第五十一話「再会」
人の心の中というものは永遠に分からないものだ。
探ろうとすれば探ろうとするほど自分の心でさえどんどんと疑わしくなっていく。
俺の隣を歩く成塚はいつにも増して無口だった。マンションではきっとこいつなりに明るく振る舞っていたのだろう。断言はできないが。
別にこいつと何か交わすような会話もない。友達でも仲間でもない。・・それにあんなおっかない尋問を見た後だ。正直真の危険人物はこいつなんじゃないかと思っている。
だからこそ俺は思ってしまうのだ。
こいつは何を考えている?
「秋津」
そんな探りを入れていたところを急に話しかけられ、俺は小さく「おぉ」と返答する。相槌かどうかも怪しい。
「・・・なんだその返し方は」
「う、うっせぇ。急に話しかけるな」
「だから名前を呼んだのだろうが」
何も言い返せない。仕方なく次の言葉に耳を傾ける。
「こんなことを聞くのは野暮だが・・お前は何を考えている?」
「・・こっちが聞きてぇよ。まさか発砲するなんて思わなかったからな」
成塚は不思議そうに眉を上げてから小さく答えた。
「・・・私だって人間だ。怒っている時くらいある」
「・・それは何に対してだ?」
「・・・・・さぁな。奴らにはいろいろなものを奪われた。我々の何もかもをだ。本当なら両手を撃ち抜きたかったくらいだ」
「あぁ、そうだな。だから取り返しに行く。前島さんたちも・・物資も・・・」
言葉尻が弱くなっていくのを俺は自分で言いながら感じていた。燻っている原因が少しだけ露わになる。
「・・・もう取り返せないものもあるがな」
どうにか言葉を濁して続けた。成塚は何も言わなかった。
強い向かい風が吹き、近くの畑から砂を巻き上げて鼻腔へと入る。小さな違和感を残したまま再び歩きはじめる。頭上には雲一つない青空が広がりどこまでも伸びている。
周囲はまるで時が止まったように静かで大地に吹き曝す風だけが轟轟とうなりをあげているだけだ。
もはや俺たちには何もない。呆然と目の前のすべきことに追われているだけだ。
悪夢のような夜が明けて、俺たちに安息の地など無いということを知ってからこの空が、この風がやけに俺たちを不安にさせている。
両足とも泥に浸かった俺はまだいい。だが、本来明るい未来のあった陸たちはこの事実をどう受け止めているのだろうか。
考えれば考えるほど空虚に取り残される。
「とりあえず今やるべきことは一つだけだ。けじめつけなきゃならねぇ」
自分を律するように力強く呟く。考えるのはきっとあとでいい。
「本当にここか?あいつは嘘をついたんじゃねぇか?」
「そう言いたい気持ちも分かるが、この光景は逆に信ぴょう性が高まるというものだろう。第一自分がどこにいるのかもう一度頭の中で整理してみろ」
「んなこと言われなくてもそれくらい分かってんだよ」
・・・前島さんたちが乗っていた車の陰だよ。まずそれが一つ。
千葉の仲間が言っていた通りの場所に高いフェンスで囲まれた倉庫はあった。それが二つ目。
そして・・フェンスにたかる久々の亡者どもの姿が三つめの根拠だ。
「どうするよこれ」
「お前のその刀は何のためにある」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。俺は侍でもなんでもねぇ。一度に片手で数えられるくらいの相手しかできねぇんだよ」
数メートル先の亡者を数えるには手のひらが三人分くらい必要だ。とてもじゃないが突っ込む気にもなれない。
「だいたいこういうのは正面突破ってのが出来ないようになってんだよ。ゾンビがたかってたり、岩で道が塞がれてたりな・・都合悪すぎだぜ」
「何の話だそれは」
「よくある話さ」
・・冗談はここまでにしたい。
千葉たちが中にいる以上、中の安全は確保されていると言えるはずだ。フェンスさえ乗り越えれば敵は人間二人だけだ。今までの逃避行に比べれば大したことがない。迂回して乗り込む。これで問題はないだろう。
余裕があるからこそ、初めて連中に目がいく。
群がる連中には子供の姿もある。詩音と同じくらいの、モールの駐車場で見かけた少女のような背格好。誰かが守りたかった命だろう。無残にも生ける屍と化してしまった彼女に目をやりながら気づかれないように車のそばを離れる。
倉庫を囲うフェンスはやけに広い。確かに一棟だけではないのだが、田舎だからだろうか土地はやはり十分にあるらしい。
ゆえに、中に入り込むのは簡単だ。俺たちは正面から離れたところでフェンスによじ登り敷地の中へと入り、積み上げられた丸太の陰に隠れて中の様子を見る。
「・・・それで、ここからどうする?前島さんたちを連れて帰る退路は用意できそうか?」
「これ以上連中が集まらないなら土台になる資材ならいくらでもあるしフェンスも広い。どこからでもご自由にってことだ。考慮すべきは千葉たちだな」
作戦が立てられないのは人間が相手だからだ。どう出るか分かったもんじゃない。
「奴はきっと俺たちが来ようものなら殺す気でいるだろう。・・覚悟はできてんだろうな」
「私を誰だと思っている」
「・・だな」
周囲に警戒しながら一つ一つの棟を確認していく。A棟からD棟まで四つ。最初に確認したB棟に人影はない。棟は資材置き場の名のとおり木材が積み上げられており、二階・・といっても通路と事務所らしきものしかないのだが、人が通るスペースがある。
千葉たちは気づいているのだろうか。俺たちがここまでやってきていることに。ひょっとしたら奴の銃口はもうこちらに向いているのかもしれない。
敷地内は不気味なくらいに静まり返っている。
「・・もう逃げた後とかじゃねぇだろうな」
「馬鹿言うな。感染者が侵入していないのならここを手放すわけがない。それに・・見てみろ」
成塚が首で指し示す方向には一台の車が置いてある。明らかに駐車スペースでない位置に停めてあるそれは千葉たちが元々乗っていたもので間違いないだろう。
「なるほどね。道路に車を捨てても万事OKってやつか」
なら他の棟をくまなく探すしかない。
立ち上がって次の棟を目指そうとした瞬間銃声が響き、俺の目の前に積み上げられた木材の一部が削り取られた。
「おおっと!!侵入者かと思って危うく簡単にぶっ殺しちまうところだったぜ!!あんたはお客様だから大事に扱わねぇといけねぇのになぁ・・?」
そいつは口元を歪めてニヤニヤと笑いながらゆっくりと近づいてきた。
「奴がゲロったか。まぁそれも俺の希望通りなんだがね。会いたかったぜ秋津さん。ずっとここで待ってたんだ」
警戒する俺たちを見て構えた銃を腰に戻すと、ヤニで汚れた歯を見せて俺に向けて続ける。
「ずっと殺したかったんだ」




