第十九話「新たな生活」
「こら、詩音。ソースいっぱい口につけて……」
宗太が詩音の口についたソースを紙ナプキンでふき取る。
「美味しかった!」
「それは良かったな詩音」
俺の隣に座った成塚が詩音に微笑む。別に手錠を掛けられているわけでもないが、こいつが隣にいるとどうも居心地が悪く常に拘束されているような気がする。
モール二階にあるフードコートからはここいらでしか見られない、というわけでもないが、とにかく呆れるくらいに広がる田園風景が望める。
「……ったく拍子抜けしちまったぜ」
「本当ですよね……。あの街で色々とあったからてっきり悪い人たちがいっぱいるのかと思ってたので」
「結局は秋津の早とちりで、このショッピングモールの中で一番悪い奴はお前になったわけなんだが死刑にしていいか?」
「早とちりの件はしょうがないにしてもどうして手前は俺の首を奪りたがるんだよ」
「パパ、まためぐみちゃんたちと遊んできてもいい?」
「あぁ、あんまし迷惑かけるなよ?」
「うん!!」
席から降りてパタパタと駆けだす詩音。その向こうには詩音と同じくらいの子供とその兄ちゃんである小学生くらいの男の子がキャッキャキャッキャと楽しそうに笑っている。
事を遡れば数時間前、まさかこんな光景が待ち構えているとは思いもよらなかった。
「……本当に乗り込むんですか?」
「このままうろついてたってなんもなんねぇだろ。確かに不安要素は多いが、相手が人間ならなんとかなるさ」
「そういうことだな。安心しろ、警察の私と極道の秋津がいるなら怖いものは無しだ」
「肩書きでなんでもぶん回しそうな物言いだなおい。怖いのはお前だけで十分だ」
ショッピングモール近くにあるファストフード店のテーブルを囲み、広い窓からモールを見渡す。
命からがらあの街を抜け出した後、休憩がてらこのファーストフード店に立ち寄って、気づけば全員でソファに寝そべって一夜を明かしていた。よく連中に見つからず生きていると思った。もう少し危機管理ってものを意識しなければ。
「……とりあえず乗り込まねぇことには相手も分からねぇ。成塚は助手席に座って、宗太と詩音は後ろに乗っかってろ。どうせ奴らは俺らがモールに入ってくることくらいすぐに気づく。俺が運転して対応できるように……」
「私が運転するに決まってるだろう。なにどさくさにまぎれて決めてるんだ」
「……ああそうかよ。別にどっちでもいいわ。とにかく宗太と詩音は念のためモールについたら椅子の下に隠れるように。分かったか?」
「分かった」
「詩音も」
モールの駐車場へとパトカーを進めると、案の定奥からバイクとワゴン車が一台ずつやってきた。
パトカーの数メートル手前でワゴンが止まると、中から若い男たちが降りてきた。全部で五人。どいつもこいつも似たようなチャラチャラとした髪型だ。
「はい、おまわりさん止まってー!」
浅黒い肌をした若い男のうちの一人が、手斧を交通整備のように頭上に上げて車を止めるよう促す。
手斧の男が車に近づきコンコンと窓をノックする。
ゆっくりと窓を開ける成塚の左手には拳銃が握られていた。……こいつこんなもんも持ってたのか。
「おまわりさんたちはどこから?」
「……東の街からきた。とりあえずその手斧を下に置いてくれないか?まともに話もできん」
「あぁ、ごめんなさい」
男は斧を下に置いて手をグーパーと開いて武器を持ってないことをアピールする。どうもチャラチャラした奴だ。気に食わねぇ。
ワゴンの奥に止まったバイクに寄りかかるのは、俺と同じくらいか俺より上と思われる男だ。髭をたくわえ煙草をふかすその男の腰にはマチェットがぶら下がっていた。
駐車場には数人の亡者がうろつき、ワゴン車に乗っていた若者が亡者に駆け寄って手斧やバールで頭を破壊している。随分手慣れた動作だ。街中の食料をもっていったのはこいつらで間違いないだろう。
「東の街……って……あそこにまだ人がいたのか……!?じゃああのゾンビの中を抜け出して……!?」
「……そうだな。かなり手を焼かせてもらった」
成塚の声は低くくぐもり、完全に敵意むき出しだった。左手にはまだ拳銃が握られている。
「それは大変申し訳なかった……!!悪気はなかったんだ。ただここに住まうにもゾンビがいたら安心して住めないだろ……?」
「……大丈夫だ。別に生きてここにいる。なんの問題も無い」
「本当に申し訳ないことを……。……おまわりさんたちもここに住もうって来たんだろ?歓迎するよ。食料も衣服も大量にあるし、ゾンビの手も遠い。ここにいれば数ヶ月は生きていけると思う。俺たちで周辺の見回りもしてるから、今後の安全も期待していいからね。とりあえず、駐車場まで誘導するから付いてきてよ」
そういうと男は再びワゴン車に戻り、仲間と軽く何かを交わすと車を発進させた。ハザードランプが点滅してどうやら「こっちだ」と言っているらしい。
「……なんだかいい人達みたいですね」
宗太が腰を低くしつつ後ろから顔を覗かせる。
「まだ隠れていろ。現時点で油断はできない。武装もしているしな」
「ああ、まったくだ。……っていうかお前もなんで拳銃なんか持ってんだよ」
「一応警官だからな。ちゃんと弾も入っている。いつでもお前を死刑にすることだって」
「うるせえ、前見てろ前を」
車は立体駐車場の一番上まで登り入り口に近いところで止まった。
ワゴン車から再び若い五人組が降りると、俺と成塚も車を出る。
「中に入れるのは屋上のこのドアからだけでね。他は全部ロックしてるし、バリケードだって作ってある。完璧だろう?」
「……ああそうだな」
「……そっちの男も警官か?」
若い男のうちの一番背の高い男が俺を顎で指す。
「……秋津」
成塚が肘で俺の腕をつく。成塚の目が言うには「本当のことを言え」だろう。
「俺はそっちの男を知ってるぜ」
俺が話すより先にバイクの男が話に横入りする。
「……俺は手前を知らねぇな」
「まぁ、そうだろうよ。だが界隈じゃお前の名は知れてる。金本組の鉄砲玉、秋津康弘だろ……?」
「……ヤクザなのか?」
若い男たちがざわざわつき始める。俺はそれを気に留めず、ただバイクの男を睨みつけていた。
「まぁ、こんな世界じゃ肩書なんて意味も成さねぇよ。警官だろうが、ヤクザだろうがな。そうだろ秋津さん?」
返事はせずに黙って男の顔を見る。堅気じゃねえのか……?少なくとも俺は見たことが無い顔だ。
「そうだな。ここじゃ肩書など何の意味ももたない。秋津の傍には私がいるから安心してくれ、迷惑は起こさせないつもりだ」
「……そうか。まぁ、別にいいんだけどさ。とりあえずついてきてくれよ。俺ら以外にもまだ何人か中にいるしさ」
「分かった。……秋津、忘れ物は大丈夫か?」
成塚は俺の方を振り向くと横目でパトカーを指した。
「ああ、確認してくる」
パトカーへ戻り、じっとしながら後部座席でかがむ早川親子に声をかける。
「……とりあえず、中の様子を見てくる。大丈夫そうならもう一度ここに戻ってくるからもう少し待っててくれ。大丈夫か詩音?」
「うん。もう少しだけ待っててあげる」
「頼むぜ。パパをよろしくな」
「分かった!」
助手席の脇に置いてあった木刀を持って、再びショッピングモールへと向かった。
「……木刀とはまったくもってそれらしい」
バイクの男がにやつきながら目で木刀を指す。
「あぁ。お前らが武装している以上は、こっちも武装するしかないからな」
「……それは分かってるつもりだ。こっちも一応自衛のために武器は常に下げてる。中を見るまでは安心できないとは思うが、信じてくれ。俺たちはちゃんとした集団だ」
八人を乗せたエレベーターが二階で止まる。
「だいたいみんな二階の中央広場でくつろいでたりするんだ。今は時間的にフードコートにいると思うけど。セルフサービスだけど、しばらくは食べたいものが食べ放題なんだぜ」
中央の広場に近づくと子供のはしゃぐ声が聞こえてきた。
「おーいみんな!新しい人が来たぞ!」
フードコートの椅子に座った人々の視線が集まる。
若い男女のカップル、少し離れて四人の家族、端に爺さんが一人。想像とはかけ離れた面々だった。
「……な?ちゃんとした集団だろ?前線に出てるのはどうしても武装した男になるから警戒する気持ちも分かるけどさ。そういえば、今も二人ほど街で食料確保に行ってる男がいる。そいつらもいい奴だからあとで紹介するよ」
「まぁ、なんにせよこんな世界じゃ何事にも警戒するに越したことはねぇな」
「なんだそれは言い訳のつもりか」
「まぁまぁ、成塚さん。秋津さんは自分たちのことを思ってくれたんですから」
「そうだもっと言ってやれ宗太。っていうか拳銃に手ぇかけてたお前に言われたかねぇんだよ」
未だ若干の不安要素は残っているが、少なくともショッピングモールには難なく入れた。願わくは何も起こらないまま、救助なりなんなりがくるといいんだが……。
ともかくショッピングモールでの籠城生活が始まった。




