じゃしんのてさき
「この前のスケルトンは本当に面倒だったな!」
シャリっと今日もリンゴをかじるシグ。
足の届かない椅子に座る姿はまさにお子様そのものだ。
俺はシチューに漬けたパンを口に含みながらそれに応じる。
「そうだね。神聖魔術を使える仲間がいれば、もっと楽に攻略できたかもしれないけれど」
「吾は使えぬぞ!?」
「知ってる。プリーストがいれば、悪霊退散に回復に毒や麻痺の治療……そんな事もやってくれるんだけれどね」
プリースト、か。
俺はとっさにジュリアの事を思い出す。
一緒に冒険に出ようと誓った子供の頃の約束。
でも、今は怖い。
声をかけて、断られるのが怖いんだ。
「あーあ、お宝があればリンゴがもっと食べられるのに!」
「あはは、そうだね。でもごめんよ。今はそれで我慢してね」
「わかってる! もう吾はお子様ではない。大人のレディだからな! その辺りのワガママは言わないつもりだ!」
「どうだか」
「で、アレフ! リンゴ三つの約束だったと思うが、どうして一つしかくれないのだ? あと二つ寄越せ!」
「……やっぱりお子様じゃないか」
「なにか言ったか!?」
「いや、別に。なにも?」
◇
ここは教会。
プリースト見習いのジュリアは自分が何者かに呼ばれたような気がして振り返る。
「はい?」
「何か申されましたか、ジュリア」
「いえ、何でもありません」
気のせいだと思う事にする。
◇
「気のせいだよシグ。嫌だなぁ。俺が忘れるわけないじゃないか」
覚えていたんだな、シグ。
「本当か?」
「本当だってば」
嫌なところで鋭いな、シグも。
「リンゴの代金を稼がねばな! なぁアレフ!!」
「そうだね」
はぁ。何とか誤魔化せた……かな? 俺は一足先に席を立つ。
「次ぎ忘れたら許さんぞアレフ」
そんな俺の背中に投げられたのは、地獄の底から聞こえてきそうなシグの声。
「はいぃっ!?」
俺は背筋が凍ったね。
「アレフさん」
「はいぃっ!?」
俺は急に呼びかけられて跳び上がる。
だがそれは、優しげな美声だった。
「このお仕事、請けませんか?」
「はい?」
見慣れた金髪。
サンディさんが揺れる髪と共に突き出したのは一枚の紙。
そこには──。
◇
「吾との出会いの地だな!」
「そうだね。君に食われた因縁の場所だよ」
薬草取りの依頼だった。
俺とシグは用意もそこそこに、森の中の開けた場所にいる。
前回は巨大なドラゴンがいて、俺が食われてと死を覚悟した場所だ。
だけど、そのドラゴンは実はシグで、こんなに可愛らしい……いや、お子ちゃまな女の子。
世の中、わからないものだ。
「ん?」
俺が薬草を必死に摘んでいると、サボリ気味なシグが飽きたのか辺りをキョロキョロと見回している。
「どうした? シグ」
「いや、何か気配がした気がしてな?」
「まさかドラゴンじゃないよね!?」
前回の恐怖が蘇る。
「気のせいか……」
シグの意味深な言葉。
俺は何だか気になって仕方が無い。
「と、思わせて……」
「え?」
「そこだぁああああああああ!」
シグが茂みに向けて飛び掛る。
「きゃぁあああああああああ!」
「人間! どうして吾をつける!」
「アレフが気になってつけて来たんです~!」
「ジュリア!」
「アレフ!」
女の子の叫び声がしたかと思えば、それはプリーストの修行をしているはずのジュリアだった。
束ねられた黒髪が地面に押さえつけられてふわっと広がっている。
「アレフが冒険者として依頼を受けていると聞いて、放っ置けなくてつい……」
「怪しい人間! プリースト! さては暗黒教団の手先か!?」
「違います、ライア様に仕えるプリースト見習いです」
「女神ライア?」
「そうですそうです!」
「邪神の手先!」
「違います!」
◇
「シグ。この子は俺の孤児院時代からの幼馴染で、今ではライア教会で修行しているプリースト見習いのジュリアって言うんだ」
「怪しい」
「怪しくないから。ジュリアは優しい子だから」
「ライアのプリーストはドラゴンに意地悪する。怪しい」
「ドラゴン!? 私たちはドラゴンに意地悪なんてしませんって!」
「また嘘をついた」
「嘘じゃないです!」
「吾の爺やと婆やはライアのプリーストに意地悪をされたと聞いている。この人間の言葉、怪しい。アレフ、怪しいぞこの人間!」
「だからこの子は俺の知り合いで……」
「だめ。許さない。意地悪し返す」
「何を言ってるんだよシグ! ほら、リンゴあげるから落ち着けよ!」
「……アレフが庇う。この人間……本当に怪しくないのかもしれない」
リンゴを齧りながらシグ。
「リンゴ、好きなの? シグ……ちゃん」
「持ってるのか!? くれ! 今すぐくれ!!」
懐からリンゴを取り出すジュリアに、シグのジュリアを抑える力は緩んだ。