第九話「一万と二百余り分の一夜」
十数年前はコンビニに寄れば入り口でたむろする他校の不良にガンつけられて、品物買ってコンビニを出ればそのまま連行されて返り討ちにするのが日常だった。要はコンビニ行くだけなのに普通には帰れないということだ。
さすがに最近ではそんなこともなかったが、今になってコンビニに行くのが命がけになるとは思わなかった。
特に行くあてもなく、再びぷらぷらと歩いているとすぐに夜になってしまった。日は多少長くなったとはいえ辺りが暗くなるのも一瞬だ。電気がまだ通っているので点けっぱなしの街灯や店を閉めずに避難したような店はまだ電気が点いている。
閉める余裕すらなかったことを考えるとこの地域でさえただ事ではなかったことがうかがえる。
泊まる場所は失ってしまったが、それくらいどうってことはない。なにより優先すべきは腹の虫だ。近くにコンビニがあることを思い出してその方向へと向かう。
「あーくそ、やっぱ夜はさみーな」
白い息を手に吹きかけてこすり合わせる。そろそろ日中は暖かいのだが未だに夜は冬の気候そのままだ。
木刀を腕に挟み、ポケットに手を突っ込みながらじゃないと手が悴んで仕方ない。
近くのコンビニは住宅街を抜けた通りにあり、ここからは暗い夜道を歩かなくてはならない。状況が状況なだけに目を凝らしながらいつもより少しだけゆっくりと進む。
曲がり角を曲がった先で街灯に照らされる人影を見た。人影はその場にとどまりふらふらと揺れている。どう見たって連中だった。
それなりのスピードで歩いたまま通り際に頭を叩き割る。……未だに頭めがけてフルスイングは感覚的に慣れない。一瞬手が止まりかけたが勢いに任せて腕を振り抜く。
電柱に頭の中身がべしゃりと飛び散る。
「うっわ」
その光景に思わず目をしかめる。まだ外が暗くて良かった。こんなんはっきり見るなんて俺でも勘弁願いたい。
住宅街を抜け、通りの中でもひときわ大きな光を放つコンビニに着いた。駐車場で身を屈めて店内の様子を見る。入った途端いきなり食いつかれたらたまったものではない。
陳列棚からたまに頭が見えるので、一体は確定だろう。
危険ではないことを確認したうえで木刀を構えたまま入店する。店員がいれば一発で通報モンだ。
外から見た通り陳列棚に隠れていたスーツを着た背の高い中年が、商品を見るでもなく床を見つめたままでぼーっと突っ立っている。
背後から忍び寄り頭に思いきり木刀を振り下ろす。
男は床に思いきり倒れ、割れた頭から血がどくどくと流れ落ちるも、地面に手をついてゆっくりと立ち上がろうとするので、もう一度木刀を振り下ろす。
黒い血とともになまめかしく光る固形物が綺麗に清掃された床に流れ出す。
「あぁ……くそ……」
はやくこの光景に慣れなくては。どこの国に行けば日に何度も他人の頭をぶち割る組織があるのだろうか。日本じゃまずないだろう。知らねえけど。
なるべく死体を見ないように店内のものをかごに詰めていく。すでに何人かが立ち寄ったようで閉店間際のコンビニみたいな品物量だった。
とりあえず食えそうなものはかごに詰め、普段食わないような甘ったるい菓子類もかごにいれていった。
レジを越えて煙草も物色する。こういう時こそ嗜好品がものをいうのだ。あとで酒ももらっていこう。
コンビニを出て、昔のように地べたに座って煙草を吸う。白い息と煙が交互に吐き出されて自分が何かの機械になったような気さえする。シュゴーと機械音を真似ながら煙を吐いた。さすがにむせた。
誰もいないのに何かを照らそうと必死な田舎の街並み。昔から過疎化が進行しているとは言っていたがそれは目に見えるほどでもなかった。みんなどこに行っちまったんだろうか。
暖かい缶コーヒーと煙草とおにぎり数個で腹は満たされてしまった。あとは酒でも飲みながら一晩泊まれるところを探そう。案外ラブホテルが安全だったりして。
さぁ行くかと膝に手をついて立ち上がったところで何かに引っかかって思い切り倒れる。駐車場に落ちていた小石の先端が手に刺さって血が流れた。大丈夫、俺のは赤かった。
「ったく、何に引っかかったんだ……」
後ろを振り返って確認する。その瞬間、恥ずかしい話だが体が強張ってしまった。這いずりながら近づいてきた連中の一人が今にも足首に食らいつこうとしていた。
「のわっ!!!!」
後ろに飛び上がってどうにか回避できたのはいいが、しりもちをついて転倒してしまった。足首を掴もうと必死で手を伸ばしながら近づいて来る。
コンビニの照明に照らされた奴の顔は既に血だらけで顔も半分潰れていた。幾度か足を掴まれそうになるが、なんとか立ち上がり木刀を構える。
潰れているのは顔だけではなく体も同じだった。腹から下が無く、尻尾のようにはらわたをうねらせながらゆっくりとこちらに這って近づいてきている。
立ち上がってしまえばこっちのもので半分潰れた頭をバランスよく、もう半分潰すことは容易かった。
見れば腕の肉もほとんどこそぎ落とされ、神経が通っているのかどうかも怪しいくらい筋肉と骨が露出している。
明らかに連中の食べ残しだった。
ふらふらと歩いて来るならまだしも、こうやって這いずったまま近寄ってこられるとなると気づかなければ足を失っていたに違いない。
あの時立ち上がっていなければ……。すこしだけ自分の心臓の拍動が早くなったのを聞いた。
真夜中、ついにまともな寝床は見つけられず道路に乗り捨てられた車の後部座席で寝ることになった。キーは付いていないがカギはかかっていなかったのがせめてもの救いか。災害時に車を止めるときにはキーをつけたまま止めろと車校で習わなかったのか。まぁ、このご時世だし車は盗まれたくないか。
窓もドアも締まっているのに車の中はどうしても寒く、夜中にたびたび起きた。はやく朝になってくれと寝ぼけ眼で思いながら再び眠りにつくの繰り返し。このままずっとこの生活と言うわけにもいかないだろう。
寒さで再び目が覚めて、助手席に乗せた品物いっぱいのかごからはみ出る甘ったるそうなお菓子が目に入る。
「……はやく朝にならねぇもんかな」
組を失って俺にはとうとうなにも無くなってしまった。それでも何かをしていたくて、やるべきことが欲しくて、今は自分の成すべきことに思いを馳せることでどうにか生きている。
未だ明けそうにもないフロントガラスの向こうの夜を眺めてから、再びまぶたを下ろした。