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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
元暴力団幹部:秋津康弘
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第八話「こわいひと」

 ただ、生きている人とすれ違いたかった。


 もともとこんな職業の人間だ。背中に刺青(モンモン)背負って、法に背いたシノギもやって、そうやって生きてきた。

 通行人はみんな俺に目を合わせないようにうつむいて歩く。若いころは自分が神様みてえで気分が良かったりもしたが、年を重ねるごとに自分は世間から疎まれるべき存在だということを知った。


 別に自分の生き方を後悔しちゃいない。もともと腕っぷしだけでまかり通るような世界でしか生きていけない人間だった。組長(オヤジ)のように頭が回るわけでもなく、だからこそ鉄砲玉のように何も考えずに敵へ突っ込むことで組に貢献できた。それを後悔なんて言う気はさらさらなかった。


 この生き方しかなかった。


 隣町のあぜ道をとぼとぼと歩く。時折数人の連中に見つかることもあったが簡単に振り切れた。

 駅の近くへ行けば行くほど奴らの数も多く、郊外へ行けば行くほど少なくなる。これくらいは俺にもわかっているので田んぼの中を歩いて進むしかなかった。


「……あれは……案山子か」


 だんだんと日が低くなっていく。田んぼは確かに安全だが、突き刺さる案山子と連中をよく見間違う。連中かと思えば案山子だし、案山子かと思えば泥に足を取られる連中だったこともあった。


 これから日が沈めばここら一帯は電灯も無いので暗くなってくるだろう。当然周りが見えないことほど危険なことも無い。日が沈む前にここを出て安全な寝床を探したかった。




 土手っぷちを登り民家の方へと向かう。途中乗り捨てられた自転車を見つけ、サドルにまたがりキコキコ漕ぎ始める。

 

 風が冷たく吹き、どこからか学校のチャイムが聞こえ、街の電灯が明かりを灯す。

 笑っちまうくらいいつもの夕暮れの景色だった。



 小さな公園の前で自転車を止める。

 それまで連中の影すら見えなかったのに数時間ぶりに人影を見た。


 自転車から下りてその影に目を凝らす。ブランコを漕ぐ小さな少女と目があった。

 少女は足を地面に擦り、ブレーキをかけてブランコから降りてパタパタと走り、公園で一番大きな木の陰に隠れた。


 確かに久々に見た人間だった。



「おい!一人でなにやってんだー!?おふくろと親父はどうしたー!?」


 木の陰に隠れた少女は幹から少しだけ顔を出す。


「……おじさんは……怖くない人?」


「……えっ……と」


 ヤクザには悩ましい質問だった。


「……怖い人ってどんな人のことだ?」


「人に噛みつく人。あと、車に乗って『おじょうちゃん飴あげるからこっちおいで』っていう人」


「あー……じゃあ俺はどっちでもねぇな」


「でも怖い人は『僕は怖い人じゃないよ』っていうって言ってた」


 どうやら親は随分と教育熱心らしい。


「別になにしようってわけじゃねぇよ。こんな時に一人で遊んでたら危ないだろう?おふくろは?親父は?」


「んーとね、ママはいなくって、パパがお買い物してくるって言って、でも全然帰ってこなくって、パパ待つから公園に来た」


「……今は親父と二人で暮らしてるってことか?」


「うん。ママはね、詩音を生んだ時にお空に行っちゃったって」


 おふくろが他界したということをそれまでと同じ調子で淡々と話す。生まれてからずっと親父が一人で育ててきたのだろうか。


「とりあえずここにいたら怖い人が来ちまうから、うちまで送ってやるよ。帰り道は分かるか?」


「うん!ここ曲がってまっすぐ行って曲がって曲がったら着く!」


「あー。曲がるときになったら言ってくれ」




 別に感情移入したわけじゃない。こんな状況で子供が一人でいたら親元に返すのが普通だろう。


 俺も親父にずっと一人で育てられてきた。おふくろは他の男と蒸発したとかなんとか。親父は酷く不器用な人間で、子供の俺から見たって子供を扱うのは下手だった。愛情はきっとあった。そうでなきゃ俺が不良になっても見捨てなかったことの説明がつかない。最後の最後まで親父は不器用なりに親父を貫いて、病気でぽっくり逝っちまった。


「ねぇおじさん」


「……おじさんはやめてくれねぇか。まだ二十八なんだが」


「じゃあ何て呼べばいいの」


「……あー、ヤスヒロ。ヤスヒロでいい。俺の名前だ」


「じゃあヤスヒロも私の事詩音って呼んでいいよ。私の名前」


 詩音がぴょこぴょこ跳ねながら歩く。


「パパ帰ってるかなぁー」


「……帰ってるといいな。でも親父さんに怒られるんじゃないか?」


「なんで?」


「危ないから外に行くなとか言われただろ」


「……言われたかもしんない」


「あーあ」


「ヤスヒロもごめんなさいしてくれるよね?」


「なんで俺まで謝るんだよ。自分のことくらい自分でケジメつけなきゃダメだろ」


「けじめって言われても子供だからわかんない」


「自分の事は最後まで自分でするってことだ。覚えとけ」




 詩音が先ほど言った通り、まっすぐ行って曲がって曲がってまっすぐ行って曲がって曲がってまっすぐ行って曲がった先にきょろきょろと辺りを見回す人影があった。……思ったより道のりはずっと長かった。


「パパー!!」


 俺の隣を歩いていた詩音が駆けだす。


「詩音!!」


 詩音の父親はその姿を見つけると駆け寄って詩音を抱きしめた。


「ダメじゃないか!危ないから外に出たらいけないってあれほど言っただろう」


「……ごめんなさい」


 父親の腕の中に収められた詩音がこちらを見る。ほら、言った通りだろ。


「……すいません!娘がお世話になったみたいで……」


 父親は見た目俺と変わらないくらいの若さだった。男にしては少し伸びた髪が揺れる。駆け寄って礼を言うと同時に俺を見てたじろぐ。


「あぁ、別に大丈夫だ。娘から目を離すなよ。外はわけ分からないことになってるんだからな」


 俺が話している間も俺と手に握られた木刀を交互に見て、しまいには目をそらしてしまった。


「……もうそろそろ日が暮れる。俺は隣町からやってきたんだが生存者を見たのはあんたが初めてだ。……別にこの礼ってわけじゃないんだが、一晩だけでも寝床を貸してくれないか?」


「ヤスヒロおうち泊まるの!?」


「こら……詩音!先に家に入ってなさい!」


「パパ!ヤスヒロ泊めてあげようよ!ヤスヒロは怖くない人だよ!」


「いいから……!」


 父親は詩音を家に帰したあとで目を伏せながらばつが悪そうに話す。


「……娘を助けていただいたのは本当にありがたく思っています……だけど、分かりますよね……?男手一人でこんな状況になった中、まだ幼い娘を育てていかなくちゃいけない。それに……あなたはその道の人……ですよね……それがどうこうってわけではないんですけど……」


言葉尻を濁しながら会話を進めるが、何が言いたいのか俺には痛いくらいに分かっていた。


「……あぁ……まぁ……なんだ、無理を言って悪かった。あと、別に今言ったこと、気に病む必要はねぇ。もう十年やってる。言われ慣れてきた」


「……ごめんなさい」


「謝らなくていいから」


 ポケットから煙草を取り出して火をつけたあとで詩音の家を後にする。


 バタン、と玄関の閉まる音が冬の空に妙に響いた。



「……まぁ、しょうがねぇやな」


 吐き出した煙が夜に姿を変え行く空へと吸い込まれて消えていった。

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