第二十四話「軋轢」
「……数日後に新しく仲間が加わることになった」
生存者から無線で連絡を受けたその晩、男たちで集まって会議を開いた。テーブルの上にはいつもより少なめの食事とビール瓶数本。どうやらここにきてようやく節制を始めたようだ。
「今日から食事も酒もこんなんになります。とりあえずは乾杯」
「……乾杯」
テンションの低い乾杯だ。千葉たちはグラスを少しだけ上に掲げて何も言わずに飲んだ。石井以外の仲間も同じくぼそりと乾杯するとビールを静かに喉へと通した。
原因は明らかに機嫌の悪い花田だった。
昼間、生存者を相談無く受け入れたことに対して腹を立てたままらしい。よく会話を交わしていた石井と花田だったがあれ以来一度も会話をしていない。
「……生存者は今どれくらいいると思う?」
石井がポテトフライをむさぼってから誰に問いかけるでもなくぼつりとつぶやいた。
「……さぁ。ただ無線で連絡したり、食料調達の際に見て回ってるけど俺たち以外にはなかなか見かけないもんな」
「……そうだよ。なかなかいないんだよ!」
返答した山崎を嬉しそうに指さす。
「だいたいさぁ!ここは日本だぜ?アメリカみたいに略奪はそうそう起きるもんじゃないんだよ!人々が慎ましく助け合う日本人だろ!?助けが必要なら受け入れてやるべきだと思うぜ俺は!」
膝を叩きながら高説を垂れる石井を花田は見てすらいなかった。
「……俺もそう思う」
斉藤が小さく手を挙げるとそれにつられて花田以外の三人が手を挙げた。千葉たちは腕を組んでにやにやと笑いながらその様子をうかがっている。
俺もなんだか馬鹿らしくて手を組んだまま五人の様子を見ていた。
「……多数決で勝ったつもりか石井」
「多数決で決めるもんだろこういうのは」
花田が呆れたように小さく笑う。
「……お前らもお前らだ。自分の命がかかってるって理解してるのか?この中に居れば安全でずっとやっていけると?お前らには石井の言うことが正論に聞こえるんだろうが、その正論はお前らを救っちゃくれねぇぞ」
石井以外の三人が顔を見合わせる。
「お前のはな、偽善っていうんだよ石井。ただ人を助ける自分に酔いしれたいだけだ。そいつらを助けた後のことは考えてるのか?」
「……考えるまでもねえだろ。今よりもっと行動範囲を広げて食料を調達するしかねぇ。それからもっと節制して……」
「行動範囲を広げる・・か。ここら辺の地図でも思い返してみろよ。東には俺らが作り上げたゾンビの巣、南には地方都市、北も少し行けば線路が通ってて期待できそうな店に辿り着けば立派な駅がすぐ近くにあって人の多かった市街地だ。これ以上西に行けば山にぶち当たる。それでこれから助けがくるまで食いつなぐだけの食料を用意しろと?……てめえちゃんと考えたうえで言ってんのかよ」
石井は何も言えずにグラスを持ったままうつむいている。
「てめえの偽善で仲間が犠牲になるんだよ!!少しでも考えてそいつらを受け入れたってのか!?」
「だからって断れるわけないだろ!!無線の奴らは今生きてるんだよ!!俺たちも無線の奴らも命の価値は平等だろうが!!」
「……落ち着けよ二人とも」
千葉が二人を制する。
「もう生存者はここにやってくるんだろう?今更断るわけにもいかない。もし断っても俺らがここにいることは既にバレてる。断っちまったら襲撃されるかもなぁ」
「いや……無線の相手はおとなしそうな奴だった。その心配は……」
「無線の相手は……な。あと三人仲間がいるんだろう?そのなかで一番おとなしかった奴が出たかもしれない。あとの三人で略奪を繰り返してきたグループだったとすれば?」
考えを巡らせているのか石井は千葉を見たまま何も言わなかった。
「可能性は否定できないだろ……?出会い頭にいきなり襲撃されるかもしれない。……この件は俺らに任せてくれないか?」
「それは……どういうつもりだ?」
「……なんだ秋津さん。今までの話聞いてたのか。俺はてっきり酔いが回ってぼーっとしてるのかと思ったぜ」
相変わらず品のない笑い方をしてビールを口にする。
「心配するなよ。害がなさそうなら一応はここに連れてくる。もし相手が相手だったらを考慮してだ。その時は俺たちが対応に一番慣れてるからな」
「……俺は信用できねぇな」
「ならあんたが行くのか?いいや、無理だね。あんたは甘い。相手が情け容赦のない略奪者ならあんたはすぐに殺されちまう。この世界はあんたの知ってる世界じゃない。もうこの世には恩も義理も人情も存在しないんだよ」
「なら甘くない奴を同行させる。お前じゃ安全にここまで連れてこられないだろうからな」
「……あの女警官か。ヤクザが警官を頼るようじゃあんたもヤキが回ったな」
「ほっとけ。ともかく……そういうことだ。とりあえず明日にでもここへ俺たちが生存者を連れてくる。受け入れちまった以上もう後戻りはできない。それは分かるよな花田」
花田は顔をしかめながら何も言わなかったがそれを了承の合図として受け取るしかなかった。
「……それは随分とややこしいことになってきたな。実に終末世界の閉鎖空間らしいやりとりだ」
翌日、無線でもういちど生存者とやり取りをして籠城しているという屋敷に出向くことになり、成塚の運転するパトカーの助手席に座って流れ行く田園風景を見ながら昨日の会議の事を話した。
「どっちの言うことも正しいとは思うんだが……俺にはさっぱり分からねぇ」
「どちらの側にも立っていないからだ。公平な見方が出来ていると思えばそれでいい」
まっすぐ前を向いたままで車を走らせる成塚。見た目それほど歳はとっていないように見えるがやけに卓越したものの言い方をする。
「……成塚、お前歳いくつだ」
「次に歳を聞いてみろ。問答無用で撃つぞ」
「そんなやすやすと使っていいものなのかよそれ。……まさか俺より年下なわけないよな?」
「逆に聞くが秋津はいくつだ」
「……二十八だ。てめぇも答えろ」
「……二十八か…………」
「あぁ?なんとか言えコラ。何黙り込んでんだ」
「この川を越えたらすぐ近くだったな」
「無視かよこのクソアマ」
土手をまたぐ大きな橋に差し掛かる。乗り捨てられた車がちらほらと散見される。たまにその中に人影が見えるが、もう死んでいるかもしくは死んでいるのに生きているかのどちらかだろう。
「……秋津、前を見ろ」
「……なんだ?」
前方に十数体の連中が橋の上でふらついている。どうやら誘導したはずの市街地から漏れ出しているようだ。
「通れそうか……?」
「問題はない。一応捕まっていろ」
成塚がアクセルを踏み込むと体がガクンと揺れる。とんだ急発進だ。
連中が気づいてこちらを振り返ると同時に車は猛スピードで体当たりをする。フロントにぶつかりその姿が消えるとガタガタと車が揺れだす。
「……うわぁ、引きずってるのかこれ」
「お前も前に同じことをやったのだろう?」
「あん時は必死だったからそんなに気になんなかったんだよ!」
バックミラー越しに橋を見ると真っ黒な血と、言葉では言い表せないほどぐちゃぐちゃに潰れたその他諸々が車の後に続いていた。
「……勘弁してくれよ」
「こんなことで参ってる場合か。奴らが橋のところまで来てるということは、この前に見た数が街中に分散してるということだぞ。はやく助けてやらんと手遅れになるかもしれん」
「そうだな。もっと早くしろ成塚」
「今度急かしたら撃つぞ」
成塚は再びアクセルを踏みなおすと、生存者のいる家に続く道へとハンドルを切った。




