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寝室をこっそりと抜け出すと、廊下(洞窟)の壁で青い炎が揺れていた。確か寝る前は赤い炎だった気がする。夜中と日中を区別するものはこれと時計ぐらいしか無いのか…。と、俺は右手の目覚まし時計に目を落とした。
それはベッド脇のランプの近くに置かれていた物で、文字盤には宝石が埋め込まれていた。そして、針は一時半を示している。
俺は、同じく寝室で見つけたメモ帳とペンで地図を書きながら、ある部屋を探していた。そう。それは、フェルナンドの寝室だ…!なにをするか。決まっているだろう。寝起きドッキリだ!昨日会ったばかりの子供に、朝の一時半からドッキリを仕掛けるのはどうかと思うが、気にしてはならない。魔王という絶対に怒られない立場から部下を驚かせる…。最高に良いじゃないかこれ!
そういうわけで俺は『ウィスキー三世』と書かれた扉を開けた。自分の寝室からそう遠くなくて本当に助かった。
「おっじゃまっしまーす」
静かな声で言い、ベッドの近くまで忍び寄る。ベッドが見えたのは、俺の寝室と同じようなランプが近くに置かれているからだった。…だが、フェルナンドの姿を見て、俺の動きが一瞬固まった。
青い星柄のパジャマを着ているところまではいいのだが、なんと、あのフェルナンドがあの健康食品の『ウコン』の形をした抱き枕を抱いて寝ているのだ。しかも、ショタコン女子が見れば一瞬で気絶するレベルの可愛さである。つまり男子も認める可愛さであるということ。
そのまま俺は衝撃に固まっていた。すると、気配に気づいた悪魔さんは目を開けるわけで。
「魔王様?」
ぎゃあああああああ………!?やっちゃったああああああああ……!!
とりあえず俺は何故か床に正座させられた。逆にフェルナンドはベッドの上に座り、俺は見下ろされる位置になってしまった。魔王ってこんなことされるんだね。知らなかった。
「夜這いとかいうやつですか。そうですか」
ナゼそうなる。断じて違うぞ。
「は?違ぇよ。つかお前意味知ってる?」
「知りませんよ。え、知ってるんですか。魔王様知ってるんですか」
なんだよ、驚くだろ!いろんな意味で!フェルナンドはなんか知ってるような言い方をしているが、本当に知らなそうだしガキなので意味は伏せておこう。
「まあいいだろ。で、その抱き枕ナニ?」
俺が言うと、フェルナンドは今更になって気づいたようで、咄嗟に抱き枕を後ろに隠した。
「いえ、これはその…。なんでもないんですよ。アハハ…」
明らかに怪しい。嘘を吐いている事が丸分かりの笑顔の横で冷や汗が光った。
「もしかして…それが無いと眠れないとか?」
「…そ、そうですよ。悪いですか?だってボクまだ子供ですからね。わ、悪いですか?」
わお。まさかと思って言ってみたが、なんと正解して開き直られた。だがフェルナンドが顔を真っ赤に上気させて言うので、逆に面白い。だから俺はわざとらしく言ってみた。
「そうだな。子供だから仕方ないもんなー。『子供』だからなー」
昼間に『ガキ』と言われたお返しだ。言い返したらそれは最初に言ったやつと同等だとか言うが、俺の選択肢に『言い返さない』という言葉は無いのだ。ドヤ。
自分で言って笑っていると、急に何か閃くものがあった。命名の神様降りてきたみたいな。
「よし。名前思い付いた」
「え…」
フェルナンドの顔は絶望の色に染まっていた。まさか、『抱き枕』をネタにされるのではないか、と。お、俺心読める術身に付けたか?違うだろうけど、その通りだ。
「フェルナンド、お前は今日から『左近』だ!」
「完全に『ウコン型抱き枕』ネタ使ってますよね!?終わった…!悪魔族終わった……!」
間違ってはいない。俺がボソッと呟くと、旧フェルナンドはベッドにうつ伏せになった。下手すれば窒息するぞ、おい。それに、名前の話はまだ終わっていないし悪魔族も終わらせないからな。俺は立ち上がって旧フェルナンドの肩に手を置いた。
「それと、代々名前を受け継ぐっていうのは無し!」
「な、なぜですか?」
「いらないから」
一瞬で旧フェルナンドは仰向けになった。だが、その『わけわからん』という気持ちは俺も同じである。そんな伝統なんて意味無くないか?
「……『左近』、ですか。なんだか一気に和名になりましたね。悪魔族の左近…。ありがとうございます」
「え?ああ、どういたしまして?」
最後が疑問系なのは、左近がいきなり素直になったせいだ。左近の表情は和らいで、心なしか顔も緩んでいる気がする。ていうか、やっぱり名前変か?
寝起きドッキリはできなかったので明日やるとして、俺は寝室に戻ろうとした。…が、ポケットに突っ込んでいたはずのメモが無い。
「あ、ここで寝てもいいか?道わかんなくなった」
「いいですよ。仕方ないですねー」
嫌な顔一つせずにスペースを開けてくれた左近には違和感があったが、昨日会ったばかりの奴にそう思うのもどうかと思う。
正午。大の字で寝る左近の下(床)で俺が眉間にシワを寄せて寝ていたのは言うまでもない。