第三十四話「NIGHT OF THE LIVING DEAD・2」
「成塚、下がれ!」
俺の後に続く成塚に叫び、暗闇の中を階段の踊り場まで下がる。
「秋津、まさか」
「いた。この上に、なんで、バリケードが破られたか!?」
自分でも支離滅裂なのは分かっていたが頭の中の情報を整理するので精いっぱいだった。
もう一度暗闇に向けてライトを当てようとした時、階段フロアに鈍くも大きな音を響かせ階段を連中が転がり落ちてきた。
「……っ!」
突然の出来事にあげそうになった声をどうにか抑える。赤いライトの中、ひしゃげた足をバキバキと折りながら連中が立ち上がる。
「成塚!照らしといてくれ!!」
「分かった」
懐中電灯をその場に投げて手斧を頭に振り下ろす。手斧は脳天に突き刺さることなく耳を切り落とし、肩に突き刺さった。生暖かい粘質の液体が首元に付着する。
「……クソっ!」
「秋津!離れろ!」
成塚が叫ぶ前に連中の顎は大きく開き、腕をめがけて噛みつこうとしていた。慌てて懐を蹴り飛ばして距離を取る。
直後またバタバタと音を立てて連中が転がってくる。どうやら屋上は突破されたらしい。
「早く全員に知らせるぞ!急げ!」
「急げったって……!」
「感染者の足は遅い!ここで戦っているよりいち早く全員に状況を知らせるべきだ!!」
「わーったよ!」
懐中電灯を拾い上げると、再び転がり落ちてくる連中の姿が見えた。屋上まで見ることはできていないが、これから転がり落ちる連中の数は数体では済まないだろう。
階段を早足で駆け降りる。懐中電灯で足元を確認している暇はなく数段踏み外して、そのたびに心臓が縮まる思いをしながら二階へと急いだ。
「起きろ!屋上のバリケードが突破された!!」
俺がフロアに叫ぶと何人かが起き上がってこちらへ駆けてくるのが分かった。
「秋津さん!……突破されたって……!」
石井が寝起きの低い声で尋ねる。
「屋上のワゴン車で作ったバリケードだ!まだ起きない奴は全員起こせ!俺はこっち側を回ってくる!お前は仲間連れてあっちを頼む!」
「分かりました!とりあえずフードコートに集合でいいですか!」
こんな非常事態にいつものように集まって何をするつもりだと一瞬思ったが、今現在侵入してくる連中に打つ手も退く手もないので、大きく首を縦に振るしかなかった。
宗太たちの眠るインテリア店に走り、宗太を揺さぶり起こす。
「宗太!起きろ!連中に侵入されてる!!」
宗太は飛び起きるとすぐ詩音を揺り起こした。
「……なに、どうしたのパパも……ヤスヒロも」
「詩音、こわいひとがここにやって来た。今すぐ起きてパパと一緒に来い……心配いらないからな」
「うん」
てっきりぐずるかと思っていたが状況の飲み込みは早いらしく、ベッドから這い出して靴を履いて宗太の手を握る。
俺は近くにあった、非常用にと服や生活用品を詰め込んでおいたバッグと模造刀を手に取ってフードコードへと急いだ。
爺さんと宗太たちを連れてフードコートに向かうと至る所に懐中電灯が置かれ、臨時の照明器具として機能していた。そこで全員が集まって顔をこちらに向けて、何かを待っている様だった。
「……秋津さん、説明してくれ」
千葉が煙草をふかしながら言う。態度は落ち着き払っているが、こいつ自ら発言することが珍しいのでそれなりの事態だと受け止めているようだ。
まだロクに脱出作戦が練れないのにも関わらず屋上のバリケードが破られ連中数体が侵入してきたことを全員に告げる。
「……それじゃあ早く逃げなきゃじゃないですか」
前島さんが震えた声で呟いた。その下で彼のズボンをギュッと握る小さな子供の姿も見える。確かに今は緊急事態だがここでいたずらに不安をあおるべきではない。
「連中はまだ屋上にいる。三階の階段を降りてくる時間もあるし、俺が見たところじゃ連中まるで階段を降り切れていない。転げ落ちて折れ曲がった手足でどうにか立って歩いている状態だ」
「うぅ……寝起きにはキツイ表現ッスね……」
「……とにかく時間は思ったよりもある。今のうちにどうするか全員で考えるぞ」
「……食屍鬼は倒せそうな数ですか?」
陸が手を挙げて尋ねる。
「ちょっと雨宮!」
「……大丈夫。聞くだけだから」
見た目からしてしっかりしてそうな女子にたしなめられる雨宮。今までも彼女に散々世話になっているのだろう。
「……すまねぇが俺は階段を登り切る前に降りてきちまった。全体の数は把握しきれてないが、戦うのは賢明とは言えねぇな」
「……そうですよね」
素直に引き下がる雨宮と同じように、俺の発言に異議を唱える奴はいなかった。俺たちは今日仲間を一人失ったばかりだ。
「なら脱出するしか道は無いですよね。……出口さえ見つかれば」
「……って言っても出口はないって結論が出たからな……」
花田と石井がフロアマップを指でなぞる。
戦うにしろ、逃げるにしろ、この人数で暗闇の中行動するのは非常に危険が伴う。せめて夜さえ明けてくれればと時計を確認すると、まだ午前三時だった。夜明けまでしばらくかかる。それまで籠城は可能だろうか。
誰もが自分が成すべきことを判断しかねていた。
ガタタタタタ!!
フードコートが静まり返った瞬間フロアの奥から聞き覚えのある音がした。
全員が懐中電灯を手に持ち音のした方へと向けると、階段へ続く通路の陰から一本の腕がずるずると地面を掴んで前進していくのが見えた。
「……もう来やがったか……!!」
続けざまに階段を転げ落ちる音が聞こえてくる。その音に前島家の母とカップルの片割れが悲鳴をあげた。
雨宮の連れは顔こそこわばっていたが悲鳴をグッと飲み込んでいるようだ。
「……で、結局どうするんだい?今はまだいいがグダグダやってたらパニック状態になるぞ。そんなことになったら今度こそみんなで仲良くゾンビ共の餌食だ」
「……もう強行突破しかないのかもしれない。できるだけゾンビの少ない出口を探して走り抜けましょう。前島さんの車まで」
石井が前島さんに目をやると、彼は目を伏せて小さく「そうですね」とつぶやいた。
「決まりだな。秋津さん、先頭は俺たちに任せてくれ。出来るだけ数は減らす。零れたのは頼んでもいいか?」
「……あぁ」
「よーし。全員荷物を持て!車に乗り込めば当てのない長い旅になるだろう。全員物資を詰め込んでこれからの生活に困らないようにするんだ。いいな?」
千葉が声をあげて全員に指示する。
「あの……!車は八人乗りなんですけど……!」
前島さんが小さく手を挙げながらおどおどした口調で千葉に言うと、千葉は顔をしかめて前島さんに突き返した。
「……今は人数気にしてる場合じゃねぇだろ?全員で乗り込むんだよ」
「……は、はい。分かりました」
「グダグダやってる暇はねぇぞ。さっさと荷物を用意しろ!」
ここに来て初めて千葉がてきぱきと指示を出し始めたのに少しだけ不信感を覚えつつも、言っていることに間違いはなかったので俺も荷物を背負いできるだけ缶詰やインスタント食品を詰め込んだ。
それよりさっきから気になっているのは前島さんの様子だ。今も荷物を急いで用意することも無く、家族と声を潜めながら何かを話している。
「……気持ちは分かるんです」
俺の向く方向に気づいた宗太が横から話しかけてきた。
「何よりも、家族がすべてですから」
「確かに……そうなんだけどな」
前島家としてはできるだけ今までのように家族で固まって過ごしたいのだろう。小さな子供もいるし、武器を持った男とはできるだけ距離を置きたいはずだ。
彼らはきっとこの世界を受け入れきれてないのかもしれない。
「ゾンビはどうだ!?」
「……ダメだ、もう数体こっちに向かってる。ライトの明かりの所為かもしれない。消すか?」
ライトを照らす花田が千葉に尋ねたが千葉より先に俺が答える。
「点けたままにしとけ!視界がなくなるよりはずっとマシだ!」
明りのない恐怖はさっきの一回で勘弁してもらいたい。
「準備できた奴はフロアの階段までこい!出来てない奴はさっさとしろ!」
千葉の仲間が声を張り上げる。……なんだってこいつら急にリーダー面し始めたんだ?
「秋津」
「……分かってる」
宗太と詩音を見やってから四人で一階へと続くフロア中央の階段の前までやってきた。
マチェットを膝にぶら下げた千葉と目を合わせ、何も言わずに黙ってそのにやけた面を見ていた。
「……ようやくきちんと目を合わせてくれたなぁ。秋津さん」
「……どういうつもりか知らねぇが、変な気は起こすんじゃねぇぞ」
「こんな土壇場で何しようってんだ?まぁいいさ、疑ってかかるのがこの世界の掟だしな。こんな世界じゃ何が起きても不思議じゃねぇ。……しかし疑う相手を間違えると痛い目見るぜ?俺なんかに構ってる余裕はあるのか?」
「うるせぇ。少しでもここの奴らに危害を加えるような素振りを見せたらこいつでぶん殴るからな」
「……俺だって『ここの奴ら』なんだけどなぁ」
相変わらずニタリと不快な笑みを浮かべてみせた千葉に自分の眉をしかめる。
やがて全員が階段前に集まってフロアの階段をゆっくりと降りていく。
階段を転げ落ちる音と連中のうめき声を耳にしながら暗闇と死者に囲まれたモール内を歩き始めた生存者たち。
夜は未だ明けそうもない。




