第五十四話「Bullet of Justice3」
「正義の味方が来たにはいいが何が起こってるか全然わからねぇぞ!」
「とりあえずゾンビ倒すしかねぇだろ!!」
車から勢いよく降りた石井たちは俺も成塚も見えてないのかまっすぐに走り出してゾンビたちの頭へ手斧を振り落とす。
すかさず石井たちの方向へと銃弾が数発千葉の仲間から放たれた。アスファルトを削った銃弾に怯んだ石井たちは資材の陰へと隠れる。
「マジかよ!!あの人撃って来やがった!!」
「そりゃそうだろうが!あの人はもう完全に俺たちの敵だ!分かってて来たんじゃねぇのかよ!」
「分かってますー!!超分かってますー!!」
「結局足手まといじゃねぇか・・。石井、来たからにはちゃんと役に立つぞ」
「それも分かってる!!」
石井は資材の陰から飛び出して手慣れた動作で遮る連中を突き刺す。フットサルのメンバーということもあって随分とフットワークが軽い。
引き金を引くたびに銃声がこだまするが動きまくる石井に照準が合わないのかまったく被弾しない。本人は退く気すらないようで死人をかきわけるかのように前へと進んでいく。
「当たらなければどうということはない!!」
「ああ、やっぱ馬鹿だあいつ・・!・・仕方ねぇ。お前らも止まるんじゃねぇぞ。石井みたいにうざったく動き回れ」
花田が資材の陰から思い切って飛び出すと、残りの二人も飛び出して石井の元へと走り出した。
「・・あいつらはなんだ?馬鹿か?」
前島さんの頭を踏みつけたまま石井たちを睨む千葉。
「その通りだ。馬鹿なんだよあいつら。本物の馬鹿だ。助けの必要はねぇって言ったつもりなんだが来やがった。だが・・」
千葉が前島さんの頭にかける力を抜いた瞬間に、俺は前島さんの頭へと頭突きをする。刀に貫かれた首が大きく裂けて体に動きが伝達しなくなると、もたれた体がいとも簡単に俺の横へと倒れて落ちる。
「そういう馬鹿は嫌いじゃねぇ」
握った刀を投げ捨て千葉へと飛びかかる。マチェットを大きく振り上げてがら空きになった腹へと右ストレートを放った。
鈍くうなる拳、穿つ肉の感触、うめきをあげて仰け反る千葉。人を本気でぶっ叩くのは随分と久しかった。しかしそこに若いころ感じていた爽快感はなく、背負った痛みと使命感だけが振り抜いたこの身に宿っていた。
「げはっ・・!・・・あんたに似たんだなぁ、秋津さん!!せっかくこの俺がこの世界での生き方を教えてやったってのに、あいつら自分たちから死にに来やがった!」
千葉はマチェットを素早くがむしゃらに振りながら距離を縮めていく。小さな斬撃は一撃二撃で致命傷になることは少ないが、当たれば当たっただけ確実に死に一歩ずつ近づいていく。
俺はバックステップで距離を取り、落ちていた太くて軽い資材を拾うとバックステップから一歩踏み込んで振り下ろされたマチェットを資材で受け止める。
マチェットの刃は資材を叩き斬るかどうかのところまで深く突き刺さり、再び振り抜こうとする千葉に大きな隙を与えた。
突き刺さったマチェットごと資材を投げ捨てて掌底で千葉の顎を突き、側頭部へと回し蹴りを放つ。
「うるせぇぞ。あいつらは死なねぇし、俺も死なねぇ。てめぇにはもうこれ以上誰も殺させるつもりはねぇ」
「・・っははは!!面白れぇ・・!誰が殺すだって・・?俺が・・?何を言ってんだ秋津さん!全部あんたがやったようなもんだろう!!まだ分からねぇのか!?」
切った唇から流れる血を拭い、いつものように笑う。
「てめぇ・・!!ふざけるのも大概にしろよ!!殺したのはお前だ!!守るべき人がいる人たちを殺したのはお前だろうが!!!」
「・・いいや、あんたさ。俺はきちんと終わらせてやっただけだ。俺が一番あんたを気に食わない理由を教えてやろうか?・・・その正義面だよ。人を殺さない。奪わない。人を守る・・そのどれもが気に食わねぇのさ。・・俺が無法者だからじゃねぇ。あんたのそのくだらねぇ正義感が人を殺しているってのにあんたはそれに気づかねぇで真面目に生きてますって顔してやがんだ。それが気に食わねぇ。俺よりもずっと反吐が出る最低最悪の野郎、それがあんたさ」
「俺がどんな人間かくらいは自分で分かってる。だがてめぇほど堕ちちゃいねぇぞ」
「本当に・・?本当にそう思うのか?手前勝手な正義感があんたのお友達を殺したんだろう?忘れたのか?もう一度復習してやろうか?」
千葉はゆっくりと歩き出し、前島さんの引きちぎれた首をマチェットで完全に切り取ると右手で髪の毛を掴んで目線の高さにあげた。瞳孔の開いた瞳がこちらを凝視する。
「・・あんたは言った。『謝らなくてもいい』家族を守るためにショッピングモールにいた全員を犠牲にしようとしたクソ野郎に銃を向けられてあんたはそう言ったんだ」
前島さんの首の下から親指と人差し指をあげて銃を模した千葉の左手が出てくる。
「あんたはこのクソ野郎を許した。その結果何が起こった?」
耳元で豪雨を裂く銃声が聞こえる。
「・・あんたは死ななかった。哀れなお友達に守られたからな。早川宗太。小さい娘もいる優しい堅気のお父さんだ。あんたみたいな最低なクズを守るために犠牲になった。なるべきじゃなかった。・・予想外だったぜ。この俺でさえな。・・・そして何が残った?哀れな父親の死体、絶望に暮れて泣き叫ぶ娘、二人を巻き込んだクソ野郎だ。・・あんたが悪を見極められれば、あんたがさっさとどっか違うところでくたばっていれば、二人はまだ生きていたかもしれないな」
耳元では降ってもいない豪雨がアスファルトに撥ねる音が鼓膜を叩いている。
「・・あんたに子供はいるのか?まぁいないだろうが。いずれにしろ大層なコンプレックスを抱えているらしい。すべての父親は善人だと思っている。それが父親を殺した。あんたのエゴが宗太を殺したんだ。真の巨悪とはなんだ?善人になりたがる悪人さ。だからあんたに言ったんだ。『さっさと死ぬべきだった』」
そう言うと千葉は前島さんの首を放り投げて、マチェットの突き刺さった資材に足をかけてマチェットを抜き取り、千葉を睨みつけて立ち尽くす俺のところへ歩み寄る。
「さっさと殺してやる」
助走をつけて飛びかかった千葉の手に握られて脳天めがけて振り下ろされるマチェット。その刃が頭に直撃する瞬間に千葉の動きが止まる。
「・・驚いた。まだやる気みたいだな」
俺は右手で千葉の腕を掴み、振り下ろさせまいと力強く握っていた。
「・・・いくらお前がご高説を垂れようが、結局お前はただのクズでしかねぇ。お前には分からねぇだろう。人を守るってのは理屈じゃねぇんだよ。誰が無駄だって言おうが、誰が裁こうが、それがどんなに愚かな行為だろうが、守ることにそんな理屈は通用しねぇ」
マチェットを握った腕を振り払い、右手で千葉の顔面をぶっ叩く。
「開き直りやがって」
血痰を吐き出して千葉も自分の拳を握りしめた。
「言ってろ。もう退けねぇんだよ」




