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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
ショッピングモール
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第二十六話「Whatever Happened to the HighSchool Students?(後編)」

 日も昇りはじめた朝七時。大音量で叩かれ軋む門を前に俺たちは今度こそ成す術がなかった。

 大きく構えられた木製の門は頑丈そうに見えて、実際外から猛烈なノックをされても軋む程度に留めているのだが、この状態がいつまでもつのかなんて俺たちに分かるわけはない。


「先パイ……」


 昨夜あんなに言ったのにと言わんばかりの視線を向ける。


「いやぁ……だって……ねぇ……?」


 バンバンと門を叩く音からして食屍鬼の数はおよそ十数体。時間が経てば経つほどその数は増していくだろう。なんとか逃げ道を探さなければ。


「とりあえず急いでバリケード用意するわよ。私も手伝うから、雨宮は重い物中心に門の前において頂戴」


「分かった」


「結衣ちゃんもできるだけいろんなものを門まで持ってきて」


「了解ッス!」


 最上の指示で棚や家電の類を門の前まで持っていく。俺もそう指示を出しただろう。今はここを守ることが先決だ。


 家具の一つ一つはとても重たかったが、門を叩く音が俺を無理やりに急かす。命の危険がすぐそこまで迫っているという感覚は体育館以来だったかもしれない。


 今まで一番避けたかった事態だ。もう二度とあんな思いはしたくない。そう思いながら今まで食屍鬼を遠ざけて過ごしてきたのに何故こうなってしまったんだ。


 最上とともに食器棚を運びながら昨日も頭に浮かんだ疑問ともう一度正面から向き合う。


 市街地からたまたまやってきた?集団で歩いていた食屍鬼がたまたま俺たちの存在に気付いた?

 食屍鬼たちは思考を持たない。いくら人を食べるためだけに動いているとはいえ、そのために道具を使ったり、陣形を作ったり、奇襲作戦を考えたりはしない。動物以下の知能であり、本能と言うべきかどうかも分からない、あまりにも衝動的な行動しかできないのだ。

 目に入ったから追いかける。目に入ったから食べる。それ以外には何もできずにうろうろとするだけ。

 それだけの連中がなぜ?

 考えてもその答えが出ることは無かった。


 数時間もすれば門の前にはそこそこ信頼できそうなバリケードが出来た。門を開くのにはかなりの労を要する。

 それはここの安全が増したと同時に、俺たちさえここから出られないという意味でもある。

 家の周りは高い塀で囲まれ、フェンスほどよじ登るのも容易ではない。有沢の事も考えればなおのことだ。


 出来上がったバリケードの前で俺はどうしたらいいのか分からずに門をただじっと見つめていた。



「雨宮、ちょっと来て!」


 九時過ぎ、和室で有沢を見ていた最上が庭にいた俺を呼んだ。どうやら何か急ぎのようで、早くと急かしている。


「これ。昨日の男を出せって言うから」


 最上が差し出したのは無線機だった。手に取って無線機に話しかける。


『……昨日の男か……?』


 無線機からの声は、昨日の快活そうな男ではなく低い声の男だった。その声から悪い人相が容易に想像できてしまって、警戒しつつ答える。


「……はい。あなたは昨日の人じゃないですよね?出来れば変わってほしいんですけど」


『……いや、あいつは取り込み中だ。ちょいと事情が変わってな。お前らがここに来る前に俺たちが迎えに行くことになった。今いるところを詳しく教えてくれないか……?』


 応答のボタンを押す前に最上から「雨宮」と小さく呼ばれる。

 最上が何を言いたいのかは分かっていた。最上の目を見て小さく頷くと、無線機に向かってまた話し始める。


「……俺たちの居るところは数日分の食糧しかありませんよ?」


 無線機の主は略奪者とみた。ショッピングモールはすでにこの相手に襲われ、快活そうな男は持っている情報を吐かされて殺されてしまったかもしれない。


『……話が通じてねぇようだな。俺は手前らがどこにいるのかを聞いてるんだよ。迎えを寄越してやるってんだからさっさと……おい!なにすんだ成塚!離せこの……!!!!』


 通信が途絶えた。

 

 部員たちは俺の持つ無線機を不安そうに見つめている。俺も一体無線機の向こうで何があったのか、大きく脈打つ心臓とともに考えを巡らせていた。


『あー。あー。んん。……うちの馬鹿が大変失礼なことを言ったみたいで申し訳なく思っている。心配しないでほしい。私たちは……少なくとも私は安心させてやれる人間だ。もう一度君たちと連絡を取り合いたいのだが、応答してもらえないだろうか』


 これまた低い女性の声だった。部員たちの顔を見渡した後、もう一度無線に話しかけてみる。


「……あの、今度のあなたは誰なんでしょうか。昨日の男の人は……?」


『……心配しないでほしい。私は昨日の男とともにショッピングモールで籠城している警官だ。わけあって今彼は無線に出られない。ちょっとしたいざこざがあってな。そこで中間の立ち位置にいる私が連絡を寄越した。さっきの男は忘れてくれ』


 ……忘れろったって……。


「……それで迎えがなんとかって話は……」


『……私たちも周囲には警戒していてな。ショッピングモールに食糧があると君たちに知られた以上、そちらの都合でこちらに来てもらうのは少々問題がある。別に君たちが悪い人間だとは思っていないが、念のためにな。それに君たちにとっても道中歩くよりもずっと安全だろう。できれば君たちの居る場所を教えてほしい』


「……断ったら?」


『……別にどうもならんとは思うが、こちらの状況を考えると君たちは二度とここに入れなくなるかもしれない』


 口調からして単なる脅しではないようだ。中間的な立ち位置とも言っていたし、ショッピングモールにいる十数人の中でも彼女は一番信頼に足る人物かもしれない。

 

 言われた通りになるべく細かく自分たちの居る場所を伝える。


『分かった。今日にでも迎えに行く』


「あの……できるだけ早くに来てくれませんか?」


『……どうした?厄介ごとか?』


「……いえ、うちの仲間が風邪で寝込んでて」


『……噛まれてはいないよな?』


「それは大丈夫です。どうやら疲れがたまってたみたいで」


『……ふむ。それは心配だ。分かった。すぐにでも発つ』


「ありがとうございます」


 礼を告げて無線をテーブルの上に置く。


「……どうして門の事言わなかったッスか」


 藤宮が文句ありげに口をとがらせて尋ねる。


「門の事を言えば厄介ごとと思われて来てもらえなくなる。助けが必要なら助けに来る人は多いけど、食屍鬼に囲まれた中に俺たちはいるんですって言って誰が助けに来るんだ?」


「……それもそうッスね」


「助けに来てもらえるだけ有り難いんだよ。彼らはたぶん良い人だ」


 そうであってほしいと祈るしかなかった。





 助けが来るとしても、食屍鬼が大勢門の前に居て、バリケードも作ってしまった以上これを何とかしない事には、素通りされてショッピングモールにUターンでおしまいだ。

 

「……もう塀の上にどうにか登って降りて助けてもらうしかないッスよ」


「だが、どのみち車に乗るのにも食屍鬼の存在は厄介だろう。食屍鬼を何とかしない事には……」


「また中に入れてしまうのはどうかしら。その隙に逃げちゃえばいいんじゃない?」


「……塀と門まで少し距離がある。誰かが開けない事には門が奴らの手で無理やり壊されるのを待つしかない。そうする時間も今回は無いしな……」


「先パイが開けて、猛ダッシュでこっちにくればいいんじゃないスか?」


「あのなぁ、流れこんでくる食屍鬼の数を考えろよ。俺は一瞬で奴らのエサだぞ」


「……先パイのことは忘れないッスよ」


「おい」


 なかなかいい案が出ないまま時間は流れていく。早く何とかしないと本当に助かる見込みゼロだ。


「……あの」


 有沢が布団から起き上がって小さく手を挙げた。


「有沢はいいから休んでろ。俺たちがなんとかこの場を乗り切るから」


「……そうじゃなくて、食屍鬼をちょっとずつ入れたらどうでしょうか」


「……まぁ、数は少ない方がいいよな……」


 有沢の発言に苦笑いして門を見つめた。

 ……ちょっとずつ入ってきてくれたらどんなにいいことか。ちょっとずつ入ってきたからってどうにかなるわけでもないのだが。


「……今みんなが用意したバリケードで門が少ししか開かないようにして、食屍鬼をちょっとずつ入れて、それでみんなで頭をぱっかーんってすれば全部倒せるんじゃないですか?……無理ですかね」


 自信なさげに手をひっこめた有沢を全員が見ていた。


「ちょっとずつ入って来た食屍鬼の頭を……」


「みんなでぱっかーんッスか……」


「有沢、お前実はそういう奴だったりするの?」


「え、な、なんか私変なこと言いましたか……!?」


 

 すぐさま「頭をぱっかーん作戦」が実行された。



「できるだけ重い家具を動かして、一体ずつしか入ってこれないようにするんだ!今回はずらすだけだからとりあえず手あたり次第動かせ!」


 重い家具を腰を入れてずらし、門が少しだけ開くように設置する。数十分で積み上げたバリケードは迷路の入り口に変わった。もちろん二回目の死によって彼らのゴールとなる。


 積み上げたバリケードに藤宮がよじ登った。手には高枝切狭みが握られている。


 俺と最上はスコップとポールをそれぞれ持ち、迷路の入り口にて彼らを迎え撃つ。有沢はさながら城の中のお姫様といったところか。


「用意はいいか?藤宮、お前の働きで俺たちが正面から相手する食屍鬼の数が決まるんだからな。構わず確実に頭にぶっ刺してけ」


「……考えただけでえげつないんスけど」


「最上は俺が取りこぼした連中の相手をすればいい。気は抜くなよ?」


「分かってる」


「よし」


 門のカギを開けてすぐさま後退する。鼻をつく腐臭が門の外から流れ込むと最初の一体が入り込んできた。


「藤宮!」


「分かってるッスよ!!」


 枝切狭を両手で掲げ、勢いよく脳天へと突き刺す。黒い血が噴き出すとその場に倒れ込んだ。


「次!!」


「あいあいッス!!」


 ぎゃああと叫びながら次々流れ込む食屍鬼の脳天をを作業的に刺突する。それでも間に合わずに敷地に入って来た食屍鬼の頭にはスコップと言う名の鉄槌をその頭に浴びせた。


 腐臭と飛び散る血液に目もくらみそうになったが、目の前にやってくる敵を倒すためにどうにかこの異常な光景に耐えて地面を踏みしめるしかなかった。


「ああああああ!!!!」


 顎めがけてスコップを突き刺し、バリケードへと叩きつける。

 顔面へと振り抜いて、その頭蓋を叩き割る。

 

 もっと来い。まだまだこんなんじゃ足りない。


 足をゆっくりと進め、徐々に前へと向かう。

 手を前に伸ばし、顎を大きく開け、今にも食らわんとする食屍鬼を俺はいつのまにか心の中で欲していた。


 頸動脈をスコップの刃で断ち切り、どくどくと漏れ出すその黒い血を全身に浴びて、漂う腐臭のその先へ。


「……先パイ……?」


 藤宮が枝切り挟みを持ったまま、俺の顔を不思議そうに見つめる。


「藤宮、バリケードから降りろ!!」


 藤宮がバリケードから降りると、バリケードをスコップでなぎ倒し、とうとう門を開けて外に出た。


 田舎の細い道路をふらふらと漂う食屍鬼の視線がこちらを向く。


 折れて骨の露出した足を引きずり、こちらに歩むよりも先にスコップを構えながら飛びかかり頭を思い切り殴る。アスファルトに頭の中身が飛び散ったのを確認して、それを踏みつけた。






 それから数分して、一台のパトカーが門の前に止まった。

 放心状態で積み上げたバリケードに座りながら、そちらの方を向く。


 中から無線の声と思しきモッズコートを着た長い髪の女性と柄物のシャツを着たオールバックの男が出てきた。

 人を見た目で判断するのは良くないとは思うけど、俺にはその筋の人にしか見えなかった。


 オールバックの男は血まみれの俺たちと、バリケードと、それから積み上げられた食屍鬼を交互に見て眉をしかめながら間の抜けた声で言った。


「……お前ら、何があったんだ……?」

昨日終末世界の歩き方のスピンオフを投稿しました。こちらもよろしくお願いします。「社会不適合者たちは死地の中で」http://ncode.syosetu.com/n4161dg/

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