罪も愛もまだ知らない。
下を向くのはもうやめた。
自分を蔑むのももう終わり。
この恋は捨てないときめたのだからーーー
崖の上にそびえ建つこの塔から見る景色が全てだった。
美しく深い森がなだらかな稜線を描いて連なり、眼下には瑞々しい若葉と幾千の花弁の上を可愛らしくさえずりながら小鳥たちが飛び交っている。
ときおり強い風が吹き、私の髪を弄ぶ。
秋の初めの冷たい風が心地良い。
空は晴れ渡り、澄みきった空が私を見下ろしている。
穏やかで優しい風景。
この鮮やかな緑の中で、異質なほど白い塔はさぞ映えるだろう。
濁りのない、いっそ神聖さを感じさせる白。
この壁を私の血の赤で染めたなら、きっとあの人のところほど遠くても目に止まるだろうか。
きっとものすごくガミガミ言いながら、ああ、怒るのだろうな。
唇が微かに弧を描き、そして私は飛び降りた。
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レディ・エスティダ。
数代前に公爵までのし上がったという、かの女主人が造りあげた美しい街だ。
路面にはレンガが敷き詰められ、両側を花や蔦が囲った店が立ち並び、ドレスを着た淑女や紳士が行き交う。
馬車が走る大通りの両側にレンガがうすい桃色一色の歩道があり、薔薇売りの少女達が世間話に花を咲かせている。
そう、とても美しいままだーー薔薇の散り際でさえも。
薔薇売りの少女のうち一人が、恰幅のよい紳士に…いや、その表情は上等な服を着た豚だが、腕を引っ張られ裏路地へ連れて行かれる。
周りにいた少女達は付添いの執事らしき男から騒ぐなと口止めをされ、傍らを行き過ぎていく大人達に目線で助けを求めるも、次々と無視されてゆく。
ようは当たり前の日常なのだ。
身分がものをいう貴族社会の中で小鳥が一人どうなろうと首を突っ込むものはいない。
普通なら。
少女達の前でピンクがかった金髪が煌めいた瞬間、口止め料を渡そうとしていた男が床に伏していた。
「あの子はあっち?」