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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
高校演劇部部長:雨宮陸3
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第五十七話「KNOCK,KNOCK」

 思えば電気が切れてからずっとバタバタしていたので電気がないことの不自由さが今更になって身に染みている。夏でなくてまず良かった。としみじみ思いながら上着の上に毛布をかぶって、冷たい畳の上に二重に靴下を履いた足を投げ出す。


 と同時に久々に屋内での時間のもてあまし方についても考慮すべきだろうと、黙々と少女漫画を読む少女たちを見ながら思った。「男でもじゅうぶん楽しめる少女漫画はあるよ」とクラスの女子から聞いたが、この部屋にあった漫画はそうではないようだ。

 某格闘漫画を読むときの速度と同じくらいの速さで読んではみたが終始ときめく主人公と不条理なほどのイケメンがキラキラ光るシャボン玉に包まれているだけだ。黙々と読む部員たちに言わせたら「偏見ね」と一蹴されてしまうのだろうが……あっ、最上が漫画を投げ置いた。


「りくにーは亀ごっこしてるの?」


 毛布から首と下半身しか出していない俺を見て詩音ちゃんが尋ねる。どうにも「陸」という名前が彼女には呼びづらかったようで何度も俺の名前を呟いては改変していた。しばらくは「りっく」と呼んでいたがそれはどうにも勘弁してほしかったのでとうとう「陸兄」で決着がついてこちらとしても安心できる結果になった。


「陸亀ごっこかな」


 詩音ちゃんの丸い瞳を見つめながら答える。


「りくがめ……りくにーだからりくがめ?」


「あーと、陸亀って亀がいるんだよ」


「違うっスよ詩音ちゃん。上手いこと言いたかったから陸亀なんスよ」


「……うるせぇ」


「りくにー上手!」


 褒められると虚しさが沸き上がる。


 ふいに窓際の有沢の横にいる中島さんと目が合う。午後もすぎてはいるが、陽の明かりしか照明のない薄暗い部屋でも彼女の口元は静かに緩んでいるのが確認できたので、軽い会釈にも満たない角度で頭を下ろし、何とも夢と妄想に満ちた少女漫画を再び手に取って読み始めた。はいはい文化祭の後の切なくも甘ったるい後夜祭ね。

 校庭の中央で燃え盛るキャンプファイヤー、市内の花火大会レベルの高度な打ち上げ花火、盛り上がる大勢の生徒、少し離れたところで憧れのクラスメイト……あぁ、先輩だった。とにかくその憧れの先輩と胸を高ぶらせながら夜空に浮かぶ花火を見ている。花火の背景には結構な数の星が瞬いてはいるが、校庭の照明にキャンプファイヤー、ダメ押しで花火が打ちあがっていれば星なんて見えるはずがないだろうにとツッコミを入れている間に主人公の告白が花火によって打ち消されたけどまぁ別にいっかの引き延ばしで一大イベントが終わった。

 彼女の恋は先輩の卒業まで実らないのだろうと積み上げられた漫画の一番上にあった最終巻の桜まみれの表紙を見て思った。


「先パイ、今どこ読んでるんスか?」


「今、文化祭が終わったね」


「それは一年生の時の?二年生の時の?それとも三年生?」


「そんなに繰り返すの文化祭……!?っていうか憧れの先輩卒業してるじゃん」


「最新刊は大学生になってるッスよ。掲載雑誌も変わってちょっとオトナな内容になってるッス」


「結衣ちゃん大学生編になってから『家に置いておけないから立ち読みッス!』って言ってたよねー」


「親に見つかったら気まずいッスもん。先パイみたいに机にエロ本広げるような人間じゃないっスよ」


「誰がいつ広げたんだよンなもん」


 しかし、こんなド直球に少女漫画の主人公が卒業した途端に大人の世界に立ち入るとは。キラキラした少女の目は一瞬で濁るものなのだろうか。女性という生き物がよく分からない。 





「よう、雨宮。健全にやってるかー?」


 しばらくして漫画を読み終え、偶然見つけた組みかけのパズルを詩音ちゃんと一緒に組んでいたところで石井さんたちがやってきた。パズルには幻想的な海の絵がその姿を現し始めていた。


「最上さん、ちょっと雨宮借りてもいいかな?」


「ええ、大丈夫ですよ。さ、私とパズル頑張りましょうか」


 俺の立ち上がった後で最上が詩音ちゃんの横に座る。


「りくにー、また戻って来てね」


 詩音ちゃんがこちらを見上げながら手を振る。


「ああ、すぐ帰ってくるよ。石井さんたち次第だけど」


 ()い奴じゃと手を振り終えるころには詩音ちゃんはパズルと真剣に向き合っていた。


「大丈夫すぐ終わるからさ」


 石井さんは俺の肩を軽く叩くと部屋の外へと連れだした。





「みんな大丈夫そうか?」


 花田さんが部員たちの集まる部屋のドアを見ながら言った。


「……ええ、とりあえずいつも通りみたいです」


「なら良し……石井」


 花田さんが石井さんの方に向いたのでそちらへと顔を向ける。


「雨宮……実はさ、俺たち秋津さんのところに行こうかと思っててさ」


「秋津さんのところって・・まさか助けに行くんですか?」


「……というより力になりたいってところかな」


 石井さんは外と俺とを交互に見ながら続ける。


「……秋津さんはきっとなんでも背負いたがる人で、千葉さんの事もきっと自分が決着をつけるべきだってたぶん思ってるんだろう。義理と人情の世界で生きてた人だからさ。……でも秋津さん一人に背負わせるわけにはいかないんだ。俺たちだって十分かかわってきたことだ。他人のフリはできない」


 石井さんは何か言葉を選んでいるのか地面を数秒見てから俺に明るい声で言い放った。


「……っていうかもう、じっとしていられないだけなんだよな!俺たちはアクティブな集団だからさ!」


「……まぁ、そうですよね。……でも作戦とかは考えてるんですか」


「いや、まだ……」


「ある」


 花田さんが否定したのに覆いかぶさって石井さんが答える。


「おまえな、あれは作戦なんて言わねぇんだよ」


「でも、考えてる時間はあるのか?こうしている間にも秋津さんはもう戦っているのかもしれないんだぞ」


「だがな……」


「いいから」


 石井さんは膨らんだポケットからジャラジャラと音を立てながら手に持ったものを見せびらかした。


「てれれれってれーれーれー!マンションのカーギー!」


 精いっぱいのだみ声で大量のカギをじゃらつかせる。ちなみにちっとも似ていなかった。


「……どうしたのかは聞かないですけど、どうするんですかそれ」


「各部屋の鍵を開けて車のカギを拝借します」


「……それが作戦ですか」


「『ヒーローは派手に遅れてやってくる!』って石井がさっき言ってたんだ」


「『ヒーローは遅れて派手にやってくる!』だろうが!ただの大遅刻じゃねぇかそれ!!」


「どっちでもいいわ」


「……それで車のカギを探すのを俺も手伝えと?」


「よく分かってるじゃないか」


 さも当然のように返答をされたので言い返す気にもなれなかった。





「すぐに見つからないようだったら他の部屋に行く。軽自動車はいらない……」


 石井さんが言っていた注意事項を復唱する。


「そう。時間は待ってくれないからな。テキパキとイイ車を探すぞ」


 時間を気にするなら車種を気にする暇なんて無いんじゃないかとは思ったが、花田さんの半ば諦めたような顔を見て提案をやめる。それでも安全にだけは注意を払ってほしかったのでリモコン式の鍵だけを拾うように言っておいた。

 車のアラームが鳴るのだけは絶対に避けたい。今どきの車はだいたいリモコン式のカギなんだろうけど、わが家のカギは電池が切れたままで半年くらい使っていたので念には念をだ。




「……この辺は車がないと生活すら厳しいんじゃないかねぇ」


「人によりけりですよ。ほとんどの家族はもってるんでしょうけど」


 玄関の戸棚や今の棚、テーブルの上、未だに生活感あふれる部屋を物盗りのように漁りながら車のカギを探す。


「もうやめだ。次」


 滞在時間五分以下。本当に自分たちが物盗りのような気がしてきた。まぁ、だいたいあってる。

 今にもキッチンに垂れ下がったカーテンの向こうから住人が出てきそうで足早に部屋を後にする。



 次の部屋ではそれらしきものを見つけたのだが個人的に絶対条件であったリモコン式を満たしていなかったので部屋を泣く泣くこの部屋も後にした。……泣く泣くでもないか。石井さんは「どうせボロだろう」と失礼極まりない発言をしていた。


 そもそも車がないと生活が厳しいのなら、多くの人が車で避難をしたのではないだろうか。すぐに終わるだろうと自分でもどこかで思ってはいたが、道のりが長いことに気づいて肩を落とす。



「この部屋ならいけるだろう」


 早くも五件目。既に三十分が経過している。


 石井さんがカギを開けて先頭で入り、俺は一番後ろについた。

 相変わらず部屋は薄暗く、相変わらずさっきまで人がそこにいたような生活感だ。この部屋は少し散らかっているけれど。


 鍵の置かれている可能性の高い玄関の戸棚を開けて鍵が無いことを確認し、居間へと向かう。


「……とりあえずこの部屋もちゃっちゃと探そう。思ったよりも時間食ってるしね」


「そうだな。こうなったら数撃って当てていくぞ」


「じゃあ開けまーす」


 石井さんが居間のドアを開ける。狭い通路から中の様子は見えなかったが石井さんはゆっくりと開けたドアを閉めた。


「……どうしたんすか?」


「パーティ中だった」


「……ああ」


 二秒で思考が行きつく先に着いた。


 石井さんはゆっくりとドアノブを離し、全員で静かに後ずさりをする。直後、大きくドアが叩かれ、勢いよくドアが開いた。


「っ……なんでちゃんと閉めなかったんすか!!!」


「ちゃんと閉めたわ!!立て付けが悪かっただけだから!!!雨宮早く玄関開けろよ!!!」


 開け放たれたドアから次々と現れる食屍鬼。

 ある者は足を引きずり、ある者は腹ばいになり、鼻を食いちぎられ、頭皮を齧られて顔を真っ黒に濡らしながらこちらへと向かってくる。

 個性あふれる食屍鬼達の夢の饗宴。

 さぁ、楽しいパーティの始まりだ。

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