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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
DEAD ZONE
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第七十八話「思わぬ伏兵」

「……最初は山本さんからの誘いだったんだ」


 全員が一息ついたところで三上さんは厚手のコートをハンガーに掛けてこれまでの経緯と床のシミの理由を話し始める。コートの下に着ていた灰色のセーターには真っ黒な返り血が付着していた。


「パニックが起きてから間もないころ、山本さんが私の部屋にやってきた。私がまだこのアパートにいるってことを知っていたみたいでね。なんでもネットで集めた人たちで救助活動をするって言っていた。食料も持ち寄ってもらうからと言っていたから、私は息子と……息子の圭一と一緒に彼の部屋に来た」


「息子さんがいらしたんですね」と最上。


「……ああ」三上さんは俺たちの顔を見回して続ける「ちょうど君たちと同じくらいの歳だ。十六歳。近くの高校に通っていた」


「じゃあ私と同じ学年ッスね」


「……そうなのかい?息子を知ってる?」


「生憎知らないッス」


「そうか……」


 圭一君はこの場にはいない。その事実と彼の反応で何が起こったかは察しがついた。


「……山本さんは独り暮らしだった。だから彼の部屋に、まぁこの部屋だね。……上がったときに靴が何足も置いてあって、奥のこの部屋で賑やかな宴会が開かれていた時は驚いた。山本さんの他に四人ほど、ネットを通じて知り合った人がいてね。名前はよく思い出せないけど、みんな山本さんと同じくらいの年齢だった。いい歳したおじさんたちさ」


 失礼な話だけど圭一君はさぞその場に居づらかっただろう。


「この通りには、さっき見てもらったとは思うけれど感染者たちがまだまだうろうろしていた。だから人を救助する前に自分たちで道を切り拓こうと思った。みんなそれぞれの武器を手に取ってこのアパートを出て感染者たちを倒した」


「大変だったでしょうね」


 一言で「倒した」とはいっても、その一言の中身は酷く濃密で、命の危険がそこかしこでひしめきあっている。俺たちはそれをよく知っている。


「……ああ。そうなんだ。そこで私たちの救助活動は終わった」


 三上さんは十秒近く沈黙を続け、それから苦い表情を浮かべて、言葉が途切れ途切れになっていく。


「……噛まれたのは山本さんだった。ふいに彼が油断した隙に……感染者の歯が腕に食い込んでいた。無理やりそれを引き剥がしたはいいけれど……彼はすぐに豹変した。その場にいた二人にすぐに襲い掛かった。……それからはもう……地獄絵図さ。仲間は次々と豹変していってなんとか私たちと部屋に戻れた男も足首をやられていた。そこで圭一は彼に噛まれた。わずか一時間の間に起きた事だった」


「……ごめんなさい、私ちょっと部屋を出ますね」


 中島さんが席を立つ。無理もないだろう。

 俺は最上に視線を送り詩音ちゃんと一緒に付いて行ってやるよう示す。相変わらず察しが良い最上はすぐに頷いて中島さんの肩を支えながら玄関へと歩いていく。


「……申し訳ないことしちゃったね」


「いえ、仕方ないことです。彼女も目の前で大事な人を失っているんです。でも三上さんの話も大事なことですから、最後までお聞かせ願えますか」


「ああ、ごめん」


 この人も一緒にいた仲間を失い、家族をも失った。そしてさっきまで一人、喪失と孤独に耐えている。なんでもいいから話を聞いてあげたかった。


「男の頭を潰してから私は圭一とともに私たちの部屋へと戻った。私たちは二人、薄暗い部屋で最後まで一緒にいた。そして最後……」


 ここで三上さんは話を止めて鼻をすすり嗚咽を漏らす。俺は「もう大丈夫ですから」とも言えずに黙って彼を見つめていた。それが正しいのかどうかは分からない。


「ああ、許してくれ。……仕方がなかったんだ……」


 誰に向けるわけでも無い懺悔。それは相槌すら打てない俺たちの前で宙にあがっていく。


「私は生きたかった……仕方がなかった……!仕方がなかったんだ……!!」


 声をあげて泣き出す三上さんに俺は「思い出させてごめんなさい」と謝り、彼の肩に手を置く。震える体が反射するようにビクッと縮み上がり、彼は俺の顔を見た。紅潮した顔を濡らす大粒の涙にいたたまれなくなり目を逸らす。

 

 


 久々に感じた重たい空気に耐えられなくなり、俺は窓を開けて息を吸い込む。

「先パイ」

 シャツの裾を掴まれ、むせる。


「……声をかけてから裾掴んでくれないかな。っていうか掴むな、裾を」


「そんなことはどうでもいいんで」隣には有沢の姿もあった。「これからどうするんスか」


 二人が俺を見上げる。不安と警戒が入り混じった表情。理由は分からないでもない。俺だって不安だ。


 彼にはきっと害はない。物腰も丁寧だし、何より歳も歳だ。一緒にいた仲間たちはどうやら食屍鬼の手によって失われてしまったと言っていたし、それを裏付ける床のシミもある。

 それに男数人で暮らしていたという割に部屋はとても片付いている。人の出入りがあるのならもう少し散らかっている方が自然だろう。千葉さんたちのような問題は今回は起こらないと思って良い。

 もちろん彼の話を鵜呑みにする俺でもないので必要最小限の警戒はしておく。


 問題は環境とここにいる意義だ。

 酷く小さいアパートはすべて彼の部屋でないにしろ、一人残された彼の領域だ。偶然見つけた無人の日本家屋やマンションで過ごすのとはやはり感覚が違う。知らない他人の家でゆっくり体を休めることができるだろうか。

 それと俺たちは仲間とはぐれて今ここにいる。仲間が何をしているのかも分からない状況で再開の機会を失ってしまったら?ここにいる意味がない限りはまだ彷徨っていたほうがいいかもしれない。そんな考えも浮かんでいる。


「今日は泊まっていくんだろう?」


 随分といい、或いは悪いタイミングで三上さんが声をかける。


「ああ……どうしようか迷っていて」


「迷う必要はないよ。うちは空いてる。これから日が暮れると危ないだろう?食料もみんなが持ち寄ってくれた分があるからその心配もしなくていい。といってもやっぱり少しづつしか分けてあげられないけど」


「いえ、でも俺たちがいる分、やっぱり減っていくわけですし」


 遠慮、というよりは割と本気で断りたかった。終末世界の食糧問題は些細なことでさえトラブルになりやすい。そういう状況を潜り抜けてきた俺たちや秋津さん達ならともかく、食料の余っていた彼がそのあたりについて寛容でなくなるのは時間の問題だからだ。


「……じゃあ一晩だけでもいいからさ」


 なぜか申し訳なさそうにして本来俺たちが言うようなセリフを吐く。


「……たまには誰かと話したいんだ」


 弱気なおっさんを前に、藤宮と有沢と顔を見合わせる。二人ともなんだか拍子抜けした様子だった。





 戻って来た最上も中島さんも話を聞くとなんとも言えないような顔をしていた。「おっさんが寂しいから泊まってあげる」なんだかいかがわしい気もするが割とまっすぐに意味そのままだ。老人ホームに通う小学生みたいなものだろう。きっと彼も息子と同じくらいの俺たちと話をしたいだけなのだ。


「君は圭一に似てるな」


 イ◯アのソファの上でにこやかに笑いながら三上さんは言う。


「そうなんですか?たぶん圭一君の方がちゃんとしてると思いますよ」会ったことは無いけど。


「そうっスよ!こんなダメダメな先パイみたいなやつ見たこともないっス」


「そのダメダメな先パイに何回助けられてると思ってるんだ?」


「せいぜい二回くらいじゃないッスか」


「んなわけねぇだろ」

 

「私は二回くらいかもしれないわね」


「最上は……そうかもしれないですね……はい。二回くらいしか役に立ててないかもしれないですね」


「冗談よ」


「私は……おぶってもらって……ショッピングモールの時もおぶってもらって……」と指折りしながら有沢。


「ええっ!?ちょっと由利ちゃん!何ちゃっかり二回もおんぶされちゃってるッスか!!」


「お前らがさっさと中入っていったからパトカーから降ろしてベッドまで連れてったんだよ」


「べっべべっ、ベッド!?私の知らないところでなにやってるッスか!!不潔!!変態!!ロリコン!!スケベ!!変態!!!」


「とりあえず落ち着け。有沢が熱出してたの忘れたか?」


「それから私の熱くなってるところに手をあてて優しくさすってくれました」


「有沢ー……?ちょっとー……?わざと言ってない?それわざと言ってるよね!?どうして額に手を当てて熱測ったってことを言わないの!?」


「ちょっと気持ち良かったです」


「感想とかいらないから!」


 予想だにしなかった有沢の発言に我を忘れ、我に返ったころの視界には引き気味の、いや、ドン引きの中島さんと、愛想笑いを浮かべる三上さんと、なんだかわからないけどこの状況を楽しんでいる詩音ちゃんの姿があった。

 

 警戒すべきは食屍鬼でもなく三上さんでもなく、有沢だったのかもしれない。

 

 それから夜になるまでグループカースト最下位のまま談笑が続けられたのは言うまでもない。

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