第五十三話「Bullet of Justice2」
もう何度目だろうか。
正しい構え方も扱い方も知らない刀の刃が鞘から抜かれ、虚空を切り、死してなお活動をやめない頭を穿つ。
もう何人目だろうか。
もはや役割を失い汚れきったまま体内を巡る血液がようやく排出される場所を見つけ、とめどなくドロドロとゆっくり流れていく。
押し倒されたフェンスを乗り越え、転がるようにしてよろめき俺の目の前に立ち尽くした連中のうちの一人によって一日ぶりに刀が血で濡れた。
「退がるぞ!」
一斉にこちらへ向かってきた連中を少しでもばらけさせるため、資材をアスファルトの上にばらまいていく。ごろごろと音を立てながら転がる資材につまずき連中の足は止まる。
ここから逃げるだけなら打つ手としては十分だった。だが今回はそういうわけにはいかない。
「奴はどこだ・・」
ほとんど足を上げずに歩く連中のつま先に資材が当たり、次々と転んでいく。何の抵抗もなく上半身をそのまま資材に預けるのでつまずくたびに資材とアスファルトの間で固い音が鳴る。起き上がることもできずに資材を掴みながら前に進もうとする連中の頭を三つほど撥ね飛ばし、辺りを見回す。
けじめをつけるべき相手。あらゆるものを奪い去った千葉を生かしたままここから逃げられはしない。
奴は傷を負っているうえに成塚の発砲から数分しか経っていない。
姿が見えないのは資材の陰に隠れているからか。奴が地面に置いた拳銃は転がった資材の下なので一つの危機は去ったが、目の前にも死角にも危機はまだ存在している。
パン、パンと間隔をあけて銃声が近くで聞こえ、急いでその方向へと目をやると険しい顔をした成塚が拳銃を構えたまま小さく「すまない」と口走っていた。
前方には片腕を失った少女が頭から資材に血を流して倒れている。
「成塚・・」
仮に少女が目の前に居たとして俺はそれを成すことができただろうか。感傷に浸る余裕すらなく依然として険しい顔を緩めずにマチェットを拾う成塚の中でどんな葛藤があるのか、俺には想像がつかなかった。
転がった資材を運よく避けたままこちらへ速度を緩めず向かってくる連中の方へと立ち回る。
両手で刀を上段で構えたまま踏み込んで、向かってくる連中の足元へと刀を振り下ろす。
刀は前頭から顎の関節を叩き斬り、下顎をだらんと宙に下ろし腹を裂いた。連中は前のめりに倒れ掛かるが足を前に出して再び歩き出す。
殺しきったと思い込んだ俺の肩に顎がガツンと当たると下顎がゴリゴリと胸を撫でて地面へと落ちる。
「クソッ」
体全部で連中を弾き飛ばして確実に断首して急いで肩から胸にかけて右手を力強く押し当てたまま往復させる。噛まれてはいないことに一瞬安堵してから再び目の前に立ちふさがった連中の首を斜め下に斬り落とした。
足元に落ちた首は脳を破壊されていないので瞬きをしている。ふと視界に入れたその首を見て俺は思い出す。頭を破壊すればすべてが終わることを知りながらわざと生かして悦に浸っていた奴の姿を。
『こいつらはさ、腕を落とそうが、足を落とそうが、はらわた引きずりだそうが、首を撥ねられようが脳を破壊しない限りは生きていけるんだ。・・でもそれって生きてるって言えるか?こいつらは生きてもいないし、死んでもいない。生きることも死ぬこともできないんだ。・・・・俺は違う。今こうして生きてるし、死を選ぶことだってできる。生きることも死ぬこともできる。こいつらとは違う。こうやって跳ね飛ばされた首がまだ動いているのを見ると心の底からこう思えるんだよ。・・・・・・・今俺は生きてる』
転がった首へ静かに刀を振り下ろす。
・・・生きることも死ぬことも選べる・・?冗談じゃない。お前の手にかかった奴はそうじゃなかった。お前のくだらない考えを証明するために選びたくもなかった死を選ばされたんだ。
生殺与奪を繰り返して生きていくなんて俺は絶対に認めたくはない。そんなのは生きているとは言えない。生きる資格さえない。
まっすぐな線を虚空に引くような太刀筋は不思議なくらい連中の頭骨を斬り落としていく。
『大事なのは、生きてるか死んでるか、もしくは死んだのに生きてるかどうかだ』
「冗談じゃねぇぞ・・。冗談じゃねぇ。そんなことで生きるか死ぬかを生きていけるわけねぇだろ。組長は生きていた。爺さんも生きていた。・・・あんたもそうだろ?あんただって生きていた。ただ呼吸してるだけじゃねぇ。守りたいもんを情けねぇくらいに守って生きていたんだ」
連中をかき分けた先に彼は立っていた。つい先日の事なのに遠い昔に感じられる。
「あんたを・・あんたの家族を助けたかった。謝って許されることじゃねぇって分かってる」
震える手で拳銃を握っていたあの時と同じくらいに距離は離れていたが、前島さんはゆっくりとその距離を詰めていく。
「あんたがここに来てどれだけの絶望を味わったのか俺には想像つかねぇよ。・・全部俺のせいだ。あんたの家族の死も俺が背負う」
一歩づつゆっくりと詰め寄る前島さんに合わせて俺も一歩前へと出る。
銃口を向けた前島さん。向けられた俺。
一つずつ自分の過ちを埋め合わせるように頭の中で先日の場面が鮮明に思い返される。
叩きつける土砂降りの雨。精いっぱいの力で引かれた引き金。放たれた弾丸。
刀を振り上げようとした刹那、その腕がピタッと止まる。
・・弾丸は俺には当たっていない。
「やっぱあんたには殺せないみたいだな」
耳元で声がして勢いよく身を仰け反らせる。
左腕が焼けるように痛み、目をやるとまっすぐ切り裂かれた腕から鮮血がじわじわと溢れシャツの袖を赤く染めていた。
飛び込んだ人影から身を守るため膝を上げてマチェットを受けると次は脛が激痛を訴える。
「甘ぇよ。あんたは甘ぇ。いますぐここで死ぬべきだ」
顔面に向かって振り下ろされるマチェットを逆手に持った刀で受ける。二つの刃の向こうで真の巨悪が口元に笑みを浮かべている。
「死ぬのは手前だ千葉・・!」
「言ってろよ秋津さん。あんたはこの世界じゃほっといてもいずれは死ぬ。どうにかゴキブリみたいに生きながらえてるみてぇだがそろそろ苦しいだろ?ここで殺してやるよ」
刃を合わせて拮抗する千葉の後ろには前島さんが迫っていた。
喰らえ、喰らいついてやれ。それだけでいい。
刃を引こうとする千葉を一向に譲らない。リーチはこちらの方が上だ。いざ斬りかかろうとすれば俺の方が奴に一太刀浴びせることができる。だが今は譲らないだけでいい。お前は殺されるべき相手に殺されろ。
「悪いが・・あんたが思ってるほど俺も馬鹿じゃねぇ」
千葉が一瞬力を抜いて俺の刀が奴の肩にめり込む瞬間、千葉は俺の足を引っかけて俺の体を転がす。視界を一転させて何があったのか一瞬判断が及ばなくなったその隙に俺の胸をマチェットが抉る。
「形勢逆転だなぁ!!!」
俺の足に前島さんの足がぶつかり、そのまま体が倒れてくる。とっさに立てた刃に前島さんの首が貫かれると間一髪のところで顎が首筋に噛みつくのを防いだ。
温度を伴わない粘質の血液が俺の首筋に当たる。必死で噛みつこうと開閉する顎から奥歯が二本落ちてきた。
「・・・どうするんだ秋津さん?また刑事さんに助けてもらうか?・・・・残念ながら刑事さんは俺の仲間が目をつけててなぁ。俺に手を出そうとすれば奴が刑事さんの頭を撃ち抜く手はずになってんだよ」
「秋津!!!」
資材と連中の陰で俺の姿が見えていなかった成塚が千葉へと銃口を向ける。
「撃つな成塚!!」
成塚は窮地に立たされた俺の声に困惑したまま銃口を少しだけずらした。
「・・ちっタイミングがいいんだか悪いんだか」
千葉は口元に笑みを浮かべたままゆっくりとこちらに近づいて右足を上げた。
「・・まぁ、いい。どちらにしろあんたがゆっくり死んでいくさまを見れるんだからな。安心しろ。あんたが死んだら刑事さんは嬲ってやるよ。首だけで動いているあんたも大切にとっといてやる・・普段は刑事さんの方が楽しみなんだが、今回ばかりはあんたの方が楽しみだ。これ以上ない生きがいが得られそうだからな」
右足は前島さんの頭へと乗せられゆっくりと踏みつける。ずるずると刀を降りて前島さんの歯が首筋に近づいてくる。
「さぁ・・そうだ・・。ゆっくりでいい。今度こそ殺せよ?引き金を引くよりも簡単なはずだ。・・・家族はもう守れないがね」
前島さんの鼻が顎に触れる。首筋まであと数センチ。足でもがくがだらりともたれた前島さんの体が動く気配はない。
「・・どいてくれ前島さん・・!俺はまだ死ぬわけにはいかねぇんだ・・!」
「死人に話しかけたってしゃあねぇだろ秋津さん。もういいから死んじまえよ」
千葉が再び右足を頭から離し強く踏みつけようとした時だった。
ガッシャン!!!
一台の車が倒れたフェンスを乗り越えて、千葉たちの車に衝突した。
俺も千葉も、前島さんでさえも突っ込んできた車へと目がいく。
「おい石井!!何が登場は派手な方がいいだ!!事故って死んだらどうすんだよ!!」
後部座席のドアが乱暴に開いて、そこから見覚えのある顔が出てくる。
「うるせぇな山崎!!全員無事なんだからそれでいいだろ!!」
「・・・俺はエアバッグで首を痛めたんだが」
「ほれ見ろ花田が負傷してるんじゃねぇかよ!!!」
「・・悪かったよ!謝るよ!!でもな、こんな世界で首を痛めたってだけじゃ怪我のうちにも入らねぇからな!あんまし甘えんじゃねぇぞ!」
「っていうかお前ら空気読めよ」
花田が窮地に立たされた俺たちに向かって指を指す。
開いた口が塞がらない俺と成塚、口を真一文字に結んで彼らを睨みつける千葉、口を開閉する前島さん。
「・・ほら、石井。正義の味方の決め台詞はお前の担当だろうが」
「わ、わかってるよ」
あー、おほん。とわざとらしく咳払いをして得意の作った声を上げる。
「えー、あぁ、正義の味方達、参上!!」
「そのまんまじゃねぇか」




