第二十一話「餌場狩り(後編)」
「こんな時でも子供は元気で、なんだか笑っちゃいますよね」
「ええ、でもやっぱりそれが一番ですから」
モールの中央に設けられたプレイルームの前のソファに座り、家族でここに逃げてきたという前島夫妻と話す。詩音は同い年のめぐみちゃんとそのお兄ちゃんのけんくんと楽しそうに鬼ごっこをして遊んでいる。
「子供たちのあんな姿を見られるのも、ここに迎え入れてくれた若い人のおかげなんです。彼らには感謝してもしきれないですよ」
「そうですね。僕もあの街から逃げてきて最初は不安だったんですけど、良い人そうで良かった」
「……そういえばお連れの男の人って」
声を潜めながら前島夫人が尋ねる。
「あぁ……秋津さんですよね。彼は迷子になってた娘を家まで連れてきてくれて、食べものを僕の代わりに色んな所から調達してきてくれたんです。それで街があんなことになっても、一緒にあの街から脱出してくれた」
「……そうなんですか」
耳に入ってきたそれは感嘆の声ではなかった。でもその気持ちは僕にでもわかる。少し前までの僕ならきっと同じ反応をしていたのかもしれない。
「……確かにあの人は、人には言いづらいこともたくさんやってきたのかもしれない。胸を張って語れる人生じゃないのかもしれない。でも僕は、あの人は正しいことをやれる人だと、そう胸を張って言えるんです」
パタパタと走り回る詩音と目が合い、手を振られたので振り返す。詩音は無邪気に笑みを浮かべるとまた走り出した。
「少なくとも僕は父親として、あの人のように正しい道を示せる人でありたい」
怪訝な顔をして見つめる前島夫妻に僕は笑って返す。
「彼は間違いなく良い人ですよ。心配しないでください」
駐車場には数体の連中が日光浴でもするかのように突っ立っている。俺たちと五人組がゆっくりと近づくと、その姿を視認したのか向こう側もゆっくりとちぎれかけた足を引きずりながらゆっくりと近づいてきた。
「さぁ、仕事の時間だ!」
石井が芝居のように作られた声を上げると、仲間たちが一斉に各々の武器をもってゾンビに襲い掛かる。
石井は手斧を振りかざし、投擲するかのような勢いで頭にぶち込む。綺麗に斧が頭へとめり込み引き抜くと勢いよく黒い血が噴き出す。「あっぶね」と笑いながらバックステップを踏み、血飛沫を躱した。
花田が持つのはスレッジハンマーだ。右側頭部へとハンマーを振ると左側頭部から水風船のように血と中身が飛び散る。
「おいお前!こっち飛ばすなって言ってんだろ!もっと静かにやれよ!」
江藤……だったかが花田に叫ぶ。その江藤は枝切狭で連中の眼球を貫いている。
いかにもホームセンターで揃えてきたような武器の数々だ。俺も一度は考えたことはあるが実際にやるバカもいるとは。
「……けっ、所詮ガキの遊びだ。あいつらなんも分かっちゃいねぇ。そうだろ秋津さん?」
千葉が腕を組みながら俺に話しかける。俺はとくに返事をすることもなく楽しそうに頭を破壊していく五人を見ていた。
コンビニの食料を七人で協力してワゴンやパトカーへと詰め込む。後部座席一人分が飲み物や菓子で埋まった。
「……これじゃまだ足りないなぁ。秋津さん、もう一件探しましょうよ。次はお二人にお任せします」
「あぁ。分かった」
別に俺がやる必要も無いんじゃないかと思ったが、付いてきて何もしないというわけにもいかないので仕方なく返事をする。
ワゴン車が再び猛スピードでまっすぐな道を走り出すころにはさっきよりも日が西に傾いて街に淡い黄金色を映し始めていた。
たまに車が大きく揺れる。というのもワゴン車がひき殺した死体を踏みつけて走っているからだ。猛スピードで撥ねているので死体があられもない姿になっている。
「あぁ、まったくやってくれやがって」
「こんな世界じゃ誰だってああなっちまうさ。地獄を受け入れて地獄を楽しもうとする。こんな世界で生きるならあいつらみたいに頭のネジが外れてなきゃな」
再び数百メートル先でワゴン車がハザードランプを点けたまま止まっている。その先にはスーパーの看板があった。どうやらここが次のエサ場のようだ。
スーパーと聞くとあの光景が頭をよぎってしまう。まだ生きたままの生首をあんなふうにしてもてあそんだのは紛れもなくこいつらのうちの誰かだろう。
ワゴン車から石井たちが出てきた。俺も木刀を持ってパトカーから降車する。
「一応今度はスーパーなんで俺たちも手伝いますけど」
「いや、別にいらねぇや。俺と秋津さんさえいりゃ十分だ」
にやにやと笑みを浮かべたままマチェットを振り回す千葉。武装した男が二人もいれば田舎のスーパーで食料調達もそう難しいことではないだろう。
「……あぁ、とりあえず大丈夫だ。カートに食料詰めて入り口まで持ってくるからそん時は頼むぞ」
「了解っす」
「あんたの得物は木刀かい?てっきりゾンビどもを相手にする時は別の武器を使うもんかと思ってたんだがな」
「……べつにこいつさえあればどうにでもなる。切るよりも潰すよりもぶっ叩くほうが性に合ってるんでね」
「……へぇ」
スーパーの入口へと入り、お互いに武器を構える。入り口から数メートルのところでスーパーの制服を着た中年の女性の姿をした奴が、真っ白な目を薄暗い店内でギラギラと輝かせて向かってきた。
「俺がやるよ」
千葉がマチェットを器用に手の内で回しながら接近し、腕を叩き切った。
ボトリと粘質の血とともに腕が床に転がる。続けて千葉はマチェットを胸に突き刺すと魚でもさばくかのように下腹部へ向けて胸に刺さったマチェットを勢いよく落とす。
女性は声をあげることもなく、べちゃりと自分の前に広がったはらわたを踏みつけて前に転んだ。千葉は女性の体をまたぎ、首を撥ねる。勢いよく飛び散る血を除けてからごみ箱にほおるようにして、冷凍食品の入った陳列棚へと放り投げた。
女性の首はこちらをじっと睨みながら顎を動かしている。
マチェットについた血と脂を女性の服で拭い一息つくと千葉は俺を見て笑った。
「……やっぱこうだよな。あいつらはなんも分かってねぇんだ」
外にいる五人をマチェットで指す。
「……やっぱりお前の仕業か」
「……あの街から来たってことは向こうのスーパーでも見たか?そう、あれは俺の仕業だよ。あいつらには真似できねぇ」
冷凍食品を片っ端からカートに詰めていく。その手を中年女性は歯をむき出して今にも食らいつこうとしていた。腰に下げていた木刀をとり、眼球に向かって突き刺し、引き抜く。千葉のおかげで大量出血していたのか、その場に流れた血はほんの少量だった。
「……別に責めようってわけじゃねぇが手前はなんでこんなことをする?」
「……どうしてあいつらみたいに頭を叩き割らねぇのかってことかい?……あんたには分かってもらえるとは思ったんだがな……」
「いいから答えろよ。生憎俺にはこんな趣味は無いんでな」
棚の陰から長い髪の女が出てくる。千葉は再び駆け寄ると、慣れた手つきで首を撥ねた。首を失った体はそのまま床に崩れ落ちる。
「……これを見ろよ」
千葉が転がった女の首を長い髪ごと掴んで俺に見せる。先ほどの中年女性同様、埃の溜まった白い眼球をぐるぐると動かしながら口を開閉している。
「こいつらはさ、腕を落とそうが、足を落とそうが、はらわた引きずりだそうが、首を撥ねられようが脳を破壊しない限りは生きていけるんだ。……でもそれって生きてるって言えるか?こいつらは生きてもいないし、死んでもいない。生きることも死ぬこともできないんだ」
首を床に置いて足で踏みつけると千葉は再び語りだす。
「俺は違う。今こうして生きてるし、死を選ぶことだってできる。生きることも死ぬこともできる。こいつらとは違う。こうやって跳ね飛ばされた首がまだ動いているのを見ると心の底からこう思えるんだよ。……今俺は生きてる」
千葉はその場から足を振り上げて何度も何度も頭を踏みつけた。やがて、頭が割れ潰れた脳みそがどろどろと零れだす。
「……はぁ……はぁ……。……分かるだろ?秋津さん。今この世界じゃ地位も名誉も肩書も経歴もなーんも意味を成さねぇ。大事なのは、生きてるか死んでるか、もしくは死んだのに生きてるかどうかだ」
それから俺は千葉とは別々に店内を回り、各自で適当に食料をカートに詰めていく。
たまに店内で見かける連中の頭を叩き割ることに迷いはなかった。
少なくとも俺はこうする方が正しいと思ったからだ。
カートが十台分食料でいっぱいになったところで外にいた五人組へと手渡す。
「いやぁ……やっぱスーパーは量が違うよなぁ……!こんなに乗るかなぁ」
「……こっちにある程度乗っけてくれ。ついでに千葉もそっちの車に乗っけてくれないか?思ったよりも疲れちまって、少し一人になりてぇんだ」
千葉の方を見る。髭面の生えた頬にしわをつくりながら笑みを浮かべると「そういうことらしいからよろしく頼む」と言ってワゴン車へと乗り込んだ。
すっかり日は暮れて西の空に夕日が沈みかけていた。サイドミラーに移る夕日を眺めて大きくため息をついてから、ワゴン車の後を追う。
開け放った窓から吹き込む風が心地よかったが、俺はずっと眉間にしわを寄せたままでアクセルを踏み込み、ショッピングモールへと車を走らせた。




