どうにもならないよ
「何とかなるよ」
「ならないよ!」
俺はジュリアから差し伸べられた手を振り払う。
赤い夕日が沈む。
今日もいつもと同じ、赤い夕日が。
俺の背後ですすり泣く声が聞こえてくる。
だけど、どうしようもない。
どうしようもないんだ。
人間、皆平等なんて嘘だ。
俺はそれを知っている。
皆で俺をバカにする。
スキルの使えない無能者、役立たずと。
俺は魔術なんて使えない。
剣を振るう力も無い。
どんな技も、生きるための術も無い。
だって誰もが持つスキルを一つも持っていないのだから。
皆の目が冷たい。皆の目が俺を責める。
俺はそれが悔しくて悔しくて。
足掻いて。何とかしようと頑張って。
それでも駄目だった──。
スキル持ちにはかなわない。
俺が一生懸命運ぶ荷物を<<筋力倍増>>のスキルを使って余裕で持っていく。
またあるものは<<遠隔操作>>のスキルで触りもせずに即移動。
俺が人気の火炎魔術を学ぼうとしても<<魔術習熟>>のスキルが無いので門前払い。
打つ手無し。
俺に活躍の場なんて、どこにも無かった。
そして未来への希望も、どこにも無い。
ジュリアがいくら泣いてくれても、俺には答えることはできない。
◇
「うわぁ!?」
右の頬に傷みが走り、俺は教会の中庭に転がる。
草の汁の臭いの中に鉄の味が混じった。
「おいアレフ! この役立たず!」
靴がめり込み脇腹に痛みが走る。
「やいアレフ! お前どうして生きてるんだよ!?」
腿を踏みつけられ痛む。
「お前なんて出て行けよ!」
「街から出て行け!」
悪ガキどもがこれでもかと俺を蹴りつけ踏みつける。
逆らっても無駄だ。
相手は<<戦士>><<頑健>>スキル持ちのガイム。きっと未来の闘技場ではヒーローだ。
そしてもう一人は<<戦士>>スキル持ちのラルス。こちらも立派な兵士になれる。引退しても鍛えられた肉体で工事現場で大人気だろう。
この孤児院から皆旅立つ。それぞれの夢に向かって。
それに比べて俺は──。
◇
王都から俺の過ごす教会経営の孤児院に鑑定士がやって来た。
その黒髪の少女、ジュリアは俺に向けて微笑んでみせる。
艶やかな黒髪のポニーテイルが揺れていた。
「今日は鑑定士さんに見てもらえる日だねアレフ」
「そうだねジュリア」
鑑定士。
この世に生れた者には等しく神からスキルが与えられる。
それは生活に役立つものであったり、冒険に役立つものであったり。
人それぞれ、さまざまだ。
また貰える数も違う。
一つだったり、運の良いものは三つだったり。
それを見定めるスキルを持っている人物が鑑定士だ。
彼らは王都から街々を回り、十二歳を数える頃には皆、自分のスキルを知る。
そしてそのスキルに沿ったものを学び、人生設計を立てていく。
今日はこの街に鑑定士がやってきた。
そう。ついに俺達に自分のスキルが知らされる日がやって来たんだ。
部屋から出てきたジュリアが飛び跳ねながら俺に伝える。
「聞いてアレフ! 私、<<神聖魔術>>だって! 他に<<魔法習熟>>もあるんだって!」
「良かったね。凄いじゃないか。じゃあ、将来はプリーストだね!」
「うんうん! それよりもさ、……次ぎアレフの番だよ?」
「ドキドキするよ」
「良いスキルだと良いね」
「うん!」
◇
白い部屋だった。
そこには鑑定士のおじさんが一人。
俺の顔を見た鑑定士のおじさんは一瞬で目を見開く。
俺の心臓が跳ねた。
でも、おじさんはゆっくりと首を振る。
「君、良く聞いてくれ」
「俺のスキルは何なんですか!?」
「……無いんだ」
おじさんは苦しそうに声を搾り出す。
「ぇ?」
「落ち込まずに聞いて欲しい。君はスキルを持っていない」
「ええ!?」
おじさんは何故か苦しそうだった。
俺もなんだか悲しい気持ちになってくる。
「俺のスキルは……無い、の?」
「極めてまれにいるんだ。神様がスキルを配らない、スキルを持てない人間が。でも落ち込むことは無い。努力、勉強、体を鍛える。色々出来る事はある。何とかなるんだ」
「でも、でも!」
「落ち込んじゃいけない。諦めちゃいけないよ?」
「俺にスキルは無いのかよ! 神様なんて嫌いだ!!」
気づけば俺は、走り出していた。
◇
世界が歪む。
俺は通りを走り抜ける。
道行く人にぶつかり、突き飛ばし。
そして、いつもの丘に来ていた。
夕日が沈む。
赤い夕日が。
いつもよりも赤く見えるのは気のせいだろうか。
いつもよりも大きく見えるのは気のせいだろうか。
ああ、世界なんて今日で終わってしまえば良いのに。
何もかも、滅んでしまえ。
「やっぱりここにいたんだ」
息を切らせてやって来た。
お節介。
この声はジュリアだ。
「スキル……無かったんだって?」
「そうだよ。将来のプリースト様は無能の俺を笑いに来たのかよ!」
「違うよ。スキルなんて無くったって、アレフはアレフだよ」
「そりゃそうさ。俺は俺だ。だからなんだよ。でも、もう俺は終わりだ」
「終わりじゃないよ!」
「どうしてだよ。スキルが無いんだぞ!? みんな持ってるのに! 俺だけ無いんだぞ!? どうしたら良いんだよ!」
「何とかなるよ」
「ならないよ!」
俺はジュリアから差し伸べられた手を振り払う。
オレのために泣いてくれるジュリア。
でも、伸ばされた手は俺に届かない。
ジュリアの輝きは俺に届かない。
夢が、希望のかけらが砕け散る。
本当に、死にたい。
これから俺は、どうやって生きろって言うんだ。