第二十七話「安息の地(仮)」
「……こんなご時世に四人で生き残っているとは聞いていたが、まさか全員高校生だとは思わなかったな」
「あぁ、全くだ。しかも二十体近くの連中をスコップ一本で倒しちまうとはな。どういう修羅場を越えたらあんな真似ができるんだよ」
迎えのパトカーの後部座席に四人で座り、窓の向こうに流れる田園風景を時々横目にしながら運転席と助手席の会話を聞いていた。
「ただ者じゃねぇな、若いくせに」
バックミラー越しに男と視線が合う。俺を評価するその声には感嘆に混じって男の猜疑心が垣間見えた。
「……俺一人がやったわけじゃないですよ。それに部員の案で一体ずつ倒していく作戦が取れたからです。……実質常に一対一か二対一でしたから」
「だとしてもほとんど不死身の連中の頭を一撃で仕留めていかなきゃいけない。そう簡単なことじゃないよな?それに一体相手にするのも一苦労だろうに、お前は連中に飛びかかっていったよな?」
その問いには口をつぐんだ。
俺だって自分で何をしているのか途中で分からなくなった。
破壊されていく頭に、飛び散る血に、俺は飢えたようにスコップを振り回し突き立て食屍鬼を仕留めていった。
頭に血が上るのは分かっていたけど、その感情が怒りなのか歓喜なのか自分でも掴めない。俺はとうとう狂ってしまったのだろうか。
「……秋津いい加減にしろ。彼の言う通りにやれば十数体相手にするのだって不可能ではない。お前がそう警戒しなくても彼らは安全な人物だ」
「誰も危険人物なんて思ってねぇよ。ただちょっとからかっただけだ。俺がこいつくらいん時は女に囲まれることなんてなかったしな。お前の名前は?」
「……雨宮陸です。あとこっちから最上と藤宮と有沢です」
「……陸でいいよな?あとのお嬢さんがたは適当に呼ぶかもしれん。俺は秋津康弘。こっちが成塚だ」
女性もバックミラーをちらりと見ると、小さく凛々しい声で「よろしくな」と言った。
車の進行方向は、以前泊まった食堂のある方だ。この前までは食屍鬼の影すらなかったのに、今は田んぼに挟まれた小さな道路を何体も我が物顔で闊歩している。
部員たちもその光景を眉をひそめて見ていた。
「……数日前まではここの道も安全だったのだろうな」
成塚さんができるだけ揺れないようにハンドルをさばいて食屍鬼を躱していく。それでも振り向きざまの食屍鬼の腕が車のボディをこすり、ゴンと横で鈍い音が鳴った。
「なんで分かるッスか?」
「……この感染者たちは今ショッピングモールにいる生存者に市街地まで誘導されたものだろう。数日たって溢れ出てきたに違いない」
「ってことはその人たちのせいで私たちはあんな目にあったってことッスか……」
「……まぁそういうことになるな。私たちも彼らのおかげでえらい目には合ったが」
「そういえば昨日、ショッピングモールでいざこざがあったとかってのはなんなんですか?成塚さんたちはその『彼ら』と対立してるとか……?」
成塚さんは少しだけ間を置いて、ため息をつくと「秋津」と名前を呼んだ。
「……お前らの事を考えて全部話すが、勘違いするなよ。意地が悪くて言ってるわけじゃねぇ。それだけは覚えておいてくれ」
秋津さんは全員の顔をバックミラーで眺めてからゆっくりと話し始めた。
「……実は今ちょっとしたもめ事があってな。原因はお前らを助けようとした石井って若い野郎だ。簡単に言えばそいつが誰にも相談せずにお前らを受け入れて、それに反対した奴と対立してるって状況だ。何人かはお前らを歓迎してくれねぇ奴がいるってことを頭に入れておいてくれ。まぁ、若い連中以外は大してこのことに興味も無さそうだからそう窮屈でもねぇよ」
「昨日も言った通り、私たちは中立の立場だ。石井のおかげで君たちを迎えに行くしかなくなったからこうして車に乗せた。向こうに着いたらしばらくは私たちと同行した方がいいだろう」
俺を含めて部員たちは全員が苦い顔をしていた。藤宮は有沢の手を握って「心配ないっスよ」といつになく真剣な顔で言い聞かせる。
万が一のことがあれば、今度は人間を相手に部員を守らなければいけない。
そうなってしまったとき、俺は一線を越えられるのだろうか。
車は橋を渡り、更なる田園を越えてショッピングモールを目指した。
「……無線の相手って君たちだったのか!!」
ショッピングモールに着き、屋上の駐車場に車が止まると出入り口に何人か待ち構えていた。その中の一人が俺たちを見て大げさに驚く。彼の声には聞き覚えがあった。
「あなたが最初に連絡をくれた人ですか?」
「そうだよ!まさか俺より若いなんて……しかも女の子三人も連れてさ……!」
秋津さんたちの話を照らし合わせるとこの人が石井という人だろう。
「……花田。俺が受け入れなかったら彼らはすぐにでも死んでたんだぞ。見ろよ、まだみんな子供だ」
花田と呼ばれた背の高い男は腕を組みながらじっと石井さんを睨んでいた。おそらくはこの人が……。
「おい、お前らとりあえずこいつらを中に入れてやってくれ。一人熱出してる奴がいる」
「分かった。もちろん歓迎するよ。さ、早く中に入ろうか」
石井さんが藤宮と最上をエスコートするように後ろから手を差し出して中へと誘導した。俺はパトカーに戻り、後部座席で横になる有沢を迎えに行く。
「……有沢、歩けそうか……?」
「あ、はい、とりあえずは……」
俺の手を取って立ち上がるも若干よろめいていたので、その場にしゃがんで背中を貸すことにした。
「……ごめんなさい、二回もこんな……」
「気にすんなよ。どっかの誰かと違って足が疲れたからおぶれって言ってるわけじゃないしな」
残っていた成塚さんと秋津さんとでエレベーターに乗る。薄情にもあいつらは先に下に行ってしまったようだ。
「……お前らは何の集まりだ?クラスメイト?部活?」
エレベーターに乗り、俺と有沢を見て秋津さんが尋ねる。
「部活です。全員演劇部で俺が部長やってます」
「そうか。部長も大変だな」
秋津さんが俺の肩に手を乗せる。
エレベーターが二階で止まり、成塚さんが先に降りた。どうやらこの階に全員が集まっているらしい。
「部員から目を離すなよ」
まっすぐ前を見つめたまま秋津さんが小さくこぼすと、そのまま何事も無かったかのように成塚さんの後に続いた。
モールの二階で降りて、有沢をおぶったまま店内を歩き、有沢が横になれそうな場所を探す。運良く寝具売り場の小さなベッドが空いていたので有沢をそこに寝かせた。
「……大丈夫だったか?熱がまたあがってなきゃいいんだけど」
「大丈夫です。もうあとちょっとで治りそうですから」
「あとちょっとで治りそうって時にぶり返すんだから、あんま無理すんなよ」
「……はい。本当にありがとうございます」
「ちょっといいか?」
有沢の前髪を流して額に手を乗せる。まだ少しだけ熱いが幾分かは引いたみたいだ。とりあえずはここで安静にしてれば治るだろう。今度こそ安心して休ませてやれればいいのだが。
通路側に立ち、手すりにつかまりながら最上たちを探す。
石井さんに連れられていったから危険ってことはないだろうけど、秋津さんの言葉が少し引っかかる。
しばらくすると二人で奥の方から戻って来た。
「なにやってたんだ二人して」
「……ごめんなさい。ちょっとお話してて……」
どこかよそよそしい二人は、俺を前にして何を言うでもなくじっと立っていた。
「……なにかあったのか?」
「いや……別にそういうわけじゃないッスけど……」
「……そうか。とりあえず有沢の様子を見てきてやってくれ。ちょっといろいろ見てくるから」
「雨宮」
「……なんだ?」
「早く戻って来てね」
「……おう」
あまり見せたことのない表情をした最上に思わず動揺する。
考えてみればこんな状況になってから俺以外の人と接したことは無かった。それで二人ともどこかよそ行きの態度をとっているのだろう。
不安はまだ拭えないがとりあえずは生活に困らない場所を借りることができた。俺も部員たちもようやく羽を休めることができるだろう。
店内の音楽も照明もないモールに響く自分の足音に少しだけ気分が弾んだ。




