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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
ショッピングモール
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第三十七話「We have lost tomorrow.」

 スーパーに入るとどこから湧いて出てきたのか、既に数体の連中が障害物として機能していた。

 俺たちの最後の砦だったモール内での活動は既に外に放り出されたこと大して変わらなくなっていて、息つく暇なんてなかった。

 

 駆け寄って首を撥ね飛ばしていく。


 血液が床へと飛沫した音がべちゃりと空を割いたように鳴る。


 いつの間にか前に出ていた陸や石井たちがともに応戦する。


 この地獄のような暗闇の中で先ほどまで怯えていた彼らは、驚くくらいまっすぐな目つきでひたすらに前へと障害物である連中を倒していく。


「もうすぐ生鮮食品のコーナーです!搬入口もそこにある!頑張りましょう!」


 石井がいつもの調子で呼びかける。しかし、そこに今までのような浮かれた調子は無く、覚悟のようなものを基盤としているのがはっきりと分かった。


「千葉!!後ろはよろしく頼んだぞ!!!」


「分かってる!任せてくれ!」


 

 生鮮食品コーナーには狙い通り、裏へ通じる銀色の扉があった。武器を持たない人たちから順番に入れていく。

 扉は鍵もかからず、簡単に開閉できてしまうのでこちらを視認している連中を片っ端から片付けた後で俺たちも中へと入った。


 扉の向こうはモール内よりも気温が低く、冷たく湿った空気が頬を撫で、連中の腐臭とはまた違った嫌な臭いが空気に乗って運ばれる。

 どこか遠くでぴちゃぴちゃと垂れる水の音を耳にしながら、ところどころ水たまりのある床を踏みつけて中を進んだ。


「……ここが搬入口の扉みたいですね」


 石井がドアノブを回すと扉が開き、中に風が吹き込んだ。


 暗闇に慣れた目が少しだけ眩む。

 

 外は朝を迎え始め徐々に明るくなっていたが、見上げた空に広がる真っ黒な雲から土砂降りの雨が地面に打ち付けていた。


「……朝だ」


 花田が空に向かって呟く。土砂降りの雨よりも夜が明けたことが俺たちにとって何より大きかった。……暗闇をとうとう乗り越えたのだ。


 傘なんて誰も必要ないと思った。


「……車はこの裏の駐車場にあります」


 前島さんがキーをポケットから取り出して先導する。土砂降りの雨を防いでいた搬入口の屋根から出ることを誰も躊躇しなかった。全員がその身を雨に曝して何も言わずに歩き出す。


 モールの裏はさっきまで連中に囲まれていたとは思えないくらいに閑散としていて、嫌なくらい静かだった。


 ゆっくりと先を行く前島さんが向かう方向には見覚えがあり、少しだけ足が重くなる。


「……詩音、車に着くまで目を伏せてろ」


「……なんで?」


「こわいひとたちがまだいるからだ。詩音が見たらきっと襲い掛かってくるぞ。それは嫌だろ?」


「やだ」


「じゃあ俺が良いって言うまで下を向いてるんだ。いいな?」


「うん」


 俺と詩音が交わす会話を不思議そうに見つめる宗太と目が合う。


「……もうこの辺にはいないみたいですけど」


「……確かにもう連中はここまで来たらいない。だが、別の奴らがいるんだ。千葉たちが慰み者にしてた哀れな連中がな」


 いまいち俺の言うことを理解できていない様子の宗太を差し置いて、角を曲がった前島さんが悲鳴をあげた。


「うわぁっ!!」


 スコップを持った陸とその連れの少女たちが悲鳴の元へと駆ける。

 その隣にいた石井たちは重い表情を浮かべてゆっくりと歩いていたままだった。自分たちが何をやっていたのか今さらになって分かったらしい。


「……なんなんスか……これ」


 角を曲がった陸の連れの一人が絶句して哀れな連中を見つめる。


「……これは……一体……?」


 言葉で理解できなかった宗太も唖然として連中を見ていた。


 鎖に繋がれ、何本もナイフを突き刺され、開いた腹から臓物を垂らし、鬼の形相で俺たちに牙を剥く女の姿をした連中。死んだはずの彼女たちの目には恨みのようなものが渦巻いていた。


「……これは……そうだな。この世界の掟だ」


 後ろにいた千葉たちが早足で前に駆けると、うつむいたままの詩音を抱え上げ、一番先頭にいた前島さんの隣に立った。


「詩音!!!」


 宗太が前に出ると仲間の一人がマチェットの刃を首筋に当てる。


「おっと……お父さん。こいつの意味は分かるよな?『娘を失いたくなくば、下手に動くな』だ」


「……千葉……お前自分が何やってんのか分かってるか?」


「……いいから黙って聞けよ秋津さん。要求は簡単だ。今すぐ全員武器を置いて、荷物をすべてこっちの家族に渡せ。少しでも下手なことしてみろ。やわらけぇ首だから簡単にすっ飛んでくぞ」


 全員が一斉に武器を置いて、荷物を前島家の方へと投げる。

 千葉たちが動くことも、俺たちが動くことも良しとしたくないらしい。確かに無力な人を介したほうが隙が無くて効率的だ。


「……前島……だっけか?その荷物を車に全部運べ。お前らだけは特別だから乗せてってやるよ。家族全員でな。秋津さんが連れてきた親子はどうも残念な結果に終わりそうだがな。自分たちの幸せを今のうちに噛みしめておけ」


「……最初からこれが狙いだったのか。どうりで今までおとなしかったわけだ」


 成塚がいつかに聞いたくぐもった声で尋ねる。


「……まぁ、だいたいあってる。あんたらが来なけりゃもっと早い段階でここから物資奪って逃げたんだがなぁ。おかげでゾンビが集まって来てるのにわざわざバリケード破壊して……もう少しで自分たちが馬鹿な目に合うところだったぜ」


「……バリケードって……じゃあ今夜の騒動は……」


 千葉はにやりと頬を歪めて答える。


「そうだ。屋上のワゴン車の扉を開けたのは俺の仕業さ。そうでもしなきゃ全員で逃げようなんて空気にはならないだろ?ついでに誰か……厄介な奴も食われてくれれば良かったんだが、どうでもいいガキとジジイがくたばっただけでまだ生きてるしなぁ……秋津さんよぉ」


「手前……」


「あんたには見損なったぜ。てっきり俺と同類かと思ってた。秋津康弘……その道のモンでなくても知ってる奴は多い。刑務所暮らしのクズ野郎。人殺しのろくでなし。俺と同じでこの世界で生きていける力を持った男。……そんな風に思ってたんだがなぁ」


「……残念ながら秋津はそこまで堕ちていない。お前と秋津が同じならなんだというのだ?」


 千葉が一歩前に出る。


「……俺は証明したかった。日の光から逃れて殺して奪って……社会秩序の崩壊した今、そんな俺たちがどれだけ生きやすくなったのかを。日の光に当たって歩いてた高慢な人様がどこまで堕ちれるのかを。……人を堕とすのは簡単だった。奪うことが生きる道だと石井たちに教え、この哀れな女たちを用意すれば喜んでナイフを投げた。……最高の気分だった。まっとうに生きる道を選んだこいつらでさえ、この混沌の中では簡単にクズ以下の存在に成り果てるのかと感嘆した」


 土砂降りの音に混じってチェーンがポールをこする音が響く。女たちは石井たちを睨みつけてその首元を食いちぎろうと必死だった。


「だが、石井たちはお前ほど狂ってはいなかった。これはただの過ちに過ぎない。世界に飲まれ、これが正しいことだとお前たちによって脳裏に焼き付けられただけにすぎない。仲間を失ったことでようやく正しい世界を認識したのだ。お前の証明は失敗に終わったな」


「……そうかい?俺は見つけたぞ。この世界で生きていく価値のある男をな。俺は知っていた。最初からここに前島の車があることを。こいつらは最初(ハナ)っからお前らを見捨てて自分たちだけで逃げようとしていた。自分たちが生きていくためならなんだってやってのける。この世界の規範となる正しい歩き方だ」


 前島さんはこちらに目もくれずうつまいたまま荷物を車に詰め込んでいく。


「……そして、お前らは生きるに値しない。安心しろ。ここで殺すことはしない。食料も何もない環境でゾンビの中を歩き、のたれ死ぬのを待ってやるよ。……一人を除いてな」


 千葉がポケットから拳銃を取り出す。俺が動きをみせようとすると仲間の一人が詩音の顎をあげてマチェットの刃を首に突き立てた。


「詩音!!!もうやめろ離せ!!!」


「……黙ってろお父さん。娘の首が飛んでいくのを見たいか?俺は見たいね。そろそろ赤い色をした血に飢えてるんでな」


 千葉はこちらを見ながらゆっくりと前島さんに近づき拳銃を渡した。


「……こ、これは……どういう」


「俺の最後の証明だ。秋津を殺せ。それができたら家族ともども安全な場所で降ろしてやるよ」


 震える手で千葉の手から拳銃を取り俺に銃口を向けた。


「……引き金を引けば簡単に撃てる状態だ。ゾンビと違って肺や心臓に当てれば簡単に死ぬぞ。まっとうな医療機関もないことだしな。落ち着いて引き金を引け。家族は大事だろ?」


 こちらを見据えた前島さんの顔は酷く青ざめていた。


「……秋津さん……ごめんなさい……」


「謝るんじゃねぇよ前島さん」


 震える前島さんに声をかけると雨の中だがボロボロと涙をこぼしているのが分かった。千葉は俺を殺させて、家族を持ったまっとうな人間ですら自分と同じ人殺しに成り下がると言いたいらしい。

 でも結局はこの人もまた、家族を守るためにやっていることにすぎない。千葉とは違う人間なのだ。


 手を脱力させて前島さんの前に立ちはだかる。


「秋津さん……!」


 石井たちの声が後ろから聞こえた。俺は振り返りもせず「これでいいんだ」とだけ呟いて、強い雨を全身で受けた。

 

 酷く冷たい雨が体中に痛いくらい打ち付ける。


 大きく息をついて前島さんの目を見つめる。


「……やれよ。家族を守るんだろ?」


 ボロボロ泣きながら頷き俺の心臓付近へと狙いを定めた。



 これでいい。きっと俺の最期として間違っちゃいない終わり方だ。


 引き金に掛けた人差し指が引かれるのをゆっくりと見ていた。


 銃声が土砂降りの雨の中に響いた。



 


 強い衝撃とともに仰向けに倒れて重たい灰色の空を見上げていた。


 誰かが叫ぶのが聞こえた。


 憎たらしい女の声だった。




「宗太!!!」


 その声を聞いて、急いで体を起こす。倒れた時の鈍い痛みは残ったが銃創はどこにもなかった。


 目の前で倒れた男の姿が目に入ると、俺の血の気が引いた。


「……宗太……?」


 車に乗り込む千葉や前島さんたちを目で追おうとすると、再び一発の銃声が周囲にこだました。引き金を引いたのは成塚だった。


 詩音を人質にとっていた仲間の肩を撃ち抜き、詩音に駆け寄る。


 車は撃たれた仲間を乗せずにエンジンをふかした後、急発進してその場を離れた。



 俺はその場でへたりこんだまま、何が起こったのかも分からずうつぶせで地面に伏した彼の姿をただじっと見ていた。


 



 夜は明けたはずなのに、このまま永遠に明日がやってこないような、そんな気がした。

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