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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
DEAD ZONE
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第八十七話「Remember Me」

 私の目の前には無垢な少女たちが映っている。彼の部屋のソファに座り、彼女たちは私の顔を呆然と見ている。

 既視感のある表情。だからこそ私は注意深くその瞳にどんな感情が芽生えているのかを考える。


 悲しみか、絶望か。

 それとも、拒絶の瞳なのか。


「……三上さん、」昨日、雨宮君に薬を渡しに一度外に出た彼女が尋ねる。「もう一度言ってもらえますか」


「ああ。うん。……気持ちは分かるよ」死は認めたくないものだから。「でも気をしっかり持ってくれ」


「雨宮君は昨日転化して死んでしまった」


 彼女たちが息を飲む音さえ聞こえるほどの静寂が、事実を受け入れようとしない彼女たちの周りに漂っている。飲んだ息が吐かれることも無いような静寂。誰もが、まだ小学校にもあがってないだろう小さな彼女ですら声を上げることはない。

 雨宮君の死を聞き、うろたえながらも悲しむ彼女たちの姿が私の想像に難くはなかったが彼女たちは口を閉ざしたまま私の姿を目に入れたままでそんな挙動すらない。


 そんな彼女たちはたったいま現実を受け入れるために戦っているのかもしれない。

 

「……これからどうするか、少し落ち着いたら話そう。君たちの、仲間の事もある」


 私は彼女たちに時間を与えるため、玄関の外へ歩き出す。

 振り返り、もう一度彼女たちの瞳を覗き込む。うつむき、光を遮り曇る彼女たちの瞳の中で、私を睨みつける鋭い瞳の持ち主がいることに気づく。二つ結びの小さな彼女。


 紛れもなく、幾度も目にした敵意の表れ。拒絶の瞳。


「藤宮さん……。仕方がなかったんだ。ああするしかなかったんだ。……ああするしか」


 彼女たちには雨宮君の意志を継いでもらう。私は雨宮君の希望通りに彼女たちとこのアパートを出て彼女たちの仲間と落ち合う。そうして彼らとともに安息の地を目指す。

 雨宮君は言っていた。「彼らは信用に足る人たちだ」と。守るべきものがあり、支えあう人たち。私たちに足りなかったものはまさにそれだ。私には圭一がいたが、彼らには何もない。自己を優先し、追い込まれれば仲間をも殺せる。全滅して当然なのかもしれない。


 薄雲が広がる空を見上げて淡い期待に胸を馳せる。


 私はもう裏切られることは無い。











 信仰心とは縁遠かった。十二月にはイエスの誕生を祝い、年が明ければ神社に祈願に行く宗教に微塵の関心も持たない多宗教国家の一人。俺もまたその一人だった。

 目を覚まし、畳に流れた自分の血と頭でうねりをあげる鈍痛に自分の生を感じた時、自分は自然と神様のような絶対的な存在を思い、それに心から感謝した。それがいわゆる神様なのかは分からない。奇跡、偶然。ともかくいずれかの巡り合わせの存在を確信することができた。


 見上げた先にある窓からは薄く外の光が差していて、とりあえずは一夜が明けてしまったことを確認する。

 一度体を起こして、頭の中で荒波の中の小舟のように揺れる痛みとともに状況を整理する。


 底のしれぬ計画性を土台に彼が用意した突っ張り棒につまづいた瞬間、俺は走馬灯ではなくこの部屋に横たわった死体が頭に浮かんでいた。

 頭をぐしゃぐしゃに潰され、面影などはるか遠くへ飛んで行った彼らの姿。一度彼に敵対視され殴られてしまえば一握りの希望も潰えてしまう。……そのはずだった。


 なぜ彼はそうしなかったのか。考えられる原因は複数ある。

 俺が逃げるだけで、抵抗しなかったこと。彼の一撃で瞬間的に深い眠りについたこと。いずれも説得力のないものだったがとにかく俺は生きている。


 だが、都合が良かったのはそれくらいだ。仲間は危険に曝されている。

 後悔を余儀なくされる俺のミスで。

 

「……最悪だ」


 おそらく俺の言いつけ通りに最上は三上さんが危険な人物であるということを仲間に知らせているだろう。夜逃げする準備を進めて俺の訪問を全員で待っていたに違いない。

 危険だという認識を持ってもらうことは必要だったが、とにかく今はタイミングが悪すぎた。下手な警戒心から仲間が俺の二の舞になってしまっていないことを心の底から神様に祈るしかない。


 もしくは俺のことなど置いて逃げて行ってほしかった。


 後悔は濁流のように流れ込む。


「俺がそっちに向かわなくてもお前たちだけでも逃げ出してくれ」どうしてそれを言えなかったのだろう。いや、考えもしなかった。それを最上たちは拒むだろうということは頭の隅で分かっているから。

 どのみち、明かりのない夜道を今度こそ武器も持たずに俺抜きで歩くなんて彼女たちにさせたくはない。


「後悔してる場合じゃないよなぁ」


 いずれにしろ時間はないのだから。


 彼は感染している。進行の具合が遅いとはいえもう間もなく彼は本当に自我を失って食屍鬼と化すだろう。とはいえその方がまだマシなのかもしれない。彼のいる部屋に最上達さえいなければ。なので彼をこちらの部屋に向かわせる必要がある。

 

 自分が隣の部屋に赴くという選択肢もあるだろう。


「まさか、君が生きていたなんて……!」


「詰めが甘かったな山本さん!!悪いがあんたの計画もここでおしまいだ!!」


 頭の中で展開される漫画的なやり取りを打ち消す。きっとこう都合よくはいかない。

 実際に俺が隣の部屋に向かっていったとして、それから先が想像できないのだ。彼が正気を失っているから。何をするか分かったものではない。

 ドアを開け、俺が仲間と彼の前に立った瞬間、おもむろに仲間の誰かがバールで殺されてしまう想像が脳裏をよぎっている。

 必要なのは、こちらが意表をつかせること。


 ひとまず俺は足音を立てずにふすまの向こう、圭一君の眠る部屋へと赴いた。





「先パイが死んじゃったって本当ッスか」


 部屋に戻ると、先ほど私を睨みつけた彼女が瞳を震わせながら尋ねてきた。そこに敵意は無いように見える。


「……ああ。辛いかもしれないけど、これが現実だよ」


「じゃあ、証拠……先パイの姿、見せてくださいッス」


「……結衣ちゃん」


 ぐいと前に出る彼女を、彼女とよく似た有沢さんが止める。


「……駄目だよ。きっと、いつまでも記憶に残る。身近な人の死は、とくに変わり果てた人の死は君の心を一生傷つける。私だってそうだ。だからこんな思いを君にはさせたくない」


「でもそれじゃあ……」


「結衣ちゃん。大丈夫だよ。きっと大丈夫だから」


 有沢さんはそう言って彼女を抱きしめたあと、耳元で何かを囁く。彼女は涙ながらに頷いて力なくソファの上に座る。私もそれに続いて深く息を吐いた後でこれからの計画を彼女たちとともに練ることにする。


「……それじゃあまず、ここから出てどうするか決めよう。それとあと一つ、この中の誰かが噛まれたときのルールを決めようか」





 数枚の写真が机の中の学習ノートの中から出てきた。相も変わらずに彼の写真を探していた俺はすでに何度も見た机の中まで探していた。その甲斐あってのことだ。


 こんなことをしている暇はきっとない。すぐにでも行動を起こしたいのはやまやまだが、いかんせんいい考えもやっては来ない。パラパラと畳の上に落ちた写真を拾い上げて合計四枚の写真を見ていく。


 一枚目は暗闇に映った何かの閃光。映りが悪いのでそれが何なのかを理解するまで数秒かかったがこれが夜空に放たれた花火であることを知る。

 二枚目の写真は時系列で言えば一枚目よりも前なのだろう。

 おそらくは市の端にある広い土手っぷちだ。陽が落ちたあとの淡い群青の空をバックに五人の男女が嬉しそうにピースをしている。写真の奥には浴衣姿の人がちらほら映っていて、この写真を撮られたのが毎年行われるここいらでは有名な花火大会の会場であることが分かる。

 男三人に女二人。どれが圭一君なのかはもちろん分からない。写真の中で笑う彼は今もこうして、隣で横たわっているというのに。


 三枚目の写真は二枚目の写真からそう時間が経っていなさそうだった。

 薄暗い空、灯った屋台の照明。人ごみの中、手をつないで歩く二人の男女。青いTシャツの彼と白地の浴衣にピンクの花が舞う彼女。二枚目の写真と照らし合わせると、二人は確かに隣り合っている。


「……彼女がいたのか」


 リア充め。けれどその姿すらほほえましく、切なく、彼の無念を思うと悔しさすらこみ上げてくる。

 

 なんだかやりきれなくなって四枚目の写真を手に取る。


 一枚目と変わらぬ花火の写真。けれど、一枚目のものとはうって変わってそれは綺麗に映りこんでいる。通常ならただの閃光で終わってしまうはずの花弁にピンクや緑の色がついて、写真に収められているのだ。その花火をしっかりと目に焼き付けた後で、俺はもう一度圭一君の写真へと戻る。


「……君の姿が見れてよかった」


 でなければこうも強い思いが芽生えることはなかっただろう。


「ありがとう、覚悟が決まったよ」

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