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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
高校演劇部部長:雨宮陸
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第四話「打開策」

 状況は最悪。この一言に尽きる。


 体育館のフロアは動く死体と動かない死体のみ。生存者はいない。

 慌てて出て行ったのであろう、俺たちが幕の中にいることすら忘れ、体育館のドアをすべて閉めて一目散に逃げていった。カギはしていないのだろうがどっちにしろドアからの脱出は困難だろう。


 選択肢は二つ。出るか出ないかだ。


 助けが来るまで籠城が本来ベストだろう。しかし、もはや生存者が中にいないと判断されて俺たちは締め出されたのだから当然誰かが助けを呼ぶはずもない。


 現在移動可能なのはここの放送室とステージの上、あとは上手(かみて)下手(しもて)だけだ。


 ……笑えない皮肉だ。俺たち演劇部が上演中に移動する範囲が現在の俺たちの行動可能な範囲なのだから。


 

 もちろんこの範囲に食料や水は存在しない。この状況でもって三日が人間で居られる限度だろう。籠城についてあまり考えるべきではない。


「少しだけ席を外す。心配するなここにいろ」


 後輩二人が不安げな表情で立ち上がる俺を見つめる。副部長である最上も少しだけ怪訝な顔をしていた。


「どこに行くの?」


「すぐそこだ。大丈夫、外の様子を見たいだけだから」




 出られないなら出るしかない。生憎出口は塞がれているが、どうにかして突破できた時のことを考える。外で群がる連中はどの程度だろうか。


 放送室を出て体育館二階の通路を渡りながら外の様子をうかがう。


 すっかり夜も更けて視認はしづらいが、体育館内の明かりに照らされているのでだいたいの数は把握できる。放送室とは反対の卓球場まで歩いてみた結果、ドアの外は片側二十体程度が壁にぶつかりながらひしめきあっているようだ。


 もう反対側の通路も回ってみたが、やはり似たような状況だった。


 放送室に入る前、下手側にある裏口のドアが目に入る。……外に出るだけならこれを使っても良かったのに。



「逃げられそうッスか……?」


 放送室に戻ると藤宮が開口一番で聞いてくる。


「……普通にはまず無理だろう」


「それは、普通じゃない方法なら逃げられるかもってことですよね……?」


 一握りの希望を抱く有沢の一言に「それでも無理だろう」とは言えなかった。同時に普通じゃない方法を取る必要があるということを思い知らされる。

 「普通には」……自分で言っておいてなんだがこの一言に希望を含ませるための意図はなかった。ただ絶望的だと言いたかっただけなのだ。


 




「人を食べるッス」


「まぁ、基本だよな」


「手を前にしてあーあーっていいながらのろのろ歩くイメージはあります」


 有沢が言葉通りに腕を前に力なく伸ばしてゾンビの真似をする。


「由利ちゃんそれはオールドタイプの食屍鬼(グール)っスよ。最近は走ったり、なんかグロいの飛ばしたりするんスよ?」


「えぇ……!走るの……?私足遅いからすぐ追いつかれちゃうよ……」


「幸い下にいるのは走らなそうね。さっきからうろうろしているだけで動きが機敏そうには見えないわ」



 演劇部ミーティング中。


 とりあえずは下にいる連中をゾ……食屍鬼と仮定して、従来の、及びフィクションの食屍鬼と比較しつつ、脱出の作戦を練る。


「噛まれたら食屍鬼になる。ゾンビ作品の基本ッスね。この設定があるから話に深みが生まれるっスよ」


「今ゾンビって言ったよな」


「……?雨宮先パイはゾンビ映画をグール映画っていうんスか?」


「……言いませんね」


「なら良しッス」


多少ムカつくが藤宮たちもだんだんと普段の調子を取り戻してきている。些細なことだが重要なことだ。わずかの笑みすら浮かべる。


「あとは……音に対して敏感ね。この前観た映画でもそうだったわ」


「……音ね」


 先ほどの光景を思い返す。多くの食屍鬼が横側のドアへと逃げた人たちには目もくれず、より人が多く逃げていった後方のドアへと向かっていったのはそういうわけだったのか。横のドアから逃げた人も、結局は外にいた食屍鬼に食われてしまったのだが。

 音に敏感なら今現在連中がドアの前にたむろしている理由も確かに説明はつく。外側からドアを強く叩く音に誘導されているのだ。


 ……誘導。なにか激しい音が外で起こってくれれば中の食屍鬼たちも外へと出てくれるだろう。だがそれを期待していてもしょうがない。


 噛みつかれたら死んだも同然。走らずに歩いて移動を続ける。そして音に敏感である。この三つは俺たちの知っているゾンビと同じらしい。


「……で、ひとしきり特徴をおさらいしたッスけどなにかいい脱出方法は出たっスか?雨宮先パイ」


「名指しするなよ」


「そうは言ってもここはやっぱり部長が引っ張ってくれないとッスよ。なんのために雨宮先パイを部長にしたと思ってるんスか」


「こういう状況を想定して選ばれたわけじゃないのは確かだな」


「そりゃそうッスけど」


「とりあえずもう少し考えさせてくれ」


「いい案待ってるッス」


「お前も少しは考えろ」





 それから随分時間が経過した。良いことなのか悪いことなのか、時間は経っても状況は大して変わっていない。

 放送室の小さな時計の針は深夜一時を指していて、有沢と藤宮は二人で肩を寄せ合って小さく寝息を立てている。

 寝てるんじゃねぇと起こしてやりたくもなったが、それだけまだ彼女たちに余裕があるということなのでそっとしておいた。


「うちの後輩二人は可愛いわよね」


 最上がそんな二人を眺めながらつぶやく。


「一人は生意気な口を利くけどな」


「頼りにされてる証拠よ、部長」


「本当かねぇ……。俺は馬鹿にされてる気しかしないんだが」


「そんなことないんじゃない?雨宮にアドバイスされたところちゃんと台本に書いて結構意識してるでしょ?」


 最上の言う通り、確かに藤宮は余計な一言は言いつつもアドバイスをしっかりと聞いて意識して直していた。より上を目指させるためにもう一度意識させることも多いが、そのたびに期待の斜め上で返してくる。


「まぁ、及第点ってとこだな」


「さすが上から目線の部長」


「お前も言うか」


 クスクスと静かに笑ってから、視線を外へと向ける最上。


「雨宮は……外がどうなってるか考えた?」


「……いや」


 だいたいの予想はつくが考えたくもなかった。


 今までの生活が、きっと自分の考えている以上に激変しているはずだ。


 仮に無事外を出られたとして、人を食らう亡者が無数に街を彷徨うこの世界を、ひょっとすれば誰かの助けもなしに生きていかなければならない。


 友人はどうしているだろうか。家族は無事だろうか。最上の一言をきっかけに雪崩のように考えたくなかったことが脳へと流れ込む。


「……ごめんなさい。考えさせるつもりはなかったの」


「別にいい。どう逃げたっていずれ突き当たる現実だった。第一そんなことを考えない方が異常だ」


「これからどうやって生きていけばいいのかしらね……」


「……」


 何も言えずただ黙ってうつむいていた。今は、今を生きることで精いっぱいだった。






 午前六時。外は明るくなりつつある。最近はこの時間に夜が明けるのか。


 結局俺は徹夜になった。最上も数時間だけ寝息を立てて五時くらいには起きていた。続けて藤宮と有沢も起床する。


「……おはようございます。ごめんなさい……その……眠くって……」


「由利ちゃん、そんなの全然気にしなくって良いッスよ」


「お前がそれを言うなよ」


「で、なにか打開策は出たっスか」


「少しはお前も申し訳なさそうにしろ」


「寝ちゃうのはしょうがない事ッス」


 もう何かを言い返す気力もなかった。




「……で、打開策なんだが」


「なにかあったの?」


「……確実とは言えないがこれを使うしかないと思う」


 壁側にドカンと置かれている放送機材を指さす。


「……これをどうするんスか……まさか」


「そのまさかだ」


 有沢を除いた二人が苦虫を噛んだような表情を浮かべる。


「これで音楽を大音量で流して奴らを中に入れる」


「えっ……!」


 有沢は俺の一言でようやくなにをしようとしているのか理解したらしい。


「そんなことしたらもっとひどいことになるんじゃないですか……」


「……校庭や付近にいる奴らが集まってくる。そしたら今は開かないドアだが数が多ければ奴らがドアを押し開けて次々と中に入ってくるだろう」


「……そしたら……」


「そしたら体育館の周りに奴らはいなくなる……でしょ?」


 最上が作戦を理解したようだ。


「そう。できるだけ多くの奴をここに引き付けて裏口からお(いとま)すればいい。脱出経路は完璧だ」


「でも、裏口からも当然入って来ようとするのがいるわけッスよね」


「裏口の様子は見えんから何とも言えないな……とりあえず今のところ外から叩く音は聞こえてこない」


「なら善は急げッスよね!さすがは部長!よくやったッス!」


「誰に向かって言ってんだコラ」



 ここから出られたら……。


 その先の事を考えている余裕はない。いまはただここから出るのみ。


 部員たちと顔を見合わせて適当に選んだCDを再生し、音量を上げていった。

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