第七十三話「そして引きこもりは死地へと赴く」
白狼の口から言い渡されたのはあまりにも歯がゆい現実だった。
成塚さんの仲間の救助には向かえないこと、隊員たちの安全を考慮し、基地への帰投を命令されたこと。それから白狼は小さく後付けするように自分が小隊の指揮官から外されたことを話した。
白狼はそれらすべての責任を負うように小隊の前に立ち、上からの命令に従っただけとは言わずにあえて小隊の選択だと思わせるような話し方をしていた。話している間の白狼はいつでも頬を殴られてもいいように身構えていたようにも見えた。
しかし、成塚さんの仲間の中で理不尽な任務の放棄に怒りの声を上げる人はいなかった。理由は成塚さんの仲間では無い俺にさえ分かった。
仲間を助けには行けないと言われた彼らよりも、助けに行くことができない隊員たちの方がずっと険しい顔をしていたからだ。
白狼の説明が終わると隊員たちの前に准尉が立ち、静かな声で何かを告げる。少なくとも命令を出しているようには聞こえなかった。
『……すまねぇが、俺は少尉とは違って狼じゃねぇ。軍属の犬だ。鎖に繋がれ、座れと言われたら座ってハウスと言われたらおとなしく小屋に帰るしかねぇ訓練された忠犬なんだよ。自分の意志とは違った方向にリードを持って行かれてもそれに従って進むしかねぇ。お前らが何を思っていて、俺がそれに対してどういう選択をとったのかは十分に理解しているつもりだ。だがこうするしかねぇ。……分かってくれ』
返答はなかった。ため息だけが夜の闇にこだました。
「結局時間の無駄だったな」
秋津さんは吐き捨てるように言った。
「俺らは急いでるんだ。先に行かせてもらうぞ」
アスファルトに煙草を押し付けてからゆっくりと腰をあげる秋津さんの姿に白狼は何かを言いかけていたが小さく零れて宙に消えたまま、それ以上は何も言わなかった。
『……少尉、悪いが中隊長の命令だ。早いとこ車に乗ってくれ』
『ああ、すぐに行く』
ドアにもたれかかる准尉へと歩みだす白狼は、一度立ち止まって俺の方へと向く。
「……陽平」
そこから先は何も言わなかった。だから俺は自発的にされてもいない質問に答える。
「……俺は成塚さんたちと行きますよ」
「……そう」頷く白狼は俺がそう答えるのを知っていたのかもしれない。
「……あぁ?なんでお前が付いて来るんだ?足手まといになるだけだ。そっちの白いのについていけばいい。それにお前には何も関係がないだろう」
呆れたように、こちらには目もくれず出発の準備をする秋津さん。
「いえ、関係はあります」
「おい」
まともに取り合ってくれるようはっきりと物申す俺にガンをつける。秋津さんの百八十センチ近い巨体が一メートル先まで近づいた頃にはすでに手足はガタガタと震えあがっていた。
「言葉遊びをしてる場合じゃねぇの分かるか?」かさぶたの残る右手が自分の胸倉に掴みかかる「……手前の仲間の命がかかってんだよ。陸とお前に面識はあるのか?ねぇんだろ?次にふざけたこと抜かしてみろ。一発殴ってやる」
「……秋津……!」
「黙ってろ。ただの脅しだ。こいつにはおとなしく帰ってもらう。家にいたこいつにはこの世界が……ここいら一帯がどうなってるか想像がつかねぇんだよ」
成塚さんには目を合わせず、俺の瞳を睨みつけながら静かに低い声で話し続ける。もう逃げ出したかった。
「……俺の探している奴は……」
「あぁ?」
どうにか絞り出した出鼻を完全にくじかれてしまう。小さく悲鳴を上げかけたところで唾を飲み込み、威圧的なまなざしに負けるものかと秋津さんをしっかりと視界に収めた。
「……俺の探している奴とは……!奴とだって……!お互い面識がないんです……!!一回も会ったことが無い……!でも、絶対に探し出したい……!そう思ってるんです……!!!」
「……それとこれと何の関係がある?」
「……あるんですよ!!そいつは……!もうダメなところまで来ていた俺を救ってくれたんです……!ただの一回、ただ一回話しただけだ……!それなのにあいつは少尉たちを俺の元まで連れてきてくれた……!そいつを探して助けてやりたい……!それが現時点で叶わないなら、せめて俺があいつにしてもらったことを他の誰かにもしてあげたい……!」
秋津さんはなんとしてでも目をそらさまいとする俺の瞳を力強く睨みつけてから胸倉を掴む手を離した。
「……手前の面倒は手前で見ろ。もう背負える背中の空きがねぇ」
ガクガクと揺れる膝はとうとう地面へと崩れ落ち、深呼吸をする俺は肺から二酸化炭素や僅かな水分とともに、普段は出てこないような何かを吐いているように思えた。
「……ぇぁ」
少なくとも声は漏れた。
「ヨーヘイ」
ようやく立ち上がれる頃になって俺は拙い発音で自分の名前を呼ばれる。振り返ると准尉が近づいてきていた。隣に白狼の姿はなく、たじろぐ俺を気にもせず堂々と英語で語りかける。
『……生存者たちに付いていくんだってな。少尉から聞いてるぜ。ヨーヘイは丸腰だろう?これやるよ』
まるきり手渡されているようにしか見えないそれはこの国にいたら到底お目にかかれない実銃だった。
「……グロック……ですよね……?」
ゲームのおかげで、形を見て名前をあげられるくらいなら俺にもできる。准尉は白い歯を見せながら「イエス」と親指を立てた。ご丁寧に銃口の先には消音機まで付いている。
銃を乗せた手を動かして受け取れよという仕草なのだろうけど、俺にはそれが信じられずに人差し指で自分を指さし「みー?」と鳴いてから准尉が頷くのを確認して恐る恐るそれを受け取る。画面の向こうに感じていた重さの数倍はあった。
それから准尉は九ミリ弾の入った箱を俺に握らせて無知な俺に伝わるはずのない英語を話す。
『……ゾンビ共と相手をするのはこれからが初めてだろうが躊躇はするなよ』俺の手の中の銃を自分の眉間に押し付けながら続ける。『ためらわずに眉間を狙って引き金を引け』おかげで何を言っているかが理解できた。『……なに、鷹の目と呼ばれた俺のお墨付きだ。ちゃんと狙えばだいたい当たる。心配することも、考えることもねぇさ』
准尉は俺にしっかりと銃を握らせてその手を離した。
『……ああ、それからもう一つ。「狙って撃って殺す」だ。ちゃんと覚えとけよ。あとでゲロぶちまけることになるからな』
俺はできるだけ大きく頷く。aim,shoot,and kill them.強調された部分の英語はしっかりと聞き取れた。単純だけれど重大な意味を持っていることも分かる。
『……今回の事は、少尉の意志じゃねぇ。大尉の命令と俺の判断によるものだ。生存者達には恨まれて当然だと思ってる。でも、』准尉は額を手で覆い前髪を掴んで何かを訴えかけているようだった。『……なぁ、こんなのは俺の本心じゃねぇ。だから、こんなこと言うのは理不尽で無責任かもしんねぇが絶対に生き延びていてくれねぇか』
准尉は力強く、けれどいたわりを持って俺の肩を叩く。
『……頼むぜ、ヨーヘイ』
「時間がねぇって言ってんだろうが」
秋津さんから再び苛立ちを孕んだ声が聞こえたので急いで駆けだす。振り返った先にあるジープに座る小隊の面々は沈んだ表情で俺たちを送り出すように、俺たちの姿が見えなくなるまでその場に停車していた。
立ち込めてきた薄雲から微かに覗く月あかりに、白狼の憂いの表情があった。少し前に見えていた彼女の希望の光は弱弱しく、けれども決して消え落ちることは無くいつまでもくすぶっていた。
初めて誰かに何かを託された気がする。
絶対に手放してはいけない何かを俺は准尉に託された。
酷い不安と恐怖に囲われ、強い覚悟と勇気に心は満ちている。
君もこんな気持ちだったのだろうか。
引きこもりは今日初めて外の世界へと足を踏み入れた。
次回から最終章みたいな感じになります。都合上、前みたいに急に視点が入れ替わりますができるだけ読みやすくなるよう配慮していきたいと思います。もう少しだけ続きますが最後までよろしくお願いしますね
(人´∀‵)




