第二十八話「敵の敵は味方」
「もうすぐで体育館の事件から二週間経っちゃうッスよ」
パンケーキをプラスチックのナイフで切り分けて口に運びながら藤宮がつぶやく。
「……たった二週間か」
「もう二週間の間違いッスよ」
「たった二週間で日本全土が感染して、もうその2週間目が来るってことだな」
「……ほうっふね」
最近は時間の経過は早いのに一日一日はとても長いように思えた。振り返ればあっという間ということだろうか。振り返りたくも無いのだが。
ショッピングモールに来て一夜明け、時間はもう昼を過ぎていた。朝からバリケードの補強と言うことで秋津さんたちと重いものを運び積み上げ、数時間もしないうちに体中が痛くなった。
有沢は熱はだんだんと引いてきたがまだ病み上がり未満だ。軽い昼食を摂らせたあと最上が再び寝具売り場へと連れて行った。
ここの食事は各自で摂るようで、大学生たちや、四人家族、秋津さんたちはそれぞれ離れたテーブルで食事を摂ったり摂らなかったりしている。
そういえば秋津さんのグループにはまだ小さい女の子とそのお父さんもいた。警官の成塚さん、無法者の秋津さん、そして父娘と一見繋がりが分からない不思議なグループだ。いったい何があったのだろうか。
「藤宮、それ食べたら最上と有沢んとこ戻るぞ」
「えー……もうちょっとゆっくりさせてくださいッスよ」
「別に急かしたわけじゃないけどさ」
フードコート中央でどこか気だるげにテーブルを囲む大学生たちに目をやる。
昨日の昼間同様、夕飯の時間になると花田さんを除いた大学生たちが藤宮と最上に声をかけていた。食事の誘いだったらしいが二人はそれを断っていた。
最初は遠巻きに「何を遠慮しているんだ」とは思っていたが、二人が不快の表情を表していたので俺が出ていくと大学生たちは俺を睨みながら下がっていった。
不必要に敵を作る気は無かったが、きっと俺は助けたことを後悔されているのだろう。
考えてみればこのモールに若い女性は少ない。成塚さんは手を出せば返り討ちにされかねないし、もう一人の女性は常に彼氏と思しき人と一緒にいる。その中で女子高生が三人もやってくるとなれば大学生たちにとってはこの上ない贈り物だ。
まぁ、本人たちが嫌だというのなら彼女たちを贈り物として献上するわけにはいかないのだが。
『部員たちから目を離すなよ』
秋津さんの言葉を思い返す。このショッピングモールでいざこざが起こっている以上、やはりここまで来ても警戒を解くわけにはいかない。
「それ一個もらっていいか?」
特に許可を得ずに藤宮の皿からパンケーキを一切れつまむ。
「あっ、何やってんスか!!勝手に後輩のパンケーキ食べるって部長失格っスよ!!」
「お前が食べるの遅すぎて」
「他人の食事のペースに文句言うなッスよ!」
ごめんごめんと笑いながらも咀嚼したパンケーキを飲み込む。美味。
「ご馳走様でした」
「なーにがご馳走様ッスか。あとでちゃんと罪を償ってもらうっスよ」
皿にはまだ数切れのパンケーキが残ってはいるが、藤宮はフォークとナイフを置いてテーブルの中央をじっと見ていた。
「……どうした?」
「いや、なんか……もしも世界がまだこうなる前のままだったら……もしも……デ、デートする時とか……こんな感じなのかなぁって……別に先パイがどうとかってわけじゃないッスけど」
「まぁ、デートの相手が俺だったらさぞかし不満だろうな」
「……別に不満ってほどでもないっスよ。ま、まぁ先パイはもうちょっとで惜しいとこまでいけるくらいッスね」
再びフォークを手に取ると今までのスローペースはなんだったのか残りの数切れペロリと平らげてしまった。
「さぁ、もう行くッスよ!いつまで呑気に座ってるッスか先パイ!」
「あのなぁ」
いつもの横暴な藤宮にため息をつきつつ、空き容器が置かれたトレーを持って立ち上がる。
「ついでに私のも捨ててきてくださいッス」
「……できればお前の彼氏にはなりたくねぇな」
トレーを捨て、近くの手洗い場で手を洗う。今のところ水は出ているが今後いつ止まるかも分からない。飲料水はまだここに山ほどあるが念のために後で貯めておいてもいいかもしれない。
藤宮の元へ戻ると、藤宮は大学生四人組から再び声をかけられていた。またしても引き気味の藤宮を見て名前を呼ぶ。
まだ向こうは話している途中だったが俺が声をかけるとすぐに駆けだしてこちらに戻って来た。
「……大丈夫だったか?」
「……はい、とりあえずは大丈夫ッス」
四人組は小さく何かを話しながら俺の方を睨んでいる。
もともと厄介ごとは苦手だったが、頭に血が上っていたので睨み返した。あとで報復なんてされなければいいのだが。
「……あとで秋津さんに相談しておこうか」
「秋津さんってあの怖い人ッスか……?味方にする相手間違えてないっスか?」
「大丈夫だ。見た目ほど悪い人じゃないと思う。常に隣には成塚さんがいるし」
「……そういえばそうっスよね。もしかして二人は付き合ってたりとか?」
「……いやぁ……ないだろうそれは」
仲睦まじい様子は一切見受けられないが、今更ながら真逆の立場の二人が一緒にいることに疑問を抱いてしまう。本当に何があったんだろうか。聞いても絶対に答えてはくれなさそうだ。
寝具売り場で話す三人を遠目に、通路でショッピングモールを意味なく見回す。遠くからこちらに歩いて来る人影が視界に入り、その顔がはっきり見えてくると思わず身構えた。
「……雨宮……だっけ?今話せるか?」
声の主は花田さんだった。俺たちの受け入れを拒否した人物でもある。
「ええ、大丈夫ですよ」
「……警戒しなくてもいい。ただ誤解を解きに来ただけだ」
できるだけ笑顔を作って答えたがそれがバレてしまったらしい。花田さんは手すりに手をかけて続ける。
「あいつらに何を言われたか、お前が俺をどう見ているのかはだいたい分かっている。俺がお前らが来ることを拒んで、お前らの存在をよく思っていない。だいたいこんな感じだろ?」
「……まぁ、そうですね」
「……俺は別にお前らの存在をよく思ってないわけじゃない。確かにお前らを拒みはしたが、今は単純に仲間の事を何一つ考えていない石井の身勝手な行動が許せないだけだ」
「……どうしてそれを?」
花田さんは一呼吸おいてフードコートの方角に目をやった。
「……お前も俺と同じ敵を作ったみたいだしな」
「……俺だって安息の地でいざこざなんてごめんですけど、仕方がなかったんですよ」
「分かってるさ。何かあったときは俺も力になるから。……まぁそんな感じだ。くれぐれも気を付けろよ」
花田さんは後ろへと振り返り右手を小さく上げて去っていった。
「何話してたの?」
最上が寝具売り場から出てきて声をかける。
「あぁ、ちょっといろいろさ。……たぶん花田さんも頼りにして良い人かな」
「私たちの事よく思ってないんじゃ……」
「それは違うって話をしに来た。確かにそうなる理由は揃ってる。接触するときはできるだけ俺が出ていくから心配するな。ちょっと俺も横になっていいか?夕飯食べるときに起こしてくれればいいから」
「分かった」
適当なマットレスに寝転び、毛布一枚にくるまって目を閉じる。
食屍鬼相手の次は同じ人間が相手か。もちろん頭を叩き割れって話ではないから食屍鬼よりも対応が難しい。
ただ食屍鬼は否が応でも殺さなくてはならない相手だけど、人間ならうまく立ち回れば手を組むことだってできる。なんにせよ行動を起こすのは俺だ。できるだけ正しい道を選びたい。
未使用の毛布の匂いに包まれて多少寝心地は悪かったが眠りにつくのはそう難しいことじゃなかった。
目を開けるとフロアがいつもより暗いことに気づいた。
普段はフロア全体と人のいる店内の照明は点いていたのが、今は小さい明かりが点々としているだけだ。
「先パイ、起きたっスか」
薄明りの中、隣に立つ藤宮が俺を見降ろす。
「あぁ……電気は点けないのか?」
「……それが、とうとう電気が止まっちゃったみたいなんスよね。今は予備電源で明かりが点いてるっぽいんスけど、この照明もいつ切れるか……」
あぁ……。寝ぼけ眼をこすり頭を揺り起こす。
分かってはいたが、やはり電気は止まるらしい。あとでろうそくを何本かもらいに行かなくては。
ショッピングモールに来て二日目の夜、早くも状況は芳しくない。
薄暗い店内はまるで俺たちの行く先を表しているようで少しだけ心が折れそうになった。




