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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
DEAD ZONE
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第八十三話「蜘蛛の糸・2」

 私の部屋に仲間が集ってから四日ほど経ったが食料については数日の間なら問題ないように思えた。各々が生き延びるための量は確保しておいたらしく、部屋の隅にまとめられた食料の入った箱や袋は軽い山積み状態になっている。一応、一日の始まりのたびに今日摂取する分の食糧を朝昼晩と決めてある。根本の言葉を借りるのなら何事も計画的にだ。団体で行動するのならそれは絶対条件だろう。


 私はその日の朝用に分けられた栄養補給のゼリーを吸い、矢木から譲ってもらったバールの感触を確かめる。ところどころ錆びついているそれは物置の奥から久方ぶりに取り出してきたようなもので、耐久力を心配せずにはいられない。おまけに先端には黒い血がこびりついている。


 矢木曰く「俺がゾンビを倒した唯一の武器」で「その安定感はこの武器を手放せなくなるほど」らしい。

 そんな上手い宣伝文句とともに矢木はこのバールを手放して私に譲ったのだ。代わりに彼の足元にはさすまたが置いてある。

 胸に去来していた希望に影がかかったのを感じて、私は読み通した記憶のない文庫本を手に取りページをパラパラとめくった。


「いつ行動を開始するんでしょう?」


 目黒は眠りから覚めやらぬような、間の抜けた声で私と根本を交互に見る。


「行動?」


 私は呆れたように聞き返す。


「……あの、スレッドの活動見て、集まったんですよね?俺たちもう、写真を撮って活動を宣言したわけですから……」


「でも一応締めの報告はしましたよね。こっからはゆっくりでもいいと思いますけど」


 矢木の言う通り、救助活動の基本的なルールとして最初にメンバーの顔写真を撮り、救助が成功したらもう一度写真をあげるというのがある。私たちは既に親子を救助し、彼らとの写真をあげたので一応は活動の終了として扱っても問題はないのだ。


「……本当にそれでいいんですかね」


「何か言いたいことがあるならはっきり言ってくれないか?」


「……あ……いえ」


 この男の言動は私をいちいち苛立たせる。つまりは「こんなものではしょうがないから、もっと手足を伸ばして英雄にのしあがろう」と言いたいのだろう。ため息をつきたくなるほどに愚かだが、それ以上にはっきりとしない物言いがこの苛立ちの原因だ。

 彼のような愚図がもう一度外に出ようものならすぐに噛みつかれ、嫌だの死にたくないだの泣き言を散々わめいてゾンビをおびき寄せるに決まっているのだ。愚図は往々にして聞こえの良い言葉で周りを煽ってみては周囲を危険に曝す。相手にするのをやめて私はようやく見つけた見覚えのあるページから読書を再開する。


「……実際集まったはいいが生存者を探すことから始めなければならないのがな。気持ちは分かるがそのために不必要に動きたくはない」


「そうですよね……でも、誰か、皆さんこのあたりに住んでいらっしゃるなら、知り合いの安否とか気になりませんか?自分はこの近くにはいないのですが、やっぱり個人だと確認に行くのも厳しい状況だったと思うんです。こうしてみなさんで集まったわけですし、心当たりのある方がいれば……」


 全員が互いの顔を見つめ不安定な沈黙が訪れる。なるほど、身内や知り合いなら助けに行くべき理由にもなるし、どこにいるのかも見当くらいは付く。だがそうまでしてこの男は救助活動を行いたいのだろうか?その際発生するリスクをまるで頭に入れていない。私にとってはやはり愚かな誘いでしかなかった。


「……父さん」


「……ああ、だがまずはみんなの意見を待とう。私たちは安全な場所に連れて来てもらったんだから」


 親子は極力声を抑えようとしていたらしいが沈黙が場を満たす狭い空間でそれが全員の耳に入ることは必然だった。


「誰かこの近くに?」


 気を使わせまいと根本が尋ねる。


「あ……いや……その……私の母が。市内なんです。迷惑かかるからって同じ市内だけれど実家に戻るのは避けて息子と二人暮らししてるんです。でも……ここよりももう少し駅の方に近いので……言いたくはないですけど、おそらくは……」


「いや、滅多なことを言うもんじゃない。行こう。そう思うならなおさら早い方が良いに決まってる。けどあんたは息子も連れてるし、俺らと同じ志願者じゃないから場所さえ教えてくれればここにいてくれても構わない」


「いえ、さすがにそういうわけには……!圭一も十分大きいですし、一緒に付いて行きますよ」


「そうですよ!俺もなんとか戦えると思います」


 威勢よく立ち上がる彼の姿に私は心を掴まれる。虚勢すら張ることのできない目黒とは大違いだ。


「……分かった。じゃあ決まりだな。くれぐれも気を付けてくれよ。特にあんたら二人が噛まれるようなところは俺は絶対に見たくない」


 目黒の無計画な案のまま行動するのなら私はこの場から動こうとは思わなかったが、まだ若い彼のためにならと文庫本を置き、ハンガーに掛けてあったコートに腕を通す。各々がぞろぞろと準備を整えて私たちはアパートの外へと繰り出した。









 ゾンビとの戦闘は想像を絶するほど過酷だった。彼らがアンデッドであり、死ににくいというのも一つだが、俊敏さが欠片もない代わりにどの個体でも人並み以上の力を持ち合わせている。リミッターが常に外れている状態と言えばいいのだろうか。

 振りかざされる刃物や鈍器に無抵抗に体を文字通り削られることもあれば、反射的にそれを掴み、振りほどくことが困難なくらいに掴まれることもある。何度手に持ったバールを手放したことだろう。


 ゾンビに握られたバールを振りほどこうと躍起になる私を彼らは片腕の力だけでいとも簡単に引き寄せてみせる。大の大人が人間の形をしたものに体を持って行かれることに肝を冷やし、いつしか私は武器を掴まれると反射的に手放すようになってしまった。


 周りはどうなっているのだろうか。見回した先に広げられたその光景に私の頭の先で青白い火が灯り、瞬間的にはらわたが煮えくり返りそうになった。


 手に持った釘バットの釘が何本か抜け、歴戦の戦士の面影を徐々に失いつつある根本。その前方では身内を助け出そうと親子が角材に何本も釘を刺して作った武器で立ちはだかるゾンビと応戦している。


 根本の後ろでは随分と威勢の良い鉈を持って前線に加わらない柏木、さすまたを構え、あろうことかゾンビを背後に押しやる矢木。さらにその後方では押しやられたゾンビにスコップを抱えたまま遁走するどうしようもない愚図の姿。いや、もう彼らを愚図どもとしてまとめてしまってもよいだろう。


 ため息をつくことすらもったいなく思えて、私は別に相手にしなくてもよい距離にいるゾンビの元まで赴き半ば中途半端な距離から殴り掛かる。当然バールは相手に掴まれるが私はあっさりとそれを手放し、目の前の彼を思い切り蹴とばす。


「目黒君!!」


 無用の長物であるスコップを彼からぶんどりたかったがそれをグッとこらえて彼を呼ぶ。


「はい!!」


「私の武器が奪われた!君の手で取り返してくれないか」


「ええっ!?」


 私の背後で起き上がろうとするゾンビを指し彼に武器の奪還を委ねる。期待はしていないが、もしそれすらできないのなら私以外の仲間からも使えない人間として扱われることだろう。愚図なのだからいっそのこともうここで噛まれてしまってもいい。


「武器を無くした私にはもう彼の相手はできない!見たところ君の武器の消耗が一番少ないようだ!君に任せるぞ!」


 とっさに駆けだした根本も私の言葉を聞いてその歩みを緩める。理には適っているのだ。決して意地の悪い頼みではない。


 目黒は形だけでも意を決したらしく、仰向けで地面に膝をつくゾンビの腰を何度もスコップで叩くが鈍い音が体から響くのみでバールを握る手はおろか彼が立ち上がることを簡単に許してしまう。


「目黒さん!頭だ!!頭を狙うんだ!!」


 柏木が大きな声で叫ぶが恐怖に煽られる目黒にその声は届かない。非力な腕をどうにかして伸ばしゾンビとの距離をはかるくらいしか彼には出来ていない。

 全く呆れたものだ。予想はついていたが。


「君の手に握っている物はなんだ!どうしてそれが使えない!!」


 罵声を浴びせながら私は彼に歩み寄る。たかがゾンビ一体武器がなくとも倒せるだろう。全くどうしようもない愚図の君にもみせてやる。君が生き残ったのが不思議でしょうがない。

 私の心は昂っている。私は生き残れる。証明してやる。


 ゾンビとの間合いに簡単に入り込み、私は足を振り上げ、先ほどと同じように蹴り飛ばすつもりでいた。


 しかし足を振り上げるよりも先に、側頭部に重い一撃が加わる。重心をしっかりと保っていなかった私はいとも簡単に地面へと打ち付けられ天と地を逆にされる。

 何が起こったのかも、何が起こっているのかも分からない私に天か地かそのどちらかからバールが落ちてくる。まっすぐに落ちたそれは私の鼻に直撃し鋭い痛みを目の奥へと放出させる。


「山本さん!!!」


 誰かの声が遠くから聞こえている。痛みに閉じた目を開けると目の前には灰色の顔の生ける屍が大きな口を開けて私の頸動脈に噛みつこうとしていた。

 

 とんでもないヘマをした。


 私の頭には早くも後悔の念が渦巻いている。


 半ば本能的に私は腕を前に突き出した。転ぶときに腕を前にして手を犠牲にするように、自然と私は腕を突き出していた。


 瞬間的に見いだせたその結果は筆舌に尽くしがたい痛みと絶叫とともに訪れる。


 そのすべてを私は認めたくはなかった。


 自分に降りかかったものだとは到底思いたくはなかった。


 私は愚図ではないのだから。

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