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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
救助チーム:ケイト・バーキン伍長
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第四十四話「誰がための命」

「うわっ……なんすかこれ」


「なぁ少尉……?この建物と建物の間に蔓延ってるアリンコみてぇなのはひょっとして……」


「言わなくても分かるでしょう。噛みつきクソ野郎どもだよ」


「オーケー少尉。ジョークはここまでだ。これは、アリンコだろ?」


「噛みつきクソ野郎どもだ」


「アリ……」


「噛みつきクソ野郎どもだ」



 時差に慣れない頭がグルグルと回る日本時間午前四時。都心から車で数十分の米軍基地の食堂にて第三小隊の作戦の確認が行われている。机に広げられた衛星写真を見て私たちは絶句していた。


「なぁ……俺たちマジでここに突っ込んでいくのか……?」


「実にわかりやすい救難信号だしな……。見て見ぬふりはできねぇだろ」


 衛星写真の中央にある建物の屋上には白い布、おそらくシーツで作られたHELPという文字が映っている。その隣には小さいけれど何本か発煙筒のようなものが捨ててあり、昼夜問わず救難信号を送っているものと思われる。


「少尉、この建物は……?」


「地図で調べたところ、どうやら小学校みたいね。全校生徒が生きているものとは到底思えないけど……」


「もしもの時は他の小隊の手も借りりゃあいいさ。うちの下士官たちだけで数が足りるならそれが一番なんだけどな」


「にしても、これは……グラウンドだろ?このいっぱいに広がってる黒い点々は……今度こそアリンコだよな?」


「軍曹、もう諦めろ。そいつはアリンコでも人の形をしていて、首筋に噛みつこうと二足歩行までする種類のアリンコだ。俺たちの知ってるアリンコとは全く違う」


「あぁクソ……最後にいつも通ってるバーのウェイトレスと一発ヤッてくりゃよかった……」


「監獄行きになる前にここにこれてよかったな軍曹」


 盛り上がる准尉と軍曹を挟んで私の正面にいる少尉は、相変わらず近くを見ているのに遠くを見ているような目で広げられた衛星写真を見ていた。


「……この中でほかの小隊に割り当てられた衛星写真を見た者は?」


 少尉がポツリとつぶやく。その声は音量としては小さいものだったけど、仮にここがクラブかなにかで爆音の音楽がかかっていたとしてもその声は聞き取れただろう。そう思わせるくらいしっかりとした声だった。


「……いや、誰もいないみたいですぜ」


「……そう」


 少尉は大きく息をついて髪をかきあげると、数秒間だけ沈黙したあとで続けた。


「……あたしたちの小隊には先日見た者も多いとは思うけど、テレビ局のカメラマンがつく」


「少尉……!」


 この作戦が救助作戦ではなくプロパガンダの一環であるものだと小隊には私以外知らされていなかった。私は小さく声をあげて少尉の意図を確認する。

 少尉は小さくかぶりを横に振って小隊を見渡しながら話を進めた。


「今から言う事は他言無用ね。それと……すごく個人的な主観で物を言う事になると思う。できれば少尉としてのあたしを期待しないで聞いてほしい。……みんな分かってると思うけど、あたしの率いる第三小隊はこの衛星写真に映る小学校への救助活動を任された。場所はゾンビ共の巣と化した都心からわずか二十キロ、他の小隊たちの活動場所と比べて一番危険な場所にあると思ってくれていい」


 その場にいた全員がもう一度息を飲んだ。


「……それもこれも、あたしがあんたたちの隊長に任命されたせいだ。政府のプロパガンダとしてアメリカで放送される番組の中の『一番危険な場所へ自分や小隊の命を顧みずに人命を救助しにいくメリーランドのクソ田舎出身のどうしようもないクソ白狼』こいつを演じるためだけにあたしはあんたたちと一緒に死地へと突っ込めとあの無能大尉(モーテンセン)から命令が下った」


 少尉は目を伏せて声を静めたまま唸るようにして怒りを露わにする。


「あいつは、この衛星写真を見て、プロパガンダの材料に丁度いい。そう思ったんだ。間違いなくあんたたちの誰かが、何人かが、或いはこの小隊の全員が餌食になるなんて微塵も思わずにだ。あのクソ野郎はカメラマンまであたしたちの背後につけて映画監督かなにかになった気でいる」


 大尉と言い争った訳はこのことだったのだろう。少尉は声こそ怒りに震えていたけど目はあの時のように悲しい目をしていた。まるで自分を呪うかのように。


「もちろん散々言い返した。ふざけるなって、こんなくだらないことで部下を死なせたくはない、本当にここで救助を待つ人々を救う気があるのなら、万全ともいえる人員を用意してくれって頼んだ。でも奴は『それはできない』と。それ以上は上官命令だからと言って聞かなかった。本当にあたしは犬になった気分だった。あの無能の飼い犬に成り果てた気分だった。あいつが無能ならあたしは無能の犬だ」


 少尉は額を拭って、力なく小隊に「ごめん」と呟くと机に手を置いてゆっくり続けた。


「……無謀な作戦の所為で、無能なあたしの所為で、有能な兵士たちが死ぬ。どうしても避けたかったけどこれが現実だ」


「まだ決まったわけじゃねぇだろマディソン」


 准尉が少尉を呼び捨てにして声をかける。


「あたしを呼び捨てにする気か准尉」


「あんたが言ったんだろうが。『少尉としてのあたしを期待するな』ってな。本当に期待しないで良かったぜ。どこの世界に部下に向かって『作戦は絶望的だからもう諦めてくれ』っていう上官がいるんだ?まだ始まってもいねえだろ」


「そうだぜ、プロパガンダのために死ぬのはあんただけで十分だアルビノ。これだから白人ってのはいけねぇ。長い間白人至上主義によって絶望的な状況に追い込まれてきた俺たちにはこんなもん屁でもねぇや」


「少尉」


 小隊を力無い目で見つめる白狼を私はできる限り力強く呼んだ。


「私は今回の作戦のこと、決して絶望的なんて思ってません。これは私にとって絶好の機会なんです。国のためじゃない。今度こそ目の前の小さな命を救う機会が与えられたんだって、そう思ってます。今度は引き金じゃなくて、彼らの手を引きたいんです」


 ありもしないはずの硝煙の匂いが鼻を掠める。頭の中で真っ白な瞳が私を捉えている。それらを優しくかき消してから少尉にしっかりと向き直る。


「そう心配してくれなくったって俺らは簡単に死にゃあしないっすよ少尉。部下思いなのは分かったから、くだらねぇ任務よりも自分がすべきと思うことを優先してくれ。だから白狼になったんだろう?牙剥くだけじゃダメだ。噛みついてやらなきゃな。俺たちはまともな下士官だからあんたに付いていくだけだ」


「生意気言ってくれるなぁ准尉。……まさか子猫ちゃんにも叱咤激励されるとはね。分かった。もう絶望的なんて言わない。その代わり、誰も死なないでよね」


「けっ、無茶言いやがるぜ」


 軍曹が笑って下士官たちの方を向いた。少尉はいつもみたいなよく通る声で「注目」と叫ぶと士官学校の新人みたいに全員が一斉に向き直った。


「夜明けとともに準備を開始。それからここを出て、ポイントへと向かう。侵入経路については現地の様子を見て考える。この衛星写真は先日撮られたものだからそう状況は変わらないと思うけどね。いくつか候補は上げてるからその中から選ぶ。それから最後にもう一つだけ確認ね」


 全員がまっすぐな目で白狼を見つめていた。


「あたしたちはここにいる人たちを救助するために作戦を敢行する。これでいい?」

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