第三十話「Clobbering Time!!!!(後編)」
何とかタイムだとか石井が威勢よく言ったはいいが、何十と言う連中が広範囲に広がっている中、たかだか十数人が無計画に突っ込むのは自殺行為に等しかった。
てっきり石井なりに何か計画があるのだろうと説明の時を待っていたが構わず仲間内と連中の群れに飛び込んで行ってしまった。
陸や宗太たちは本当にこのまま突っ込むのかどうかを見極めかねているようだ。別にこのまま奴らが喰われてしまったところで俺たちは何も問題がないのだが、目の前で死なれるのはなんとなくこれからの目覚めが悪くなりそうだ。
千葉たちは相変わらず武器を手に持ったままニヤニヤと頭に手斧を突き立てていく石井たちを見ていたが、俺が千葉の方を向くと奴もまた目を合わせ「どうする?」と言いたげに首をかしげる。
「……何度も言うがお前らは前に出てこなくていいからな。自分が危険になったときだけ連中を倒せばいい。宗太に前島さんにそこの兄ちゃん……」
「……飯田明夫です」
宗太よりも細々とした声だった。初めてこいつの声を聞いたかもしれない。
「……分かった。明夫だな。迷ったら中で待ってる人の顔を思い出せ。そんで踏みとどまれ。俺に任せてくれればそれでいい」
木刀を左手でしっかりと握り前へ進む。
「秋津さん」
俺と同じく前に出てきたのは陸だった。軽く力も抜きつつしっかりとスコップを握り、臨戦態勢は整っているようだ。
「俺もやりますから」
「……無茶だけはすんじゃねぇぞ」
蔓延る連中を睨みつけたその眼孔に俺は宗太たちと同じ言葉を返すことができなかった。
一番手前の連中に飛びかかると、千葉たちも一斉にマチェットを握って飛び出した。
既に視認されゆっくりと近づいてくるその頭を薙ぎ払う。アスファルトに黒い飛沫が塗りつけられたが、まるで意に介さずその歩みを止める気もないようだ。
もう一度木刀を何度も頭に振り下ろす。割れた頭から中身がびちゃびちゃと撥ねるのを確認してから次に移動する。
少し離れたところで奮闘する石井たちや千葉たちは手斧やマチェットといった得物なので首を落としたり、一振りで頭を割ることが可能なようだ。
「はぁっ……クソ……なんか持ってくりゃ良かった」
果たしてモールにホームセンターは入っていただろうか?まぁ今更引き返せるわけもないのだが。
宗太たちはスポーツ用品店にあったバットやゴルフクラブを握っている。俺と同じで何度も殴打しないと連中は倒れない。
そして今回ばかりは数が数だ。何度も殴打して切り抜ける余裕はない。
俺たちの存在を視認してか、広範囲に広がっていた連中が少しずつ足を引きずりながら近づいてくるのがだんだんと大きくなるうめき声で確認できる。
石井はこれだけの数を手持ちの武器で切り抜けようと考えているのか……?
「秋津さん後ろ!!」
陸の声で振り返るとどこからともなく現れた連中が俺に掴みかかろうとしていた。木刀を振るリーチさえ設けられないところまで近づかれたので、木刀をわざと噛ませる。
腐臭が顔を撫で、ギチギチと食らいつくその咬筋力が腕を通して伝わる。
連中の腹を足で蹴り飛ばし、ある程度距離をとった後で思い切り踏み込んで脳天に木刀を食らわす。
ずるりと頭皮が剥けアスファルトに音を立てて落ちる。頭皮が欠けたところへもう一度木刀を振り抜いた。
陸は随分と手慣れたものだ。俺と同じく攻撃のほとんどが殴打によるものだが、スコップの刃を倒れた連中の眼孔に突き立て刺し殺してもいるようだ。
それでも一体。同時には殺せない。
殴打され、切断され、次々と頭の中身を曝していく仲間を前にしても、臆すことなく真っ白な目で俺たちを捉えたままゆっくりと何体も何体も列をなして近づいて来る。
「おいどうすんだ石井!!」
四人で固まり、近づく連中をどうにかして凌ぐ石井に声をかける。
「どうするも何も全部片付けるしかないでしょう!!」
再び彼の前にやって来た連中の顔面に斧を突き立てる。
……全部片付ける?全部片付けるだって?
車の止まっていない開けた視界の奥に映るのは、まだまだ県道からやってくる連中の影。それがどこまで続いてるのかは確認できない。まばらではあるがどこまでも道の向こうに続いている。
……これを全部片付ける?いまこの駐車場にいる連中すら片付けることが困難な状況なのに?
俺の頭の中に一つの仮定が思い浮かぶ。
……こいつらはまだ一度も大量の連中と対峙したことが無いのではないか。
いつだったか俺に語った話の内容は「ゾンビが大量に溢れている中でショッピングモールを自分たちだけで占領できた」ということだった。いち早く事件に気づき閉店するショッピングモールに入って籠城の準備をしたのなら俺や陸と違って最初から安全な場所にいて、そこから離れたことが無いわけだ。
連中の大群をあの街に連れてきたのも千葉たちで、あいつらが相手にしたのはせいぜいコンビニやスーパーにいる数体の連中のみだったら……。
自分たちが今確実に餌場に放られたなんて微塵も考えずに、未だハンターの気でいるのなら……。
俺たち全員が狩られるのも時間の問題なのではないか。
地の底から聞こえるようなうめき声は曇りはじめた空に反響し、耳を激しく犯す。
歪な大量の雑踏がアスファルトをこすり、雨の降る前に吹く生暖かい風と共に腐臭が鼻をつく。
戦闘中の陸と時々目が合う。陸も自分たちの状況が痛いくらいに分かっている様だった。陸たちは最初、閉鎖された体育館で転化した連中から逃げてきたという話を聞いた。陸もまた何を相手に戦っているのかを理解している。
「もういい石井!!撤退するぞ!!これ以上は無理だ!!!」
未だ連中を手斧で相手する石井に叫んだのは花田だった。
「何を言ってんだよ!!仲間の事を考えろよ!!中にいる人たちの事考えろよ!!それでも引き下がれるのか!?」
「仲間の事を考えて言ってるんだよ!!このままじゃ誰かが死ぬ!!それじゃ遅いだろうが!!」
連中を蹴り飛ばし、倒れたところにスレッジハンマーで頭を叩きつぶす花田は他の四人よりも見るからに体力を消耗していた。
そのおかげか自分が絶望的な相手を前に戦っていることに気づいたのだろう。
「俺たちはこいつら相手に何回も戦ってきた!!こいつらには慣れてる!!倒せるんだよ!!なのにお前ひとりの弱音のせいでチーム全員がこいつらの仲間になるんだよ!!黙ってろ!!」
「……クソが!」
吐き捨てる花田は再び息を切らしながら、ハンマーで横合いから殴りつけ連中を横に倒した。
そうこうしている間にも木刀は黒い血と付着物にまみれ、次なる獲物へと振り下ろされる。本当はもうこちらが獲物なのかもしれないが。
眼前に広がる連中の数は百にも上ろうとしていた。頭を潰されアスファルトの上に倒れる連中の数はたかだか二十数体。
宗太たちに気を配る余裕も無く、気づけば俺の背後にいた彼らも前に出て連中の頭を叩いている。まだ一度も相手にしたことが無いであろう彼らの打撃が致命打になるはずも無く、血飛沫が舞うだけだった。
「離れろ!!」
宗太に駆け寄って目の前で襲い掛かる連中をぶっ叩く。
「秋津さん……!!」
「いいから下がってろ!!」
千葉たちも顔から不快な笑みが消え、首を切り落とすのに必死なようだった。ここにいる全員が追い詰められている。それを他の連中もひしひしと感じている様だった。
連中に体力の限界は無い。俺らには存在する。
連中に死の恐怖は無い。俺らには存在する。
連中は消耗しない。俺らはとっくに限界を迎えている。
無限に集まる連中を相手にすることで、有限の体力に息を切らし、そこで初めて見えてくる死という現実が全員の足元をしっかりと掴んでいた。
ここらが本当に潮時だった。
「もういいだろ石井!!下がるしかねぇ!!戦い続ける意味がねぇんだよ!!」
花田の代わりにもう一度叫ぶ。
「まだだ!!まだ下がれない!……守るんだろ!?なら下がるなよ!戦え!!」
そう高らかに叫ぶ石井の息も切れていた。その仲間も例外なく息を切らしながらやっとの思いで一体を倒している様だった。
うめき声と硬質な金属音、それから激しく息を切らし漏れ出す声が周囲を満たした。それを引き裂いたのは一人の絶叫だった。
「いっだあああああ!!!」
叫び声のした方を向く。血の噴き出す肩を押さえているのは江藤だった。
武器を落とし、抵抗をやめた江藤のもとに次々と連中が覆いかぶさる。
「……っあああああああ!!!」
それを見て駆け寄った石井は手斧で江藤に群がる連中を次々と刺していくが、ろくに頭を射止めず山崎と斉藤に押さえつけられた。
「くそっ……!!全員走れ!!屋上駐車場まで下がれ!!!」
石井の判断を待っている余裕はない。一言叫ぶと全員が一斉に走り出した。もう逃げるしかなかった。
何かを叫びながら江藤の元へと駆け寄ろうとする石井は三人に抑えられながら駐車場へと戻っていく。
走っている最中、振り返った先に広がっていたのはおぞましい死者の海だった。
自分が生きているのかどうかも判断しかねるほど、死で溢れた光景だった。




