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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
元暴力団幹部:秋津康弘2
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第四十九話「良いヤクザ、悪い警官」

「別に、難しい質問をしてるわけじゃねぇ。・・そうだろ?」


 椅子に手足を縛りつけられたスキンヘッドの男は俺をじっと見つめたまま口を結んでいる。


「俺は無法モンだが生憎お前らみたいなクズじゃあねぇ。だが、忍耐にも限界ってモンがある。俺は気が短い方なんだ。さっさと答えた方が身のためだぜ」


 男はニヤリと頬を歪めて笑う。


「・・悪いが何も話せない。知らないんだ。俺は置いていかれた人間だからな。今頃はそうだな・・連れ去った家族と仲良くパーティでもしてるんじゃねぇのか?」


 冗談を言える余裕があるらしい。男の後頭部を掴んで頭を机に叩きつける。ガンッと鈍い音が小さな一室に響いたが男は悲鳴も上げなかった。ただ笑っていた。


 あのイカれたクズ野郎のように。


 小さなマンションの二階の小さな一室。椅子と机以外に何もないこの場所で俺はこいつを尋問する。される方はもうこりごりだったが、する分には随分新鮮味があって良かった。ああそうか、成塚はこんな気分だったのか。

 それでも決して気分が良いからやっているわけではない。前島さんたちの安否が何より大事なことだった。


「・・・知らないだと?俺はそうは思わねぇな。千葉は言った。俺たちが来なければもっと早い段階で脱出できたと。つまり、本来ならいつでも脱出はできたってことだ。こんな世界でその言葉はずいぶんとおかしく思えないか?みんな死に物狂いで安息の地を求めて彷徨っているってのにまるで自分たちは常に安全だと、安息の地が別に用意してあるから大丈夫だと、俺はそう言っているようにしか聞こえなかった」


 刀の柄で男の頭を突く。男の喉の奥で押し殺された声が鳴った。


「・・・あるんだろ?どっかにお前らの拠点が」


「教えたところでどうするつもりだ?千葉を殺すのか?」


「・・・・・・・いや、千葉の事はどうでもいい。前島さんだ。お前らみたいな腐れ野郎どもからあの家族を取り戻す」


「家族を?・・・・へっ!」


 男はまるで下手な冗談に無理やり笑うかのように笑顔を作ったあと、鼻を鳴らした。


「あんたの仲間を殺したのは、あの家族の父親だ。忘れたわけじゃねぇだろ?」


「いや、殺したのは千葉だ。前島さんの意志じゃない」


「だが引き金を引いたのは奴だ。奴が手前の頭で考えて引き金を引いた。・・・それに、奴は自分たちだけ助かろうとした男だぞ?助ける義理もねぇだろ」


 再びテーブルに頭をガンガンと今度は三度、力強く叩きつける。


「今はそんなことを話したいわけじゃねぇ。千葉の居場所を聞いてるんだ。答えろ」


 男は鼻からだらだらと血を流して口元を赤く染め、真っ赤な糸を引きながらながらニタリと笑った。


「・・・・あの家族は死んだ。モールに行く前に話したんだ。何かしら問題があって人質を取ったら殺すと。どんないいケツをした女でもそうだ。いくら回したって最後には殺す。そう決めたんだ。そういえばあの母親もずいぶんいいケツをしてたな・・・ぶっ」


 刀の柄で頬を殴りつける。歯の折れる音がして、男は血と歯をテーブルの上に吐き出した。


「おい、あの女が見えるか?」


 男の首根っこを掴み、部屋の隅に設けられた椅子に座って腕を組みながら険しい顔でこちらを見る成塚を指さす。


「あの女はお前も知っての通り警察のモンだ。お前が嫌いな善人だ。正義を掲げるクソアマ、悪は絶対に牢屋にぶち込む主義の女だ。・・その女が明らかに法に触れた尋問をしている俺を止めようとはしていない。どこまで行けば俺を止めるのか見ものだが、そうなる前にお前が死ぬかもな」


 席を立ち、成塚の方へと向かう。


「今度は良い警官のお出ましか?」


 背後から笑う男を振り返って一瞥する。少しだけ肩が降りているのを確認できた。どうやら悪い警官役の俺から解放されたことに安堵しているらしい。なら、ご愁傷様だ。


「悪い警官は俺の方じゃねぇ」


 成塚がすれ違いざまに俺に目をやる。その瞳に光はなく、何も映していなかった。この女は本当に警官かどうか疑いたくなる。今更気づいたが怒っているときの成塚の目はとてもじゃないが堅気のものには見えなかった。


 小さく息をついて、心を沈ませてから椅子に深々と座った。おそらくは安物の椅子だろう。木製で座るところだけクッションになっているが、布は冷たく、まるで木に一枚のシーツを敷いてその上に座っているみたいだった。


 部屋の隅から、切れかけでパチパチと点滅する目に優しくない照明の下の二人を眺める。

 成塚が男の向かいの椅子の前に立つと、男は醜く口から血や唾を飛ばして成塚に声をかけた。


「あんたを待ってたぜ。あんたがモールに来た時からずっと見てた。・・あそこはガキばかりだったからな。あんたは最高で胸もケツもいい具合だ。ずっとヤリたくてたまらなかった。なぁ、俺とセックスしないか?」


 成塚は顔色一つ変えずに男の後ろへ回ると拳銃を取り出して手錠に掛けられた右手を撃ち抜いた。

 突然の銃声に耳鳴りが痛いくらいに鼓膜の奥でわめく。男はとうとう声をあげて苦しんだが手錠に掛けられた腕と足をバタバタさせる以外に何もできなかった。男は椅子ごと床に倒れて悶える。


 俺は困惑していた。何が起こったのか分かっているつもりでも、眉間に寄せた皺が戻らない。呆然と口を半開きにしたまま立ち尽くす。


「秋津さん・・!!」


 銃声を聞きつけてか部屋のドアを開けて手斧を持った石井がやって来た。俺は「大丈夫だ」とだけ石井に言う。だが、その時には石井は斧を持った手を脱力させて成塚の方を見ていた。


「成塚さん・・?」


 成塚は開かれたドアの音にも石井の呼びかけにも応じずに男の座る、いや、縛り付けられた椅子を乱暴に起こす。


「てめぇ・・!!!このクソアマ!!!!俺の手を撃ちやがったな!!絶対に許さねぇ!!!ぶち犯してぶっ殺してやる!!!」


 身動きが取れない代わりに腹の底から暴言を吐きまくる男の左手に再び銃口を強く押し付けると、男は喉の奥で悲鳴をあげて黙り込んだ。


「・・おい、まだ左手が残っているのを忘れてはいないだろうな。お前の貧相なナニを残った左手でしごいていたいのなら奴の場所を吐け。私は秋津のように甘くはないぞ」


「このっ・・!」


「3」


 成塚のカウントダウンに男の顔が引きつる。別に目すら向けられていない石井の顔も引きつっている。


「2」


 この場にいる男たちが呼吸を止めたくなる、低音で殺意を孕んだ成塚の声。やがて訪れる発砲音を待ち構えるかのように部屋は静まり返っている。


「1」


 成塚が左手に押し当てた拳銃の引き金を引きかけて、ようやく男が叫んだ。


「倉庫だ!!!!」


 男は脂汗を額に浮かべてようやく絞り出したような声で続ける。


「モールの面する通りから2キロ西に進んだところに資材置き場がある!!フェンスも高くてもともと人もまばらだった場所だ!!ゾンビ共の影もない!!そこを最初の拠点にしていた!!計画さえ変わっていなければそこにいるはずだ!!!」


「・・協力感謝する」


 成塚は立ち上がって男の正面に周ると額へと銃口を向けた。


「・・・は?」


 男と同じように俺もとうとう口を開けた。何を考えている?

 成塚はそんな俺を置いて男に詰め寄って脂汗の浮かんだ額に銃口を付けた。

 皮膚の焼ける音か、汗が蒸発した音が部屋に響く。


「・・おい、なんだ、俺はもう全部言っただろ?なんで(それ)をこっちに向けてるんだよ!?」


「なりづk・・!!」


「やめろ・・やめろやめろやめろおいやめてくれ!!!」


 俺が止めに入るよりも早く、成塚はなんの感慨も持たないような表情で引き金を引いた。


 ガキン。


 刹那、時が止まったかと思うくらいの静寂が部屋全体を覆う。


「・・・あぁぁぁ」


 男は引き金を引かれた銃口がゆっくりと自分の目の前から去ると、本当に死んだかのように机に状態ごと突っ伏した。

 成塚は振り返り再び俺を一瞥して「用意しろ」とだけ告げると、マンションのドアをガタンと閉めて自分の部屋へと戻っていった。


 石井と顔を見合わせて肩を落とす。


「分かるだろ・・?あれが成塚だ」


「何も言わなくても分かります・・・あれが・・成塚さんなんですね」


「サディスティックな女だ。・・必要以上にな」


「・・俺もあとで罵倒してもらおうかな」


「まだ間に合うからこっちに戻ってこい」




 

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