第二十五話「Whatever Happened to the HighSchool Students?(前編)」
「さっき無線から連絡があった」
未だ震えの治まらぬ手で無線を持ちながら和室に集う部員たちに報告する。
「……連絡ってことは……私たち以外にも生存者がいるってことッスか!……っていうか先パイいつの間に無線なんて用意してたんスか」
「お前が全力で逃走した幽霊の正体だよ」
「相手はなんて言ったの?」
「隣町のショッピングモールに立てこもってて、十数人の仲間がいるらしい。立ち往生してるならぜひ来てほしいとも言ってた」
「本当ッスか!ならお言葉に甘えて行くしかないッスね!」
分かりやすく喜んでみせる藤宮とは違い、最上は口を閉じたままで何かを考えている様だった。
「確かに奇跡みたいな話だけれど……由利ちゃんの事を考えるとショッピングモールまで歩くのは少し厳しい気がするわね。薬は効いているようだけどまだきちんと熱は下がってないし」
「……それはよく分かるんだが、ここにいても数日で食料は尽きる。俺らが動けなくなったら有沢の面倒だって見てやれなくなるんだ。とりあえず待てるだけ有沢の回復を待ってそれからここを発とう」
「……大丈夫ッスか由利ちゃん」
目を開けてはいるが、ぼんやりと天井を見つめたままの有沢に藤宮が声をかける。少しだけ間を置いて「大丈夫、頑張ります」と小さな声で言った。
目に見えていないだけで疲労困憊なのは全員同じだ。有沢はたまたまそれが顕著に表れただけで、本当は藤宮も最上も同じくらい疲れが来ているのかもしれない。数日の安全が約束されたこの家だが、さらに安全な場所があるのなら喉から手が出るくらいに辿り着きたかった。
異変に気付いたのはその晩だった。
「先パイ、まだ起きてるッスか……?」
奥の和室で人形に囲まれながら寝ていたところを藤宮に体を揺り起こされた。
「……まだ起きてるッスかじゃないよね?明らかに起こしに来たよね?」
「いいから外来てくださいッス。なんかまた変な音してるんスよ」
「どうせまたお前の勘違いじゃないの?」
「いいから早く起きるッスよ」
藤宮に布団を引っぺがされて上半身を無理やり起こされる。ここ最近以前から無かった部長への敬意というものが極端に欠けてきている気がする。近いうちにどちらが上かを思い知らせてやらねばなるまい……。
「あー……。やっぱ夜は寒いな……ったくなんで俺がわざわざ出向かなくちゃいけないんだよ……」
時間は気にしなかったが夜はだいぶ更けていて最上も有沢も寝ていることからずいぶん遅い時間のようだ。
「部長だから当然の義務ッス」
「お前この前部長だからって気張りすぎとかなんとか」
「それはこれ。これはそれッス」
盛大に間違った言い回しだが自分の発言がところどころ矛盾しているという意味では正しいのかもしれない。
「……で、どこから変な音がするんですか藤宮さん」
「あっちの方ッス」
「あっちの方って随分アバウトだな」
「しょうがないっスよ!か弱い女の子一人で近くまで行けってことッスか!無茶言うなっスよ!」
「あーはい。か弱い女の子か弱い女の子」
藤宮の指さす方向には倉庫や入り口の門がある方向だ。ひょっとしたらと寝ぼけて霞がかっていた頭が嫌な冴え方をする。
「私、ここに残ってもいいッスか?」
「ああ、とりあえず俺の部屋からスコップ取ってきてくれないか」
てっきり俺にどやされるのかと思っていたのか、急に声を静める俺に面食らって小走りで中へと向かっていった。
できるだけ音を出さぬよう藤宮が指さした方向へじりじりと近づく。
「どうせ何かの勘違いだろう」
今まで何度か思ってきたことだったがその度に裏切られて散々な目に遭ってきた。気は一片たりとも抜けなかった。
ゴン。
音は門の向こう側から聞こえてくる。明らかに何かがぶつかったような音だ。
「……マジか」
小走りで再び藤宮が戻ってくる。呆然と立ち尽くす俺を見て藤宮も悟ったようだった。
「……いるんスか?」
「ああ、見てはいないけどな。気づかれるようなことはした覚えがないのに……」
昨日薬局に行った帰りに姿を見られて近づいてきたというなら、その日の晩に門を叩く来客があるはずだ。更にあの日は近くで食屍鬼を見かけなかった。もともと食屍鬼が少ないことを視野に入れてこの場所を選んだのだから当然のことだ。
どうして一日経った今なのだろうかと考えを巡らす。
「……どうするんスかこれ」
「……どうするったって……」
いずれ近いうちにここを出ていく事になるのだから、どちらにせよ目の前の敵と対峙するのには変わりない。
数日の安全は確保された場所だ。今下手に行動を起こして安全を脅かすのもいかがなものか。中には回復していない有沢もいる。
「とりあえず後回しでいいんじゃないか……」
「それが後で悲惨な結果を生むことに繋がらなきゃいいッスけど……」
「縁起でもないことを言うな」
当然ながら寝られるはずも無く、二日目にして十分な睡眠の機会を失った。
日が昇るころに眠れなかった体を起こして冷たい空気に身をよじらせながら門の前に立つ。大きな門は完全に外の景色を遮断していてどうなっているのか様子は分からない。
まだ食屍鬼はいるのだろうか……?
おそるおそるトントンとノックをしてその存在を確かめる。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!!
「……あーあーあーあーあーあー……」
少なくとも一体ではないと思われる猛烈なノックによる返答がきた。その音に怯え竦むでもなく、ただ口をぼんやり開けて門の前に立ち尽くすことしかできなかった。
「なにやってるの雨宮」
大きな音に目が覚めたのか上着を羽織った最上が家から出てくる。
「……これ」
俺の指さす方向、猛烈なノックが未だに鳴りやまず苦笑いを浮かべる俺に最上でさえ口を開けて立ち尽くしていた。
この世界に安全な場所などあるのだろうか。そんな肥大した考えは諦めと目の前の問題から逃避した結果だった。
体育館の悪夢再び。
俺たちはまた閉ざされた空間で食屍鬼に囲まれてしまったみたいです。




