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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
高校演劇部部長:雨宮陸
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第五話「Get out here!!!!!!」

 朝六時半。暖房のない放送室はとても寒く、それぞれ備え付けておいたブランケットにくるまりながら事の行く末を見守る。


 体育館に大音量で流れるG線上のアリア。


 張り詰める冷たい朝の空気、外に広がる重たい曇り空。それでもたまに雲間から射す朝の陽ざし、その光帯をゆっくりと流れるようなバイオリンの旋律、いびつなうめき声の合唱……ノイズのように叩かれるドアの打楽器……血染めのフロア……ひきずられるはらわた……。


 素敵な朝だ……。



「選曲ミスも甚だしいッスね……」


「しょうがねぇだろ。だいたいこういうところにはクラシック音楽しか置いてないんだよ」


「趣味が悪すぎよ……」


 音量を最大まで上げる。耳をふさぎたくなるような音量はきっと体育館の外にもよく聞こえているだろう。

 

 狙い通りにドアがより強く叩かれている。フロア内の食屍鬼(グール)達は大きな音に反応しているのかうめき声をより強めてゆったりと歩いていた奴らの足取りも少しだけ早くなる。


 

 音量が中途半端ならばスピーカーのあるステージを目指したのだろうが、うろうろと辺りを周るだけの姿から反響しまくる轟音がどこから聞こえてくるものなのか理解できていないように見えた。


 しばらくしないうちにとうとう後方のドアが大きな音を立てて開き、大量の食屍鬼がなだれ込んできた。昨夜、体育館をぐるりと回ってみた時とはまるで数が違う。二、三倍はいるだろうか。一学年ほどの人数がフロアへと召集された。まだ後続にパラパラと数人いるだろうが脱出するタイミングはそろそろだろう。


 学年集会ならぬ地獄の集会を前に、俺たちは顔を再び見合わせ頷きあったあとに放送室を出た。


「これで出られるッスね!!」


「良かったね結衣ちゃん!」


 階段を降りながらキャッキャキャッキャとはしゃぐ後輩ズ。

 俺たちも二人に続いて下手側に降りる。下手側は集会の時に使う教壇やバレーコートを設置するためのポールが置いてあって、昨夜の騒動の際適当に片付けられたのかいつもより散乱している。四人が同時に集まるには少しだけ窮屈になっていた。



「……いいか。まだ全員がここに集まったわけじゃない。これほどの大音量だから周辺にいた奴らを全員おびき寄せてるようなものだ。だからこの集会に遅刻してきている奴には十分注意しろ。ドアを出たら正面のフェンスに登って校内から脱出する。……有沢、大丈夫か?」


 フェンスを登るのが一番近くて安全だったがそれを行うのに少しだけ心配がある部員が一名いたので声をかける。


「はい……!大丈夫です……!」


 小さいながらも力強い返事だった。三メートルもあるフェンスだが彼女の返事を信じるしかない。


「まぁ俺は一番最後に登るから後ろは気にしなくていい。とりあえず頑張って登ってくれ」


 ドアノブに手をかけ、もう片方の手でカウントダウンをする。


 3


 2


 1


 大きく息を吸い込みドアを開ける。


 冷たい風が吹き込み、朝もやに包まれた住宅街とこちらを振り返った合計六つの目玉が見えた。


 大きく息を吐きドアを閉める。



「……ぁあ」


「……いたっスね」


 直後目の前のドアが大きい音を立てて振動し始めた。


「……あぁ」


「……バレたわね」


 上手くいくはずの作戦を初期段階でへし折られ、落胆とともに襲い掛かる疲労に倒れこむ。


 思ったよりも勢いよく倒れたので雑に立てかけられたポールに肩をぶつけた。木製の壁に沿いながら嫌な音を立てて倒れるポール。


 俺はそれをただ目で追っていた。そのあと起こることなんて気にも留めなかった。


 ポールはゆっくりと倒れ、大きな音を立てて床に落下した。その下に運悪く別のポールが何本も積み上げられていて打楽器のようにカンカンとぶつかりあったあとガラガラと床に転がる。


「………………ぁ」


 時が一瞬止まったように思えた。他の部員も口を大きく開けて事の行く末をただ呆然と見ていた。


 ポールがひとしきり音を立て終わった後、全員の目が体育館フロアに繋がるドアに向かう。G線上のアリアはとうの昔にその演奏を終えた後だった。静けさに包まれたフロアから無数の足音がこちらへ向かってくるのが聞こえた。



 状況は絶望的。昨日そんなことを思ったが、あんなの絶望のうちにも入らない。



「ちょっと何やってるんスか先パイ!!!!!」


「あああああ……!!!!どうしましょう!!!どうするんですか部長!!」


「部長失格ね雨宮」


「しょうがないだろ!!!これを避けようったって無理だろ!!!全部適当に片付けた運動部の所為だ!!!」


 ……なんて馬鹿を言っている場合ではない。もう裏口から出る以外に選択肢なんてなかった。


「藤宮!!裏口開けろ!!」


「だって先パイ!!こっち側にも……!!」


「数考えたらこっちの方しかねぇだろ!!もう時間の余裕もねぇ!!!早く開けろ!!!」


 転がったポールを手に取りドアの前に立つ。

 フロア側のドアの前にはすでにものすごい数の食屍鬼が押し寄せているらしく、ステージ裏全体がミシミシと音を立てて揺れていた。


「あああもう!!!開けるッス!!!開けるッスよ!!!」


 フロア側のドアと俺の顔と裏口のドアを交互に忙しなく見る藤宮。


「ちゃんとぶっ倒してくださいッス!!!」


 思い切りドアが開かれ、外から先ほどの三体の食屍鬼が襲い掛かってきた。三人ともうちの制服を着ていた。


「おらあああああああ!!!!!!!!!」


 けれど、どの学年だとか見覚えのある顔かどうかなんて気にしている余裕はとてもじゃないが無い。ポールで小突きまくり三体を押し出していく。


 自分の体も外へ出た後、思い切りポールを振り回して一体一体の頬をぶん殴る。それぞれが突き飛ばされて横になったのを見計らって中にいる三人に呼び掛ける。


「ダッシュでフェンスに登れ!!!」


 俺をすり抜けてフェンスへ向かう三人。裏口まで戻りドアを閉めて再び起き上がる三体の屍と対峙する。


「雨宮!!!」


「俺はいいから!!早く向こう側へ!!」


 最上と藤宮はせかせかとフェンスを乗り越えるところまで来ていたが有沢はまだフェンスにしがみつきながらやっとやっとで登っている。

 ここで俺もフェンスへ登ってしまったら有沢がこいつらに捕まってしまう。三体を相手にするのは骨が折れそうだが仲間のためにやるしかなかった。



「おら……!この……!」

 

 のろのろと同方向からやってくる三体の食人屍をポールで小突きつつけん制するが全く効果なしで、亀のように遅い足取りをまったく緩めることはなかった。


「ぅぅぅぅううう……」

 

 低い唸り声が喉から発される。相手にけん制の意図はないのだろうが、無駄にこちらがビビってしまう。


 小突くのをやめて再びポールを振り回す。三体の体にクリーンヒットするがよろけるだけだった。



 脳の破壊。

 ゾンビにはこれしかないのはなんとなく分かっていたが、今の自分にとってそれを行うのは状況が悪すぎる。


 有沢の方を向くと彼女はフェンスを乗り越えた後だった。三メートルのフェンスから飛び降りるのに抵抗があるのか、その身を震わせながらゆっくりと下に降りていく。



 なら、これ以上相手にする必要もない。



 再び顔面めがけもう一度ポールを振り抜いた後、フェンスの向こう側へと投げ捨て、フェンスへと飛びつく。


 その瞬間、裏口のドアが開いて狭い入り口からもみくちゃになりながら大勢の死体が俺を狙ってやってきた。


「とりあえずお前らはもう走れ!!すぐそっちに向かうから!!」


 フェンスを乗り越えるかというところで、奴らは俺を見上げながらフェンスを揺らす。

 有沢と同じようにゆっくりと降りている暇はなく、結果として三メートルの高さから飛び降りることになった。


 固い地面を踏み、足の裏がじんじんと痛むのを感じつつもフェンスに背を向けて走るしかなかった。





「あっはっはっはっはっは!!どうだ!!!脱出してやったぞ!!!!」


 学校の裏から出てすぐの狭い路地を走る三人を前に歓喜の声を上げる。


「うわあああ!!食屍鬼をまいたと思ったら変質者が追っかけてきたッス!!!」


「誰が変質者だ!!!」


「おまわりさああああああん!!!」



 全員が笑いながら学校を背にパタパタと走る。嬉しくもなんともないのだが、とにかく笑えてしょうがなかった。







 ひとしきり笑い終えた後、広い通りに出て周囲を見渡す。


 いつもの住宅街の中にある少しだけ広いいつもの通り。この時間なら車がそれなりに走っているのに、人っ子一人見当たらない。


 自分たちの足音が街に反響して聞こえるくらい静けさに包まれている。


 学校の前の信号機が無意味に点滅を繰り返す。


 まるで誰もいない世界に投げ出されたようで、一気に不安が襲い掛かる。



 今にも雨の降りそうな重たい空を見上げて、昨日の最上の言葉を思い返す。


 俺たちはこの終末世界でこれからどうやって生きていけばいいのだろう。 

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