ジュリアは怖がりなのだな!」
「ちょっと驚きすぎとは思うけどね」
「そんな事言ったって怖いものは怖いんだから!」
俺たちは嫌がるジュリアを引っ張って、通路を奥へ進む。
「音が聞こえなくなったな」
「吾らの実力に恐れをなしたのではないか?」
「い、今怖がらせる準備をしてるのよ! 絶対そう!」
「ジュリア、考え過ぎだよ……」
「どれ、アレフ、ジュリア。扉を開けるぞ?」
「ひぃいいいいいいいい!?」
ぎぎーーーーーっ
軋みつつ開く扉。
光が漏れる。
そこはキラキラと輝く食卓だった。
「おお! これは!」
「いい匂いだ……飯だ飯!」
「待って! これは何かの罠よ!」
お城の晩餐会のような豪華な食事が湯気を立てて並んでいいる。
「いや、ジュリアも食えよ。美味いぞこれ?」
「うんまうんま、リンゴも美味しいがこの料理もいけてるな! なぁアレフ!」
「ああ、シグ!」
「もう食べてるしぃ!? なに平気な顔して食べてるのよぉ!?」
「だってジュリア、もったいないだろ?」
「うむ! せっかくの料理なのだ! 食べなくば罰も当たろう!」
「何言ってるのよぉ!?」
カチャカチャ、と音がする。
二人がナイフとフォークを使う以外の音が。
「何かいる、何かいるって!」
「ジュリアにはターンアンデッドがあるだろ?」
「そうだとも。平気平気」
「嫌ぁああああああ! 正気に戻って二人ともぉおおおおおお! ライア様、二人を見捨てないでぇ!?」
「いや、この肉うめぇ!」
「アレフ、このパンもいけてるぞ!」
「おかしいよ、こんなのおかしいんだってばぁ!」
「あ、さんきゅ。ちょうど飲み物が飲みたかったんだ」
「吾は注いで無い」
「ね、変でしょ!? 見えない給仕さんがいるのよ! きっと幽霊よ幽霊!」
「見えない?」
「幽霊?」
言われてみれば……確かにおかしいかも。
と、俺が思ったときでした。
目の前の景色が一変する。
「ぎやぁああああああああ!」
「おぅわぁあああああああ!」
割れた食器が散乱する薄汚れたテーブル。
皿の上にはうず高く埃が積もった乾いた何か。
俺は一瞬で察した。
騙された、と。
「うげぇええええええええ!」
速攻で吐いた。
「食べてしまった、吾は食べてしまったあぁああ! 謎肉食ったぁ!」
俺に続き、頭を抱えて騒ぐシグ。
そして、蠢く白い影。
「骸骨!」
「幽霊だ! ジュリア、全部幻だ! ターンアンデッドを頼む!!」
「え? あ、はい! ターンアンデッド! ターンアンデッド! ターンアンデッドぉ!!」
今夜もジュリアの叫びが木霊する。
すっかりアンデッドに慣れてくれたようで……まぁ、良かった……のか?