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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
引きこもり:日野陽平
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第七十一話「LOST AND FOUND」

「……日野君……だっけ?今度飲みあるんだけど来る?」


 講義の前、無心で机の上でスマホをいじくっていた俺は名前を呼ばれて呆けた顔をあげる。名前を呼ばれなければきっと無視を続けていたのだろう。

 目の前には髪の毛を盛り上げた茶髪と、髪こそ染めていないものの攻撃力の高そうなソフトモヒカンの青年がいた。俺たちスクールカースト底辺組は髪を弄っている奴を見かけるとその場で「合わないタイプだ」と判断してしまう。もう大学生活も一か月を越えた。いい加減慣れたうえで自分も髪の毛をいじくるくらいの事はしなければならないだろう。

 それよりも二人の名前が思い出せない。


「の、飲み?飲み会……だよね?それって」


 たどたどしく返答する。そんな質問自体初めての経験だった。


「……ああそうだけど」


 不思議そうな顔で俺を見つめている茶髪。ソフモヒはブイブイなっているスマホを手に取り片手で文字を打ち込んでいる。


「え……、でも俺まだ十八だし……」


 年齢確認とかされて警察に連絡されるのが怖くないのだろうか。茶髪は「固いなぁ」と小さく笑う。


「俺もこいつも日野君と同じ十八だぜ」


「俺は十九だ」


 スマホがソモヒの手の中で震える。


「あれ、マジか。ごめん誕生日祝ってないよね」


「お前この前飲んだ時盛大にハッピーバースデートゥーユー歌ったの覚えてないのか?」


「ぜんっぜん覚えてない。やっべぇなおれ」


 未だ年齢しか情報を開示していない俺を差し置いて談話が始まる。俺はなるべく失礼にあたらないようにスマホの画面に映し出されているまとめサイトを遠目で見ながら親指でゆっくりとスクロールさせる。はい、草不可避。


「それで?別に年確くらいどうにかなるって。制服着てかなきゃいいんだし。別に高校の時の学ランで来るわけじゃないんでしょ?」


 茶髪が自分の発言が気にいったのか軽く笑い始めたので俺も同調して笑ってみせる。


「あはは」


「で、どうする?バイトとか入ってたりするの?」


 せっかく無理やり笑ってみせたのに二秒も持たずに茶髪は笑うのを止めて同じ質問を返した。なんて器用な人間なんだろうと感嘆しながらも俺の胸には明らかに不快感が募りつつある。


「あ……いや、別に、バイトとかはしてないんだけどさ」

 

 言い訳をしようという考えだけが頭を巡って、肝心の言い訳の内容が浮かばない。


「でも、いいや、今回は……遠慮するよ」


 これ以上の間は開けられないと判断して、結局言い訳どころか正当な理由もなく断る形になってしまう。茶髪は俺の予想通りに「こいつはなんなんだ」という嫌味を表情に浮かべながら残念そうな顔をしてみせた。

 ソモは「やっぱりな?」と目で自分の考えが正しかったことを茶髪に訴えていた。


 たぶん俺は人の表情から相手の気持ちを察するのに長けているのだと思う。

 いつだって人の顔色を窺って生きてきたから。




 あの時の出来事に名前をつけるなら「再スタートのつまずき」だろうか。痛いくらいにそれを理解してはいる。「あの時断っておかなければ」と思ったのも成人したその日だったのだけれど。もう既に大学には出ていなかった。

 目の前にいるのはおっかない顔つきのオールバックのチンピラかヤクザのどっちかだ。そんな人種を前に「再スタートのつまずき」が思い返されたのは自分にとってはヤクザよりも後ろにいる同年代の男たちの方が怖いということかもしれない。


「おい、聞こえてんのか?」


 やっぱ嘘です。


「は……はいっ!!え、えと……質問ってなんでしたっけ?」


「……いいか?俺たちにはふざけてる時間はねぇんだ。真面目に答えねぇと叩っ斬るぞ」


 そういって男は刀の鞘を持ってアスファルトをカンカンと叩く。あまりの恐ろしさに先ほどの質問の内容がさらに遠くへと飛んで行った。


「いい加減にしろ秋津」


「でぇっ」


 そんな男と同じくらいの背をした女性が彼の後頭部をはたいた。パシンという音は鳴らずに鈍い音が静かに地面に落っこちる。どう叩かれたのかは容易に想像がついた。


「どう見ても一般人だろうが。堅気にまで手を出すようなら問答無用でその腕を斬りおとすぞ」


「確かに堅気にしか見えねぇが、その周りの奴らは武装しまくってるだろうが」


「だとしてもサルでも彼の状況くらいは分かるだろう。お前はサル以下なのか?駆除されたいのか?」


「お前本当に殺意しか向けねぇ女だな」


「お前は引っ込んでいろ。私が彼に話を聞く」


 夕暮れのわずかな日の明かりをその黒い髪に宿しながらモッズコートに身を包んだ女性が前に出る。パッと見、少しだけ俺より背が大きいのかもしれない。


「警察だ」


 と、いきなり彼女は警察手帳を俺に突き付ける。「お前に逮捕状が出ている」とそのまま繋がりそうな勢いだった。


「……はぁ」


 頷く以外に何をしろと。


「ほら堅気じゃないか」


「どういう確認方法だよ」


 どうやらヤクザと警察が一緒に行動しているらしい。なんのこっちゃ。実はそういう漫才コンビだったりするのかもしれない。にしては気合が入りすぎだとは思う。


「とりあえず君も状況は把握できていると思う。私たちは見ての通り生存者のグループだ。訳あってこうして市内をうろついる。君と、それから君の後ろにいる人物の事を聞きたい」


 目の前の女性は落ち着き払った声で尋ねる。その表情や声色は誰かに似ていた。そう昔の人物でもない気がする。


「俺は……日野陽平。生存者です。籠城していたところを彼らに救われました。なんでもアメリカからの派遣部隊だって……」視線と手のひらを准尉たちに向けて紹介する。


「それで小隊を指揮している……」ああ、そうか。「アイラ・マディソン少尉です。日本語も話せる」この人に似ているのか。


 真っ白と真っ黒。二人の外見は色で言えば対照的だったが纏っている雰囲気はどことなく似ている。願わくは思想が対照的でないことを祈りたい。

 

「成塚舞だ。よろしく少尉」


「強そうな女性ね、舞」


 二人が握手を交わす。別に二人が灰色になることはなかった。


「それで、あたしたちはこの地に留まっている人を救助しているんだけど、あなたたちにも救助が必要でしょう?」


「いや」静かに目をつぶり彼女はかぶりを振る。「必要ない……『今は』という言葉が付くが」


「何か問題が?」


「仲間が消えた。……しかもまだ高校生だ。更に小さいのもいる」


 真っ黒な女性の後ろに引っ込んだヤクザが腕を組みながら白狼の問いに答える。俺はすかさず彼に聞き返した。そうせずにはいられなかった。


「高校生ですか……!?名前はなんていうんですか?」


「なんだお前、陸を知ってるのか?雨宮 陸だ。他にも女子高生が三人、大学生くらいのが一人……それから詩音って小さい子供も一緒だ」


 期待した彼の名前ではなかった。それでも彼と同じくらいの青年が彼と同じようにこの地を彷徨っている。落胆はできなかった。


「違うみたいだな……お前も探してる奴がいるのか。まぁ、誰だってそうさ」


「……それで、その行方不明の高校生たちがどこに行ったのか見当はついてるの?」


「いや、突然いなくなったのでな。きっとただ事ではないことがあったのだろう。彼は冷静な判断が下せる男だと私は思っている。そう遠くないところで安全の確保された場所にいるのだろう。……希望的観測に過ぎないが」


 沈みゆく夕日を見ながら彼女は大きく息をつく。風になびく彼女の髪に白い息が解けていった。


「現実は……彼らがいなくなってからもう数日も立っている。状況はどんどん悪くなっているだろうな」


「成塚」


「案ずるな秋津。諦めてはいない。……諦めるものか」


 夕日を睨んだ彼女の瞳は色こそ違えど、白狼のものに見えた。


「……もちろんあたしたちも協力する。それが使命だし、約束だもの。あの煙の元には行った?人為的な火災だと踏んでるんだけど」


「そこから来たんだよ俺たちは」未だ激しく巻き上がる煙を遠くにヤクザが返す。「だがあそこに陸たちはいなかった。代わりに連中がそこら中にいやがる」


「連中?」


「感染者の事だ。秋津は回りくどい表現をする」


「うるせぇ。……だが、そこの白いのが言うように故意に起こされた火事ってのもなんとなくは分かる。陸たちが消えた夜に爆発音とともに上がった炎だ。あの時すぐに向こうに行っていれば」


「それは賢明な判断じゃないと言ったはずだ。動けなくて当たり前だった」


「だが陸たちはあそこにいたはずだろうが。詩音だってそうだ。……ああくそ」


「お前の言いたいことは分かる。だが今は前を向け。先を考えろ」


 白狼はそんな二人の向こうに何かを見ていたのだろう。小さく頷くと力強く後ろへと歩き出し軍曹に声をかけた。


『チャーリー、まだ生存者を引き連れて戻るわけにはいかないみたい。まだ彼らの仲間がこの近くにいる。同じく感染者たちもね』


『……第三小隊は全員勲章をもらうべきだな。じゃないと割りに合わない。俺に声をかけたってことは応援の要請ですかい?』


『もちろんだ。事態は一刻を争う。近場にいる小隊からこちらにまわしてほしいと伝えてくれ』


『了解』


 軍曹は白い歯を見せて笑うとすぐに無線を手にして行動を始めた。


「今応援を要請したわ。じきにいくつかの小隊が合流すると思う。あたしたちと一緒に彼らを探しましょう」


 白狼が生存者グループに声をかけると彼らの表情が少しだけ明るくなったように見えた。

 

 その時、彼女が白狼と呼ばれている理由がなんとなく分かった気がした。上官に吠えたてる以外の理由が。


 真っ白な月を背後にした真っ白な彼女が希望の光なのだと、彼女の姿を見て誰もがそう思った。

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